第91話

「テルーちゃん、この後どうする?

他に用事があるなら、案内するよ」


「学園の友達に教えてもらったお店に行こうかと。

お米が売ってるお店なんです。

でもいいんですか?バイロンさんについてきてもらっちゃって。」


「いいよ。帝都も絶対安全ってわけじゃないから。

俺はテルーちゃんより魔法は弱いと思うんだけど、大人と一緒にいるだけで危険も下がるからね。

それにお米って言ったら、海街の方じゃないか?

あそこらへんは柄が悪いわけじゃないんだけど…まだ安定してないから。

ナリス語がわからない人も多いし、トラブルもちょくちょくあるんだよね。」


「海街?」


「そう。知らない?

一昨年、帝国の保護国になったシャンギーラの人たちが住んでる地域。

あ、正式には去年か。

保護国になった時に帝国の市民権も与えられているから、去年から少しずつ移り住んできている人が増えてるんだ。

シャンギーラは、島国だからね。

シャンギーラ人は通称海の民って呼ばれている。

で、海の民が固まって住んでいるから、海街って呼ばれてるんだ。

保護国になってまだ1年だから、移り住んできてもナリス語が出来ない人が多くてね。

だからこそ彼らは固まって住んでいるんだろうけれど、ドーラが使えない店もあるし、ちょっとまだ海の民以外の人は訪れにくい地域かな。」


「そうなんですね。

確かに教えてくれた友達も「海の民」って呼ばれていました。

あれ?併合とも聞いたのですが…保護だったのですね。」


「あぁ。併合と勘違いしている奴も多いよ。

だから海の民を下に見て、ちょっとした差別もあるらしい。

まぁ保護国とわかってても差別する人はするけどね。

どこにでも自分とは違う人を区別して、下に見たり、悪く言ったり、恐れたりする人はいるものさ。

あそこは3年前の災害で、人も農地も大打撃を受けたから、保護国になっただけだ。

だから援助はしているけど、主権はシャンギーラだよ。」


あぁだからかな…

自らも差別を受けているから、私に忠告してくれたのかもしれない。

それに、今の話からするとナオも学園で差別されているのかも。

私…気づかなかった。

自分のことばかりで、これじゃ友達失格だ。


そんな話をしながら歩いていると、いつの間にか海街についた。

海街についたとたん、ここが海街なのだと一目でわかった。

もう…なんというか…空気が違うのだ。

帝都でありながら、ここは異国だ。


帝都で建てられた建物だから、建物自体は他の地域の建物と同じようなもの。

けれど、帝都の表通りならイスとテーブルをおいて、若い女性が紅茶片手におしゃべりに花を咲かしていそうな店先のテラスには、大きな机の上に所狭しとカラフルな布が積んであり、窓辺には上からジャラジャラとランプや紐で作られた飾りがつり下がっている。

何より大きくでかでかと書かれている文字は、見慣れぬ文字だし、おそらく値段であろう数字の横には見慣れぬマークがある。

きっとシャンギーラの通貨だろう。

あと道行く人もナオと同じ黒髪黒目の人ばかり。

前世では当たり前の光景も髪や瞳の色が個人個人で違う今世では、ちょっと違和感がある。

そんな海街に突如現れた私とバイロンさんと言う異物を街の人は警戒しているようだった。


きょろきょろとあたりを見回し、目的の店を探す。

あった!

行くと店先に大きな甕が沢山並んであり、その中に米や豆がたくさん入っていた。

お店に座っていたおばあさんは、私たちを見るなり一瞬驚いたものの、すごく優しい笑顔で迎えてくれた。


「イラッシャイ。

ワタシ、コトバ、ワカラナイ。

ダカラ、チョットマッテテ」


ナリス語を話せる人を呼んできてくれるのかしら?

おばあさんを待っていると、私と同じくらいの子供がやってきた。


「トモダチ?」

ん?

友達になろうってことかな?


「ネネ、ウレシイ。アリガト」

まだ返事してない!

ねねちゃんっていうのかな?

もうお礼言われちゃったし、友達になったということだろうか。


「あなたの、なまえは?ねねちゃん?」

ゆっくり発音してみた。


「チガウ。「テルー!!いらっしゃい!本当に来たのね」」

振り向くとナオがいた。


「ナオ!お米買いに来たの。

はじめてここら辺まで来たんだけど、とっても趣があって素敵な街ね。

でも慣れていないからナオが来てくれて助かったわ。」


「ここに住んでいる人みんながナリス語話せるわけじゃないからね。

もしシャンギーラ人じゃない子供が来たら呼びに来るよう伝えておいたのよ。

そちらは?」


子供…はぁ。

バイロンさんを軽く紹介して、互いにあいさつを交わす。

その後ナオは何かに気付いたように、後ろに目をやる。

つられて振り向く。


「あれ?ユーリ?」


「ユーリちゃん?

ねねちゃんじゃなかったんだ。」


「あぁ。ねねっていうのは、私たちの言葉で姉を指すの。

この子は私の妹のユーリ。

会話の内容はわからないけど、ねねって言ったなら私のこと話そうとしたんじゃないかしら?

まだこの子はナリス語勉強中だから、言葉が混ざっちゃうのよね。」


ねねが姉で、ナオのことを指しているなら…

「ナオは私と友達になれてうれしいって言ってくれたのかしら?」


「なっ!もう!ユーリ!〇×%#&~!!」

最後はシャンギーラの言葉で何を言っているかわからなかったけれど、照れながら怒っているところを見るところ「もう!勝手なこと言わないでよ~!!」と言ったところだろうか。

友達になれてうれしい…私もだよ。

そうやって私のこと周りに話してくれているのが、なんだか一番友達として認められている気がする。

嬉しくて、ニマニマしちゃう。


「お米を買いに来たんでしょ!

お米にもいろいろあるから、私が説明するわ。

これが、この前食べたおにぎりに使っている米で一番一般的な品種ね。

こっちはすごくもっちりしたお米。

沢山こねるともちもちに伸びるのよ。

で、こっちはあまり粘り気がないお米。

少し前から出てきた品種なんだけど、まだ私も食べ慣れてないのよね。」


あぁ!もち米?

ってことは、お餅食べれちゃう?おこわも!せんべいも!

それにあまり粘り気がないお米と言ったら、チャーハンじゃない?

はぁ…食べたい。


「テルー。

こっち来て座って。バイロンさんも。

はい。これどうぞ。

これがさっき言ったもっちりしたお米を捏ねたもの。

このソースにつけて食べてね。」


さっきのおばあちゃんがお皿に入れた白いものを持ってきてくれる。

あれは…お餅!


「わぁ!ありがとう!」

一緒に出された真っ黒のソースにバイロンさんはちょっとたじろいているようだったけれど、私は醤油だと感動に震えていた。


一口食べる。

おもちがのびる。横目にバイロンさんが驚いているのが見える。

あぁこの味!醤油!醤油!


「ん~!!!!おいひ~!

あぁ!本当においしい!

早く!早く!バイロンさんも食べてみて、美味しいから!」


恐る恐るバイロンさんも食べる。

ん!驚いてる。


ふふふ。その顔は、美味しいの顔だ。

ほらね!美味しかったでしょ!


「ねぇっ!シャンギーラの言葉で美味しいってなんていうの?」


「え?エンビーだけど…」


私は振り返っておばあちゃんに「えんびー!えんびー!」とおそらく片言であろう発音で、でもこの感動を伝えたくて一生懸命「えんびー!」と叫んだ。


「ぷはっ!ふふっ・・・ふふふふふふ」

ナオが笑っている。


抗議の意を込めてナオを見ると、ナオの背後に街の人たちが見えた。

気づかなかったけれど、よそ者の私たちをずっと見ていたらしい。

けれどその視線はわたしが「えんびー!」と連呼したせいなのか、海街に来たばかりの警戒するようなものではなく、どこか生暖かいものだった。

恥ずかしい。


「ナ、ナオ。ありがとうはどういうのかしら?」


「ラシアルよ。ふふふっ」


取り繕って淑女モードになってみたものの…もう手遅れみたいだ。

がっくり。

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