第95話
カランカラン。
「テルーちゃん、ナオミさんが来たよ。」
「はーい!
ナオいらっしゃい!
バイロンさんもどうぞ」
今日初めてナオがうちに来た。
海街で買った食材を使ってご飯を作るから、食べに来て欲しいと招待したのだ。
「お邪魔します。
今日はお招きいただきありがとう。
まぁ。とっても素敵なおうちね。
ここは?もうキッチンなの?珍しい造りね。」
家の3階は私しか住んでいない。
今は貴族令嬢でもないから使用人もいない。
だったら自分の好きなように、使いやすいようにしてしまおうと家のリフォームをするときにアイランドキッチンにしてもらったのだ。
だから中央にある玄関から入って右側にあるリビングダイニングへの扉をくぐると、大きなアイランドキッチンがドーンと鎮座している。
このアイランドキッチンは、台所であり、作業机であり、ダイニングテーブルだ。
そしてさらに奥には、座り心地のいい1人用の椅子が2つとカフェテーブルが窓辺に並んでおり、ちょっとリラックスして本を読むのにとてもいい。
そこからは庭が一望できるから眺めも良く、私のお気に入りだ。
ちなみに玄関から左側は、使っていない空き部屋が1部屋と私の寝室兼クローゼットになっている。
「テルーちゃん。
僕までお招きいただきありがとう。
へぇ~。中はこんな風になってたんだ。
珍しいけど、開放的でなんかいいね。
はい。これ僕とナオミさんからお土産だよ。」
「わぁ!ありがとうございます!
ここのクッキー大好きなの。嬉しい。
へへ。珍しいでしょ。
台所が丸見えなんだけど普段は一人暮らしだから、この方が楽なのよ。
それにこうやって遊びに来てくれた時は、話しながら料理が出来るわ。
ほら、狭い部屋で一人で料理を作ってるとわびしい感じがするときもあるでしょう?
だから開放的で日当たりがいいキッチンは、心が上向きになるの!
デメリットは、ついつい間食が多くなっちゃうことね。ふふ。
さぁどうぞ。ここに座って。
準備は出来てるからお昼すぐ作っちゃうね。」
二人にはアイランド部分にある少し背の高い椅子に座ってもらう。
「待ってる間良かったらこれ飲んでみて。
これも海街で買った物で作ってるの。
疲れも吹き飛んじゃう元気の源ですよ。
今日は勝手に海街感謝祭ですから、海街で買ったあれやこれやでおもてなしするからね!」
「これも海街で?
っていうことは、ただの牛乳じゃないのかい?」
「半分正解です!」
私は卵を炒めながら、答える。
「甘くて…美味しい…
これが…本当に海街に?
私初めて飲むわ。」
「えぇ。エリさんのところで買った物で作ったのよ」
ジャウジャウと小さく刻んだ野菜と腸詰を炒めながら答える。
そう。今日2人にふるまうのはチャーハンだ。
お手軽だけど、ナオは粘り気が弱いお米のおいしさがまだわからないって言っていたから、絶対にチャーハンを食べてもらおうと思ったのだ。
「え!エリさん!?醤油屋の?」
「そう。醤油とお味噌を作ってらっしゃるから、麹もあるかと思って聞いてみたの。
元々売り物ではなかったみたいなんだけど、醤油や味噌を作るわけじゃないなら問題ないって言って分けてもらってるの。
あ、もちろんお金も払ってるわよ。」
「醤油って、海街で食べたお餅につけるあの黒いソースのことだろ?
全然違う味ができるんだねぇ。
うん。美味しい。
確かに元気になりそうな感じがするな。」
甘酒ミルク気に入ってもらえてよかった。
甘酒作りは、結構大変だったから。
麹の芯が残ってツブツブしていたり、甘くなかったり…
結局温度管理が上手くできていないのだろうという結論に達し、空調の魔法陣を瓶に付与して、温度を一定に保てるようにしたらようやく出来るようになった。
完成後は忙しい平日、パンと甘酒ミルクが朝ごはんの定番だ。
「気に入ってもらえてよかった。
私も大好きで、朝ごはんの時に飲んでるの。
名付けて、甘…甘麹ミルクかな?
そして、はい!お待たせ。
海街で買った粘り気が少ない方のお米で作った炒めご飯だよ。
召し上がれ。」
「頂きます。
あら、すごくパラパラしているのね。
海街でも小さく野菜を刻んでご飯に混ぜることはあるけれど、炒めたことはなかったわね。
シャンギーラは油を自国で生産していないから、油は本当に高いの。
だから油を使った料理って新鮮だわ。
でも、これは美味しい。」
「うん。美味しい。
テルーちゃんの料理が美味しいのは、知ってたけどこれは本当に驚いた。
いくらでも食べられそうだよ。」
みんなでチャーハンを食べて、ひと段落ついた。
美味しい美味しいと言ってくれて、バイロンさんはおかわりまでしてくれた。
海街感謝祭は今のところ大成功だ。
でも、私の本題はここから。
「食後のデザートに、なかなかやめられない病みつきお菓子はいかが?」
そう言って、小皿にお菓子を盛る。
きつね色した小さな玉がコロコロと瓶から出てくる。
「次はいったい何だい?」
「ふふふ。これも海街で買ったお餅で作ったの。
まずは食べてみて。」
「塩気が効いてて美味しい!
確かにこれはついつい手が伸びちゃうね。」
「お餅を切って揚げた揚げ餅です!」
「テルー、貴女…わたしより海街の事詳しいんじゃない?」
「いや、さすがにナオより詳しくはないよ。
でも週に1度は通ってるから、だいぶ海街の人たちとも顔見知りになったし、ちょっとは詳しくなったよ!
シャンギーラの言葉も〈エンビー〉が美味しいで、<ラシアル>がありがとう、〈ルーゴ〉がまた今度って意味だって知ってるんだから。」
「でも海街の商品でこれだけ新しくて美味しいものを作れるなんてすごいわ」
「ありがとう。
実はね…その件でナオにお願いがあるんだ。
私ね…今日食べてもらった料理の他にも、こんなものがあったらいいなと思うものがあるの。
もっとたくさんの人に知ってもらって、もっといろんなところでシャンギーラの物が食べられるようになったらいいなとも思ってる。
私が好きなだけでもしかしたら売れないかもしれないし、海街に多かれ少なかれ影響があるかもしれない。
でも、このまま海街が廃れていくのは勿体ないと思うの。
だから、私、あの…
海街に活気がないと私が困るの!
海街の物が食べられなくなっちゃうなんて絶対に嫌。
だからだから、私が、私のわがままなんだけど…私が欲しいものをシャンギーラの物を使って作っていいかな?
ずっと手に入るように販売もしたいのだけど…」
話しているうちに言いたいことがいっぱいで、上手く話せない私をナオは急かすことなく、口をはさむことなく、じっと聞いてくれた。
「ふっ。ふっ、ふっふふふふ」
「ナオ?」
「やっぱりテルーは、海街が、いやシャンギーラが好きすぎるわね。
そこまで言うなら、私の許可なんて要らないわよ。
私は海街の領主ってわけでもないんだし。」
「うん。
でも、ナオは友達だから…
ナオが嫌がること、ナオとの友情にひびが入るようなことはしたくない。」
「も、もうっ!
そういうこと平気で言わないでよね!
私も、手伝ってあげる。
と、友達だから…」
「ナオ!ありがとう!!!」
「よかったねぇ。テルーちゃん」
「はいっ!バイロンさんもありがとうございます。」
「それで、何を売るの?」
「急にお店を出して、また帝都の人と海街の人がトラブルになってもいけないし、海街のみんなもお店なんてうまくいくのか確信が持てないことに協力しにくいと思うの。
だからまずは、今度の建国祭でこのお菓子を売りたいと思ってるのだけど、どうかな?」
「美味しいけれど、ちょっと地味じゃない?
買いに来てくれるかしら?」
「実際に売るときは、これのピンクと緑の色も作ろうと思ってるんだけど…
アンナさんのお米屋さんでピンクと緑のお餅作ってもらえるかな?」
「餅自体は、通常の商品だから仕入れは問題ないと思うんだけど、ピンクと緑ってどうやって作るのかしら?
さすがにすごく工程が面倒だったり、作るのにお金がかかると難しいと思うんだけど」
「お向かいの乾物屋に小さなピンクのエビと海苔があったの。
それを粉末状にしてお餅を作る時に混ぜ込んだらいいと思う。
作ったことはないけど。」
「それくらいなら、出来るかしら?
じゃあ来週は海街に来て。
エビと海苔のお餅の試作頼んでおくわ。
調理できるところ用意しておくから、そこでお菓子を試作して、そのままアンナさんに試食してもらって協力を依頼しましょ。」
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