第94話
「ねぇ知ってる?
聖女の噂。」
今は昼食時、ナオと私は相変わらず東の庭園の奥で二人お弁当を食べている。
「聖女?」
「なんでも、聖女様に手当てしてもらうと傷の治りが早いんですって。
ふふふ。」
「あれ?帝国には聖女がいないんじゃなかった?」
「ええ。帝国には聖女制度なんてないから、聖女という身分はないわ。
でも個人に勝手に名前を付けることまで規制できないでしょ?
私たちも海の民って呼ばれているし、ニックネームみたいなものよ。」
「あぁなるほど。
力の強い聖魔法使いが見つかったのかな?」
「もうテルーったら、違うわよ。
聖女様はこの学園にいるの!
魔物学で聖女様に手当てを受けた人だけ治りも早く、傷跡もきれいなんですって。
テルーのことだったりしてね!」
「え?でも、私が使った薬は先生から手渡された薬で、アビー様も同じ薬を使ってるんだよ。
やっぱり、聖魔法が使えるバーバラ様かS、Aクラスの人じゃないかな?」
「そうかしら?
今はまだ聖女の名前だけが噂されてて、誰のことかわからないからいいけど、テルーだったらまたやっかまれるから気をつけてね。」
あれから何度か魔物学の実技があったが、ライブラリアンの私、鑑定のアビー様、聖魔法使いのバーバラ様は毎回そろって後方部隊に配置されている。
同じ仕事をする仲間のような連帯感も生まれてきた。
授業では今までウィプトスの他、木の魔物や虫の魔物などを取り扱った。
どれもランクは低いが、生徒はみな魔物に慣れていないから、どうしても何人か怪我をする。
ウィプトスの時みたいに骨が折れるほどの大怪我はほとんどないが、怪我は後を絶たない。
だから何人もの人に薬を塗って手当はしたけれど…特別なことをした人は誰もいない。
みんな水で傷口を洗って、薬を塗って、魔力で絆創膏のように蓋をしているだけだ。
「いや…違うと思うんだけどな。」
「どうかなー?私はテルーじゃないかと思うけどね。
そういう厄介ごと引き寄せそうだし。
貴女も大変ね。」
引き寄せないわよ!
ん?
「ナオは何か今困ってるの?」
「ん?あぁ、心配させてごめん。
学園のことじゃないのよ。
私がいつも気にしてるのは海街のこと。
まだ帝国に慣れてないから仕方ない部分もあるのだけど、帝都の人とトラブルになることが多いし、海街に住む人は、先の災害で家や土地に被害を受けた人が多いからそんなに裕福じゃないの。
それなのに閉鎖的でしょ?
だからいつもみんな貧しいのよ。
このままこの状態が続けば、店や家を手放す人も出てきそうで…」
「そっか。
海街は私も大好きだし、何か手伝えればいいんだけど…
そうだ!海街の品物私が売るのはどうかな?
まだ帝国では活動してないんだけど、これでも商会持ってるんだ。
ナリス語が出来る人じゃないと厳しいけれど、シャンギーラの人も雇えるし、シャンギーラの品物が帝都の人に受け入れられたら、海街に行く人も増えて、海街のお店にもお客が来るようになるんじゃない?」
「テルー…本当に貴女はいい子ね。
ありがとう。
貴女のその気持ちだけですごく嬉しいわ。
でも大丈夫よ。」
「でも…」
「心配かけるようなこと言ってごめんなさいね。
さぁ、午後の授業が始まるわ。
行きましょう。」
午後の体術の授業が終わり帰ろうとすると、早速「聖女様」という言葉が聞こえた。
聖女が噂になっているのは本当みたいだ。
「聞きました?聖女様の噂。」
「えぇ、聞きましたわ。
希少な力を使って、殿方に気に入られようと必死なのだとか」
あ、ほら私じゃない。
気に入られようとしたことはないし、9歳の子供を見てそういう感想を抱く人もいないだろう。
「まぁ!そうなんですの?
私は希少な聖魔法ではなく良く効く薬を使って、その対価にいろいろと求めていると聞きましたわ。」
薬は…使っているけれど、対価を求めたこともないし、薬は先生から支給された一般的なものだ。
私じゃない。
「まぁ~。では、偽聖女という噂は本当でしたの。
やはり平民の方は図々しくって嫌ですわね。」
え!平民なの?
平民で後方部隊はBクラス、Cクラスでは私だけだ。
…きっとSクラス、Aクラスにいらっしゃるんでしょう。
私じゃ…ない。
私と言われたわけじゃない…ちょっぴりドキドキしながら逃げるように家に帰った。
「テルーちゃん!おかえりなさい。」
「あ、バイロンさん。ただいま。」
「ん?今日学校で何かあった?」
鋭い!
でも、偽聖女はまだ私という訳でもないし…バイロンさんに聞いてもらうほどのことではないよね?
「実はナオから海街の人たちが貧しいって話を聞いて、私に何かできないかなと思ったの。
これでも私商会があるから、そこでシャンギーラの物を売ったらどうかな?って提案してみたんだけど、断られちゃって…
いいと思ったんだけどな…どこがダメだったんだろ?」
「うんうん。
なるほどね。
よかったら紅茶飲む?
クッキーもあるから食べながら悩もう。
悩みがある時は甘いものだよ。」
「はい…」
バイロンさんの入れてくれたミルクティーを一口飲む。
なんだか甘さと温かさがホッと染み渡るようだ。
落ち着く…
「美味しいでしょ?
料理とかは全くダメなんだけど、ミルクティーは上手に入れられる自信があるんだ。」
「美味しい…心に染みます。
バイロンさんありがとう。」
「いえいえ。どういたしまして。
で。
ナオミさんの話だけど、もしかしたら遠慮したんじゃないかい?」
「遠慮…ですか?
友達なんだから頼ってくれてもいいのに…
やっぱり子供だし、頼りにならないんでしょうか」
「うーん。子供云々はナオミさん本人に聞いてみないとわからないけど…友達だからじゃないかな?
海街は閉鎖的だし、差別する人もいるからね。
だからこそテルーちゃんが好意で海街の商品を売っても売れないかもしれない。
いや、むしろその可能性の方が高いと思ったんじゃないかな?
そうすると、テルーちゃんは損する訳でしょ?
大事な友達に高リスクなお願いなんてしたくない…だから断ったんじゃないかなぁ?」
「そっかぁ…
確かに思いつきだったけれど、私も売れると思ったから声かけたんだけどな。
差別については全然考えてませんでした…
でも…私海街の人こと好きだし、海街に売ってる物も好き。
もっと広まって欲しいし、貧しさからお店が潰れちゃうのは嫌です。
今バイロンさんと話して気づきました。
100%純粋な好意じゃなくて私利私欲も存分に入った提案だったみたいです。はは…」
「何言ってるの。
充分海街の人のこと考えてるよ。テルーちゃんは。
そこにちょっぴり私欲が混じってた位当たり前だよ。
テルーちゃんは1人の人間なんだから。
それに、私欲が混じっている方が今回はいいかもよ?」
「へ?」
「100%善意だと申し訳なくて、頼めない。
それに友達としての関係性も変わってしまうかもしれない。
でもテルーちゃんが売りたいなら、テルーちゃん自身がお願いしたらいいんじゃない?
海街のために!とかではなく、あくまでテルーちゃんが売りたいからってことなら、同意がもらえるかもしれないよ?」
「なるほど。
私…まだまだですね。
ナオのこと友達なのに、その関係を台無しにするところでした。」
「大丈夫。
テルーちゃんが海街好きなのも、ナオミさんのことを好きなのも伝わってるから。
きっと大丈夫だよ。
ちなみに何売るか決まってた?
もし屋台とかに出してもいいような商品なら来月末の建国祭でお試しに屋台を出したらどうかな?
屋台ならハードルが低いし、海街のものが売れるかの実験にもなる。
それに売れたら、今後テルーちゃんがお店を出したいと言ってもより好意的に受け入れられるんじゃないかな?」
「はっ!いいですね!
ありがとうございます!!
本当にバイロンさんに相談して良かったです。
もう一度ナオと話してみます。
それで…もし屋台できるようになったら、試食とか…また相談に乗ってもらってもいいでしょうか?
図々しいお願いなのですが…」
「もちろんいいよ。
上手くいくといいね。」
「はいっ!」
温かいミルクティーに癒され、海街の話に希望が湧いた私は偽聖女の話なんてすっかり忘れてしまった。
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