第89話

放課後、温室へ向かう。

薬草学の助手として、バンフィールド先生に呼ばれているのだ。

この「助手」っていうのも…いじめられる原因にならないだろうか。

まぁ一介の生徒に拒否権はないのだけど。はぁ。


温室についた。

そう言えば、温室に来るのは初めてだなぁ。


「バンフィールド先生!

いらっしゃいますか?テルーです。」


呼びかけてみるけれど返事はない。

入って待っていてもいいかしら?

中へ入るとそこには、緑豊かな空間が広がっていた。


わぁ!

あ、授業で使ったラベンダーだ。

アマルゴンも、白サルヴィアもある。

マリーゴルディアだわ。

懐かしい。ドレイトの庭に植わってたわね。


これは…何かしら?

オレンジ色の10cmくらいの花が沢山ある。

すぐさま『植物大全』で調べてみる。

これ…でもないし、これも…違う。

あ、これかな?

カレンデュラ。

えっと効能は…


「それは、カレンデュラよ。

テルー、よく来たわね。

自分で調べていたの?」


「バンフィールド先生!

はい。知らない花だったので調べていました。

すみません…勝手に入って。」

すっかり夢中になって読んでたから、先生が来たの気付かなかった!


「いいのよ。

貴女ライブラリアンだったのね。

道理でよく知ってるわけだ。

鍛えがいがあるわ~。

さ、早速はじめましょう!

こっちに来て。

これは、今日授業で使ったラベンダーよ。

しっかり乾かすから干しておいて欲しいの。

干し方はこれくらいの束にして、こうやってここを縛って逆さにして吊るすの。」


言われた通り、私は大量のラベンダーを干していく。

簡単だが、この量はなかなか大変な作業だ。

全部のラベンダーを干し終わる。ふーっ。


「終わった?次はこっちよ。

これはヤローナ草。

知ってる?」


「はい。ポーションに使うと聞きました。」


「よろしい。

使う部分は?」


「根も葉もすべてです。」


「いいわね。

じゃあ実際に、処理してみましょうか。

まずは、根だけ別に分けるの。

ここの部分をはさみで切るといいわ。

うん。そう。

根の部分は、よく洗って。

それじゃだめよ。

このボウルの中の水が一切汚れないようになるまで洗うの。

そうそう。ほら、ちょっと白っぽくなってきたでしょう?

そしたら水気を切って、フライパンに。

さぁ炒って。

うんいい感じ。

この香ばしい香りが合図よ。

小さく刻んだら、すり鉢でさらに細かく。

そうそう。

それをこの布の上にいれて、沸騰したお湯を少しずつ入れるの。

ダメ!ダメよ。そんなにドバっと入れては。

少しずつ、少しずつ蒸らしながら入れるの。」


フライパンで炒って、細かくしたヤローナ草の根をドリップコーヒーみたいにお湯を注ぐ。

少ししてやっと、ポタと真っ黒なエキスが1滴落ちてきた。

また少しお湯を注ぐ。

ポタ…ポタ…

おぉ。本当にコーヒーみたいだ。

出来上がったエキスの量は、大きなスプーン1杯程度だったけれど。


「いいわね。

次は、葉よ。

一枚ずつ丁寧にちぎって、刻む。細かくね。

あら。包丁の扱いが上手ね。

そうそう。

それをすり鉢に入れて、はちみつ、蜜蝋、あとさっきの根のエキスを入れて。

エキスはこの小さな匙で2杯ね。

その後は練る。

たくさん練って、なめらかになったら出来上がりよ。

この容器に入れておいて。

今日は洗浄済みだから、容器の洗浄の仕方は次教えるわ。

私は薬草の手入れしてくるから、出来上がったら声をかけてね。」


練る…?

練るというよりも混ぜる感覚に近いんだけどなー。

混ぜ混ぜ。

混ぜ混ぜ―混ーぜー。

粘り気が出てきた!

結構力がいる。


かなりの時間を使ったけれど、やっと滑らかになった薬?を容器に入れ、先生に見せに行く。

バンフィールド先生は、それを何かの機械にかけて「まぁまぁね。」と言った。

「これは、基本の傷薬。

今日授業で話したでしょう?薬草にはもともと効能があるって。

聖魔法と比べると効き目が劣るけれど、これもちゃんと傷に効き目があるのよ。

今日は乾燥させていないヤローナ草で作ったわね。

来週は乾燥させたヤローナ草で作ってみましょうね。

どれだけ違いがあるか見せたいわ。

復習にもなるしね。

はい。これはあなたにあげるわ。

また来週の放課後来てね。

今日作った傷薬も忘れずに。

次は、容器洗浄から教えるわ」


「ありがとうございます。」

助手…というよりも、これでは個人授業ではないか?

いいのかしら?

私にとってはとてもありがたい話だけれど。

それにしても傷薬…私の作った薬より工程が沢山あった。

私が作った薬には聖魔法が付与されている。

だから効能は私が作った薬の方が高いのだろうけれど…

薬としてみたら、こちらの方がうんと上ね。

塗った時にざらつきもないし、サラッとして使用感もいいもの。

これに聖魔法を付与したら、より魔力対効果が良いのではないだろうか。


こんなことを考えながら歩いているのが悪かったのだ。

ドン。

誰かにぶつかった。

ぶつかった私が悪いけれど、小さいから私の方が後ろにこけた。

痛い…


「すみません!」


「大丈夫だ…

なんだお前か。

こんな時間まで何遊んでる?」


ジェイムス様だ。レスリー様もいる。


「バンフィールド先生に呼ばれて」


「あぁ。助手…だったか。

いい機会だから教えてやろう。

助手なんて言葉で「認められた」と思ってるんだったら大きな間違いだ。

子どものお前にはわからなかったかもしれないが、お前がしているのはただの雑用係だ。

そんな係、貴族である俺らにさせるわけにはいかない。

けれどお前は、平民だからな。

俺ら貴族に仕える身だろ?

だからお前が助手なんだよ。

分かったか?

分かったら自分の分をわきまえて、助手としてせいぜい励め」


「そうですか。

わざわざご説明ありがとうございます。

ではまた。」

さっと立ち上がり、スカートをパンパンとはたき、立ち去る。

冷静に振舞ったつもりだけど、内心私は2人の冷たい目に震え上がっていた。

今はまだ一言言われただけ。

でもまだ入学して1週間も経ってない。

これから先どうなっちゃうの?


家に帰る。

「ネロー!ネロー!」

ネロを見るなり、ギューッと抱き着く。

「あのね。学園で私いじめられそうなの…」

「にゃっ!」

相変わらずネロは、私の言葉を聞いてくれているようで、絶妙なタイミングで返事をしてくれる。

今日は私が落ち込んでいたからかずっと私の近くにいてくれた。

落ち込んだ時…今までならマリウス兄様が慰めてくれたんだっけ。

今はいない。


「私も強くならなくちゃ。」


その日は寝るまでネロと一緒に過ごし、プリンも食べて、自分を甘やかした。

明日からは勉強頑張ろう。

悪口なんて、嫌味なんて…上手く切り返せないけれど、なるべく聞かないように勉強に没頭しよう。

嫌なものは、こちらが受け取らなければいいのだ。

受け取らなければ、その嫌なものはきっと相手に返っていく。


あと、わからないようにひっそり自分に結界をかける方法を考えよう。

私は平民だから、やり返したところで私一人が悪者になってしまうだろう。

だからこちらからは絶対に反撃しない。

ただ攻撃も受けないだけだ。


魔法は、取りあえず必要に迫られるまで使わないようにしよう。

どんな厄介ごとになるかわからないし。


強く…強く生きるんだから!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る