第93話
入学して2か月が経った。
私の毎日は相変わらずだ。
初級魔法学では未だ魔力操作の特訓。
ただし、浮遊紙を使って移動させる訓練は終わり、現在は魔石に魔力を込める練習をしている。
入れすぎると魔石は壊れるし、少なすぎると役に立たない。
魔石の容量ピッタリに魔力を込めるのはなかなか楽しい。
感覚としてはちょっぴり付与魔法に似ている気がする。
この訓練は魔力を扱う訓練にもなるし、自分の魔力量を知るためでもあるらしい。
確かに魔石の容量ピッタリ入れるためには、コップに水を入れる時みたいに溢れないように、他の場所にこぼさないように、魔石の状態を見ながらちょろちょろと流さなければならない。
こんな訓練法があったのか。
やっぱり学園に来てよかったな。
もうだいぶ上手になったと思っていた魔力操作も新しい訓練方法のおかげか、さらに上達した気がする。
自分の魔力量については、実はまだあまりわからない。
何度も魔石に自分の魔力を込めることで、魔力量を感覚的に測れるようになるというのだが…。
例えば中魔石1つを自分の魔力でいっぱいにした後の自身の中の魔力量と魔力を込める前の自身の魔力量の差に注視すると自分の魔力は中魔石〇個分と分かるようになる…らしい。
また、魔法を使った前後でどれだけ魔力が減ったかがわかるようになると、今の魔法は中魔石〇個分の魔力消費だとわかるようになる。
うん。後者は私も精度はそこまでないけど、なんとなくわかる。
ただ前者は…よくわからない。
いつも魔力の器から溢れないように魔力をむぎゅーっと押し込めているからかもしれない。
社会学では頭から煙が出るんじゃないかと思う位頭をフル回転して授業を受け、毎回宿題のレポートではたくさん赤字をもらう。
そしてまた翌日の宿題に奔走し、赤字の単語を必死に覚える。
あぁ社会学が一番ハードだ。
だがその甲斐あって、だいぶ赤字で直される単語も減ってきた。
体術は安定の落ちこぼれで、全くついていけないので私だけ校庭の隅で別メニューだ。
少しは筋肉もついてきたと思うのだけど…未だに剣は危なっかしくて持たせられないと言われたし、弓も引く力がないから扱えない。
ヒュー先生は、毎回どうしたものかと頭を抱えている。
ほら…私9歳だからさ…あと3年経ってみんなと同じ12歳になったら…できると思うよ。(多分)
薬草学は助手として大活躍だ。
だがそのことに文句を言う生徒も今はいない。
ジェイムス様が助手というより雑用係だと言っているようで、雑用係なら平民がするのが適当だな…みたいな空気になっている。
初めての助手業の時は、「個人授業ではないか!」と思った放課後の助手の仕事は、どんどんどんどんハードになってきた。
もう授業などと生やさしい感想は持てない。
うん。これは、紛うことなく助手であり、雑用係である。
確かに大量の薬草を延々と煮詰めたり、干して乾燥させたり、粉にしたり…大変ハードな雑用ではあるのだけど、この大量に処理することが私の経験になっているのも事実なようで、結果的に薬草の知識はついたし、薬づくりの腕も上がっている気がする。
もう最初に教わった傷薬なら1人で作っても品質に問題ないと太鼓判ももらい、体術や魔物学、課外授業に使う傷薬の生産も任されている。
薬を作るスピードも上がってきた。
だから今となっては、助手に誘ってもらってよかったと思っている。
大変だけど。とても。
それに、大量の薬草の下準備と薬の生産をする代わりに、少しなら自分用にもらってもいいし、器具も使ってよいと言われているので、ひっそり
カラヴィン山脈で採取したラベンダーもこの間、器具を使わせてもらって精油にした。
うすーく、ごくごくうすーく
おかげさまで肌荒れ知らずだ。
若いからかもしれないけれど。
ふふん。助手特権だよ。
休み時間は1人の時は周囲の声を聴かないように勉強に没頭し、昼はナオと一緒にご飯を食べる。
海街に行ってから、ナオとはまた一段仲良くなった気がする。
貴族ばかりの学園で友達と呼べる存在ができるなんてね。
嬉しくてマリウス兄様に書く手紙の半分はナオの話だ。
時々心無いことも言われるけれど、初めて知ることも多いし、ナオという友達もできた。
充実している。
学園に通えてよかったと思う。
それに心無いことを言われた日は、帰ったらネロにうんと甘えさせてもらうことでバランスをとっているから大丈夫だ。
本当ネロがいてよかった。
今日は、初めての魔物学の実技の日。
ライブラリアンはどうやって戦ったらいいのかしら?
「みんな集まったか。
今日は実技だからなBクラスとCクラス合同でやるぞ。
喧嘩しないよう仲良くな。
さて今日初めて魔物と戦う訳だが、まずはちゃんとお前たちの頭の中に魔物の情報が入ってるか確認するぜ。
ジョン!この魔物の名前はなんだ?」
体術、魔物学の先生であるヒュー先生が指し示したのは、大きな亀だった。
大きい!
「はい!ウィプトスです!」
習ったわ。
「ウィプトス(Eランク)
体長130〜150センチ
亀のような形で甲羅の強度だけならSランク魔物の攻撃も防げるほどの防御力がある。
弱点は首。
ただしこの首はかなり伸びて、鞭のように攻撃してくるので遠距離から仕留めるのが良い。
強い防御力と首を使った攻撃は要注意だが、動きは遅いので逃げるのは容易。」
ヒュー先生が他の生徒にランクや特徴を当てている。
一通りウィプトスの特徴をおさらいしたところで、ヒュー先生が言う。
「この中で4大魔法でないものはいるか!」
「はい。私は聖魔法使いです。」
そう答えたのは、Bクラスの男爵令嬢だった。
バーバラ様と言うらしい。
「はい。私も鑑定です。」
そう答えたのは同じクラスのアビー様。
あ、私もだ。
「はい。私もライブラリアンです。」
「わかった。お前ら3人は後方部隊だ。
ウィプトスなら逃げる練習にもならないからな。
怪我した奴らの介抱頼む。
聖魔法がない2人はこの薬を使ってくれ。
包帯や水もそこにある。
エイダの婆さんに何の薬かは教わっているだろう?
そしてお前ら自身は、どこかに行く時は必ず護衛を雇うこと!
剣や弓を習うのもいいぞ。
攻撃手段を持たないお前たちはどれだけ自衛してもしすぎじゃないからな。
そして、護衛を雇ってもそれに慢心するな。
護衛の足を引っ張らないよう逃げるだけの体力はつけておいた方が生存率は上がるし、護衛が怪我した時に応急処置が出来ればその護衛はまだ戦える。
戦えないなら、戦えないなりの補助が出来るようになれ。
それが回り回って自身を助けることになる。
わかったな!」
「はい!」
なるほど。無理やり戦わすわけではなく、自分の適性に合った場所で役に立てということか…
「じゃあ、討伐開始だ!はじめ!」
ヒュー先生の号令を合図にみんながウィプトスの周りを囲む。
ウィプトスは、動かない。
動かないことをいいことに、みんな思い思いの方向から首に攻撃を仕掛ける。
ある生徒は火を放ち、ある生徒は水を放つ。
風を放つもそよ風程度…という生徒もいるし、魔法は苦手だから剣や弓で戦うという生徒もいる。
まだみんな魔力操作が苦手だし、初めての魔物で緊張しているし、初めての合同授業だし。
協力しあうとかそういうことはないみたい。
しばらくは一方的な戦いが続いた。
後方部隊と言われた私たちの出番はなく、ただ見ているだけだ。
そんな時間が10分ほど経っただろうか。
絶え間ない攻撃にイライラしだしたウィプトスが突如首を振り回し始めた。
今まで反撃などなかったものだから、油断していた。
あっけなく、何人もの生徒が飛ばされていく。
その光景を当たらなかった生徒皆が呆然と見ていた。
はっ!けが人の救助!
被害を受けた生徒の近くまで走り出した。
「動ける人は自力でこちらまで来てください!
他の皆さんも手を貸してください!
倒れた人をこちらに運んで!」
初めての魔物討伐で、非日常感があったからだろうか。
誰一人「平民のくせに指図するな!」なんて言わず、運んでくれた。
「テルー!いい判断だ!
お前たち!まだウィプトスは暴れてるぞ!
このままだと第2、第3の被害が出るぞ!どうするんだ!」
ヒュー先生の檄に、何人かがハッとなった。
「土魔法はいないか!
首の周りを土で囲ってあの首を止めたい!」
「土魔法ならまかせろ!だが一人じゃ無理だ。
他にいないか!」
「俺も土魔法だ」
そこからは、鞭のようにしなる首を止め、水、風、火と順番に魔法を繰り出して討伐する方法にしたようだ。
私も頑張らなきゃ。
一番重傷そうな生徒のところに行く。
「ちょっと動かしますね」
腕を曲げようとするも、痛くて曲げられないようである。
これは…折れてるかな?
「バーバラ様!お願いします。
おそらく腕の骨が折れてるんじゃないでしょうか!」
バーバラ様とアビー様もヒュー先生の檄で動き始めたようで近くまで来ていた。
「わかったわ。任せて。」
私は怪我した人のところへ行き、水で傷口を洗い、薬を塗る。
まだ出血している人には、薬を塗った後、魔力で覆い蓋をする。
イメージは絆創膏だ。
これで、よし!
「ほかに怪我したところはありませんか?」
「!あ、ああ…大丈夫だ。」
その答えを聞き、私は次の人へ。
水で洗い、薬を塗って、魔力で蓋をして、水で洗い、薬を塗って、蓋をして…
アビー様も薬片手に救助者の周りをまわっている。
吹っ飛ばされた時は、大変だと焦ったけれど、大きな怪我をしている人はほとんどいなかった。
倒れていたのは、びっくりして腰が抜けたり、魔力が少なくなって動けなかった人が多かったのだ。
まぁ…そりゃそうか。
学園の授業だものね。そこまで危険なことはしないよね。
あらかた手当てが終わったころ、ウィプトスも無事倒し、授業が終了した。
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