第90話

ナオからいじめの可能性を示唆されたその日にジェイムス様に嫌味を言われた。

タイミングが重なったことで、「いじめられるのではないか」という危機感がぐっと上がった。

だから今の私の関心は、どうやっていじめを受け取らないようにするかだ。


そこでふと思い出したのが、誘拐される前に準備しようとしていた護身用ネックレス。

あの時は回復を付与した護身用ネックレスを作ろうとして、聖魔法の魔法陣を勉強していたんだっけ。

結局すぐに誘拐されてしまって、そのまま帝都に逃げてきたから作ることはなかったんだけど…

結界を付与したネックレスならいつも身につけていけるし、身を守るのに一番だ。

結界の範囲を限りなく私の身体に近づければ、誰も私が聖魔法を使ったようにも見えないはず。


そうと決まったら、先ずは宝石選ばなくちゃ。

付与魔法は、適切な魔法陣を適切な素材に付与することで効果があるのだ。

魔力押しで付与しても魔力対効果が薄いから、素材選びは大事。

しっかり身を守ってもらいたいから宝石の勉強しなければ。


それから私は、休み時間はせっせとスキルで『石の神秘』とか『宝石、鉱物大百科』なんて本を読んでいる。

教室で宝石の本など読もうものなら「平民のくせに!」と言われたかもしれないが、幸いスキルで出した本は誰にも読めない。

だから学校でも思う存分調べさせてもらう。

宿題は放課後学校に残って終わらせ、家に帰ってからはまた石について調べている。

いじめられる前に作り上げたいから、出来れば今週末には宝石を買いに出かけたい。


うむうむ。

やっぱり回復にはぺルラがよさそう。

昔イヴが言っていたものね。


「ぺルラ

貝からとれる宝石の一種。

ミオル海が一番の産地であり、ぺルラの80%はミオル海に面した町でとられる。

ぺルラがとれる貝は、泡だま貝、蝶々貝の2種で、とれるぺルラはともに白色だが、真っ白なぺルラがとれる蝶々貝に対し、泡だま貝のぺルラは、少しグレーがかったようにも見える。

それは泡だま貝のぺルラが、層が何重にも重なっているからであり、光にかざせばその独特なグラデーションが光る。

すべての泡だま貝、蝶々貝でぺルラがとれるわけではなく、取れる貝と取れない貝があり、安定して産出されるのは蝶々貝のぺルラである。


宝石の価値としては、安定して供給され、真っ白に輝く蝶々貝のぺルラの方が高い。

たまにしか取れないグレーがかったぺルラは、くすんだペルラと呼ぶ人もおり、蝶々貝のぺルラの劣化版として扱われることが多く、価格も蝶々貝のぺルラに比較すると4分の1ほどの値段で販売される。


ぺルラは古くは体調の整える働きがあると考えられており、怪我を治す魔法陣と共に使われてきた。

その製法はもう途絶えてしまっているが、ある宝石商の手記によると魔法陣に使われるぺルラは、泡だま貝、蝶々貝ともに親和性が高いが、特に泡だま貝と相性が良いようだ。」


泡だま貝のぺルラ…人気はないらしいけれど、発見率も低いし、手に入るかしら?

それにしても怪我を治す魔法陣と言うことは、命の呪文との親和性が良いということね。

もちろん命の呪文も含めたかったけれど、一番付与したいのは結界だ。

つまり癒しの呪文。

癒しの呪文に使うにはどれがいいのかな…?


ディアマンテ…は無理かな。

お財布的に。

手出しできない最上の守りの石と呼ばれる石ディアマンテ。

マナーの授業でも習うほど有名な石で、その輝きの強さから宝石的価値も強い。

故にお値段も高い。

王族とか教皇様とかの装飾品にも使われるくらいだもの。


他に親和性の高い石あるかな…

うーん。オニキスは、魔除けの石かぁ。

ブラックトルマリンも守護の石。

どれも結界によさそう。


あ、『付与魔法のすべて』に載っていたクアルソも買わなくちゃ。

クアルソは無色透明の石で、別名<万能の石>とも言い、どの魔法にも親和性があると書いてあった。

だから複数の魔法を付与する時には、クアルソを用いるのが無難なのだとか。


クアルソと言えば、紫色のクアルソでアマティスタと呼ばれる宝石も魔除けや浄化の言い伝えのある石。

クアルソの一種だからきっと何にでもある程度親和性はあるだろうし…アマティスタとぺルラの組み合わせがいいかもしれない。


**********

週末

入学祝にアイリーンにもらったワンピースに袖を通す。

宝石店に行くのだから、ある程度ちゃんとした格好でなければ相手にされないだろうと思ってのことだ。

ウキウキしながら1階へ下りると、丁度ばったりバイロンさんに会った。

「バイロンさん、おはようございます。」


「あぁ、いいところに。

おはよう。

入居者が2人決まったよ。

明日引越ししてくる予定だからね。

残り2部屋も申し込みがあるから、週明けにでも希望者に会ってくるよ。」


「え!もう?」

バイロンさんがこの家の入居者を探し始めたのは先週からだ。

1週間もたたないうちにもう全部屋入居のめどが立っているというのは、ニールさんの言う通りバイロンさんはとても優秀なんだろう。


「この家はいい場所にあるし、ここに入居したい人は多いはずだよ。

あれ?テルーちゃんは、今日お出かけ?」


「はい!ちょっと宝石を買いに行きたくて。」


「宝石店!?アクセサリーでも買うのかい?」


「いや、形がいびつなのとかでいいんですけど、アマティスタとペルラを買いたいんです。

ペルラとアマティスタは、お守りになるんだそうですよ。

だから紐を通してネックレスにしようかと思って。」


「なるほど。それなら一緒に行こう。

多分テルーちゃん一人だとお店に入れないんじゃないかな?」


「え!入れない…?」


「いや…まだテルーちゃん子どもだから。

それにあまり形や品質にこだわらないなら、いい店があるよ。」


確かに!平民の子が一人でふらっと宝石店なんか来ないか。

ありがたくバイロンさんの申し出を受け、バイロンさんの知り合いの店に連れて行ってもらうことになった。


その店は表通りから1本入ったところにあった。

こぢんまりとして、静かで、落ち着く。

中に入ると、ドレスがぽつん、ぽつんと置いてある。

あれ?ここ?宝石店なのかな?


「いらっしゃい…バイロンか。

どうした?もう新しいドレスは作れないぞ。」


「やぁ。久しぶり。

今日はドレスじゃないんだ。

ドレスをもう作らないなら、クズ石は要らないよな?

売ってくれるか?

アマティスタとペルラが欲しいんだが…」


「あぁいいよ。どっちもある。

好きに持って行ったらいい。」


そう言って奥へ戻ると、3つ箱を持ってきた。

1つ目の箱には、ちょっとくすんだペルラがコロコロと入っていた。

2つ目の箱には1cmほどの紫色のアマティスタが、3つ目の箱には、小さな小さな紫色のかけらがたくさん入っていた。


「わぁ!きれい。

大きさもちょうどいいです。

でも、なんで?

ここ…宝石店ではないですよね?」


「うん。ここは俺の知り合いのドレスショップ。

高いドレスは、宝石を縫い付けたりもするからね。

アマティスタはそれほど高くないから、ドレスに縫い付ける定番の石だし、ペルラも白銀なら宝石店だけど、こっちのグレーのペルラでよければ安く手に入るから、これもよくドレスにつけるのに使われるんだ。

テルーちゃんが欲しいのはここの方がありそうだなと思って、つれてきた。

それにこの店も廃業するようだから、持っていても石の使い道がないしね。」


見回すと、たしかに売り物であるドレスは数点しか置いてない。

他にお客もいないし、廃業するというのは本当のようだ。


廃業なんてもったいない。

あのドレスなんてとても素敵なのに...

壁には1つ水色のエンパイアラインのドレスが飾ってあった。

この形のドレスとても珍しい。

こんな珍しいドレス流行らないのかしら?

それとも帝国ではこれが主流なの?

もう貴族じゃないから、ドレスを着る機会はないだろうけれど、もし機会があったらあの形のドレスが着たいなと、7歳の頃に受けたマナーの授業では答えられなかった「どんなドレスが着たい?」という質問の答えを突如見つけた。


「そうなんですか。

あのドレスなんて本当に素敵なのに、廃業なんてもったいないですね。

では、遠慮なくこのアマティスタとペルラ買わせていただきます。」


値段を聞いたら本当に安かったので、予備も含めて3つずつ購入した。








◇作者からのお知らせ◇

来週2月1日にアース・スタールナ様よりライブラリアン2巻が発売されます。

書影など詳しくは、本日更新しました近況ノートをご確認ください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る