第88話

バンフィールド先生から解放されてぐったりしていると、目の前に誰かが来た。

のろのろと顔をあげる。


「おい。調子にのるなと言っただろう。

お前なんかただの貧乏平民なんだから、いい恰好しようするな。」


あ、デニスさん。

また苦言を言われてしまった。

彼はいつものことだけど、言うだけ言うと帰っていった。

彼には、相当嫌われているな~。


「大丈夫?

私、今日東の庭園で食べる予定なんだけど、お弁当なら一緒に食べない?」

そう言ってきたのは、隣の席のナオミさんだ。


嬉しい…

「はいっ!」


二人で東の庭園に向かう。

東の庭園は、広い。

だだっ広い芝生広場は、敷物を敷いてピクニック気分で食べている人が多いし、バラが咲き誇るバラ園はカップルばかりだ。

バラ園も広場も抜けた先に少し大きめな池があり、その周りにもベンチがあるのだが、奥の方は遠いからかそれとも大きな木の陰であまり日当たりもよくないからかいつも空いている。

いつも私はそこでご飯を食べていたのだが、ナオミさんは迷いなくまっすぐ池の奥を目指している。


「もしかして、ここで私が食べているの知ってました?」


「えぇ。昨日見かけたの。

だから今日もお弁当なのかな?と思って誘ってみたのよ。

それにしても…貴女も大変ね。

大丈夫?」


「?心配ありがとうございます?」


「あれだけ教師に注目される平民なんて、いじめてくださいって言っているようなものだわ。

貴女もっと身の回りには気を付けたほうがいいわよ。」


「へ?」


「知らないの?

数年前11歳で入学した聖魔法使いの子がいたそうよ。

さっきバンフィールド先生がおっしゃったように聖魔法使いは貴重。

薬草学はもちろん、体術や魔物学でもケガをした生徒を治療したりするから必然的に目立つわね。

それが面白くない人たちがいたの。

たかが平民の癖にって。

そんな妬みがだんだんいじめに変わって、悪口や嫌味を言われるなんていい方。

物を取られたり、水をかけられたり。

どんどんいじめがエスカレートしてね…退学したそうよ。」


「そう…なんですか。

知りませんでした。」


「あなたは聖魔法使いではないけれど、初級魔法でも、社会学でも薬草学でも先生方に褒められてるわ。

それを面白く思わない人もいるでしょうね。」


なるほど。

「ご忠告ありがとうございます。

けれど、ナオミさんはそんな私とお昼食べて大丈夫なんですか?」


「まぁ…目はつけられるかもしれないけど、私結構図太いから。

それに、Cクラスでは仲良くしたい子なんてあなたしかいないし。

貴女は将来大物になりそうだからね…今のうちにお友達になりたいなと思ってね。」


「大物…なるかなぁ?

それでも、私も気軽にお話ができる友達ができるのは嬉しいです。」


そういって私たちは、お弁当を食べ始めたのだけど、ナオミさんが弁当箱を開けた瞬間、私のテンションはマックスになった。


「ナ…ナオ…ナオミさん!!そ、それなんですか!

なんて言う名前で、どこで売ってるんですか!!!」


そこには、形は丸いけれどおにぎりがあった。

これは、絶対…絶対におにぎりだ。

すごい!

まさかここで、お米に出会えるなんて!


「え?こ…これ?

あぁ。帝国ではまだなじみがないかもしれないけれど、私たちの領土で昔から食べている”おにぎり”と言う食べものよ。

島でとれる米という植物を炊いて、丸く固めて作るの。

一つ食べる?」


「いいんですか!」

1つもらった私は、久しぶりの…いや現世では初めてのお米の味に泣きたくなった。

「おいしい…美味しいです…」


「そんなに気に入ったなら、お米を販売しているお店を紹介しましょうか?」


「是非!ありがとうございます。

あ、ナオミさんのお昼減っちゃいましたよね。

良かったらこれどうぞ。」


そう言って私はプリンを差し出した。

「え…何これ?」


「プリンです。

甘いもの嫌いじゃないですか?

嫌いじゃなければ、美味しいですよ。

食後のデザートにどうぞ」


お弁当を食べ終わり、プリンを食べたナオミさんは目を見開いた。

「美味しい!

っもう!全く。何なのよあなたは…。

絶対ただの平民じゃないわよ…」


最後の方は私もごにょごにょと言ってて、あまり聞こえなかったのだけど、気に入ってもらえたようで良かった。


「ナオミさんって優しいですね」


「優しい!?

あ、貴女と仲良くするのは、私にメリットがあると思ったからよ!

それに私だけじゃないわ。

デニスとかいう子も多分あなたを心配して言ってるんじゃないかしら?

彼は有名な商家の子みたいだし、平民で希少な聖魔法使いのことは知ってるんじゃない?

まぁこれは私の想像だけどね。

何よりこんな小さい子いじめるなんて悪趣味よ。」


「あぁ。なるほど。忠告してくださってたんですか…

すっかり嫌われているのかと思っていました。

本当に嫌われているのかもしれませんが、心配してくれていると思っておくことにします。

そう思うと、彼に何を言われても悲しくないですしね。

やっぱりデニスさんもナオミさんも優しいですねぇ。」


「あなたも結構図太いわね。

あと、ナオミさんっていうのやめなさい。

同じ平民なんだし、友達なんだから、ナオでいいわ。」


「ナオ!ありがとう!

私のこともテルーって呼んでね。」


そっか…優秀でもいじめられるのか…


私は今までライブラリアンは役立たずだから、冷遇されると聞いてきた。

まだ家族に庇護される年だったから、実際心無い言葉に触れたのはわずかだったけれど、それでも悲しかった。

役立たずという評価だから、明るい将来も見えなくて。

だから…役立たずなんて言わせない!私も役に立ちたい!幸せになりたい!と頑張ってきた。

学園に入学してから褒められることも増えて、頑張ってきたことが実を結んだのかと内心喜んでたのになぁ。


確かに社会学の時はジェイムス様、薬草学の時はアグネス様に睨まれた気もする。

それはデニスさんの言うとおり、「平民のくせにいい気になるなよ」ってことなんだろうな。

だとしたら…このまま行くと私は虐められる訳だ。


困った。

できれば虐められたくないけど、ここに通うことをあんなに喜んでた父様や母様を見たら辞めたくないし、オスニエル殿下の勧めだし、勉強になるし、虐められることを除けば私にとっても学園に通うことはチャンスなのだ。

だからやめる選択肢はない。

なんだか負けた気にもなるしね…


じゃあどうしようか…

気をつけるって言ってもなぁ…

今まで私の周りは優しい人ばかりだったから、気をつけ方がわからない。

えっと…悪口や嫌味を言われたり、物を取られたり、水をかけられたりするのよね。


悪口や嫌味の対抗策は思いつかないけど…物理的ないじめには結界がいいのでは?

あ、でも…聖魔法使いはとっても希少なのよね?

それで平民の子は虐められたんだもんね。

じゃあ結界が使えること知られたら、余計いじめられるかしら?


その時1つのことに気が付いた。

スキルじゃなくて魔法陣で練習したとはいえ、地、水、風、火、聖魔法全部使えるとわかったらどうなるんだろう?

それにたくさん練習したから、今は魔法陣も使わずに魔法を行使できるようになってる。

役立たずにならないために頑張った結果なのだけど、傍から見たら…(自分で言うのはちょっと恥ずかしいけれど…)天才に見えてしまうのでは?!

普通は、スキル鑑定で鑑定された1つのスキルだけだものね…


それに気づいて、サーっと血の気が引いた。

絶対虐められるし、なんか面倒なことになりそうな気がする…


「テルー!テルー!

大丈夫?貴女顔色が悪いわよ」


「あ。うん。

大丈夫…。」


あっという間に昼食の時間は終わり、私は今後どうしたらいいのか頭を悩ませながら、よろよろと体術のクラスに行ったのだった。

その日の体術のクラスは、いつも以上にひどかった。

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