第87話

1年生の授業科目は少ない。

というのも、2年からはコース選択するため、どのコースの生徒も必要な知識に絞って教えているからだ。


この1年で習う科目は5つ。

初級魔法学、社会学、体術の3つの授業を基本に、週に2コマだけ魔物学と薬草学がある。

先日受けた初めての魔物学の授業は、体術の教師でもあるヒュー先生が教えてくれた。

この1年間で学ぶ魔物は、帝国内にいるCランク以下の魔物だそうで、初日の昨日はEランクの魔物の名前、大きさ、特性、それからどんな攻撃をしてくるのか、どこが弱点か…などを習った。


10種の魔物を習った中には、冒険者登録の際に戦ったキャタピスもあり、なんだかすごい懐かしい気持ちになってしまった。

そうか・・・キャタピス成長するとバタフリアになるのか。

バタフリアは幻覚を見せる鱗粉をまく魔物でCランクだ。

だからなるべくキャタピスの状態で討伐するのが望ましいのだとか。

知らなかった。

魔物学は座学だけでなく実技(魔物討伐訓練)もあるらしい。

ちょっと不安。


そして、今日は初の薬草学。

独学で薬を作ってきたし、『植物大全』には逃亡中本当にお世話になった私は、薬草学の授業をすごく楽しみにしていた。

どんな授業なのかしら?


「こんにちは。

私はエイダ・バンフィールド。

この1年間薬草学を教えます。

・・・。

例年必ずこういう生徒がいるのよ。

「薬草からポーションにできるのは、聖魔法使いだけなのだから私には関係ありません」っていう人がね。

ねぇ。貴方もそう思ってたのでしょう?

ふふふ。図星ね。

ちなみに貴方は来年どのコースに進むのかしら?」


「騎士コースに進むつもりです」

えっと彼は…レスリー様。

休み時間に「薬草学なんて無駄だよなー」とジェイムス様と一緒に話していたっけ。

バンフィールド先生…鋭い!そして、関係ないけど美人!


「そう。騎士コースなの。

ケガをしないといいわね。

さて、皆様の中に聖魔法使いはいますか?

…いないわね。

では、騎士コースに進む人は?

15人ね。

これ…どういうことかわかる?」


「えッと…聖魔法使いは少ないということ…でしょうか」


「そう。聖魔法使いは少ないの。

ここは帝都一の教育機関ですからね。

この学園で過ごす学友は、そのまま将来貴方の仕事相手になる可能性が高いわ。

そして将来貴方たち全員が無事騎士になったとして、何人の聖魔法使いがその時いるかしら。

今…このクラスには聖魔法使いが0よ。

15人に対して1人もいないの。

それくらい少ないのよ。

だから、聖魔法使いがあなたたちの任務に同行することはほとんどないわ。

じゃあ貴方任務中にケガをしたらどうする?」


「ポーションを持って行けばいいのでは?」


「そうね。ポーションは持っていくでしょう。

けれど、知っての通りポーションは飲みすぎれば効きが悪くなるわ。

それに戦いの場にリュックサックいっぱいのポーションを担いでいくわけにはいかないでしょう?

戦えないわ。」


「怪我をしたら交代要員と交代すれば…」


「そうね。余裕があればそういうことが出来るでしょう。

しかし余裕がなければ痛みをこらえて戦わねばならない場面もあるでしょう。

それに交代したとして、聖魔法使いのところまですぐに帰れるわけではないでしょう。」


「それは…そう…ですね」


「たしかに聖魔法使いが薬草を魔法でポーションや薬にしたほうが効きがいいわ。

けれど薬草自体にも効果はあるの。

それで応急処置が出来るかできないかで、あなたたちの将来の生存率が変わるのよ。

あなたが授業を受ける理由…わかった?

それにケガや病に効くだけではないのよ。薬草は。

お肌の引き締めにいい薬草だってあるし、食欲が沸く薬草だってある。

虫を寄せ付けない薬草だってあるし、魔物を寄せ付けない薬草だってあるんだから。

聖魔法使い、騎士だけじゃなく、すべての人に有用な知識よ。

さて、今日は初日だからこれにしましょうね。

きっと女の子は気になるはずよ。」


そう言って先生が取り出したのは、ラベンダーだった。


「これの名前はわかるかしら?」


「ラベンダーくらいわかるわよ」


「ええ。ラベンダーね。

アグネス正解よ。

それじゃあこれの効能わかるかしら…

そうね。テルー答えてくれる?」


え?また私!?

今回は社会学の時みたいにテストで満点取ったりしてないのに、なぜあてられる?


「はい。

ラベンダーは香りが良く、その香りにはリラックス効果があると言われています。

不安感やイライラが緩和されますし、安眠の効果もあります。

また、肌のトラブルにも効果があります。」


「その通りよ。

ダンの言ったとおりね。

貴方薬草の心得があるの?

薬草に興味がある生徒なんてほとんどいないから嬉しいわ~」


ダン?誰?

・・・あ!!!もしかしてオルトヴェイン先生!?

えっとなんて言おうか?帝国へ逃亡中に身につけました…はさすがに変よね。


「いえ、心得と言うほどでは…。

一時期冒険者業をしていたので、必要に迫られ少しかじっただけです。」


「まぁまぁ。実地経験が!?

いいわね。

せっかくだから、授業を手伝ってちょうだい。

さ、前に来て。」


えええええ!

完全に目つけられてる!?

アグネス様・・・睨んでる。ひっ!


その後は、先生について前でラベンダーをゴリゴリとすりつぶしてオイルに浸したり、サシェに入れたり…

完全に雑用係となっている。


これじゃノート取れないな。

ラベンダーは知ってるからまだ良いけど、知らない薬草の時の雑用係は勘弁してほしい。


「テルー?この器具は使ったことあるかしら?

何に使うかわかる?」


これはまさか!蒸留器具?

え?もしかして、精油作れるの!わぁ!すごい!!!


「使ったことはありませんが、これはもしかして(あ、ナリス語で蒸留ってなんで言うんだ?)…えっとオイルを(あ、抽出もなんて言うんだろう?)…取り出す機械ではないでしょうか。」


「その通りよ。使い方は?」


「うろ覚えなのですが、こちらの大きい入れ物の方にオイルを取り出したい植物を入れ、火にかけます。

その後オイルを含んだ水蒸気がこの管を通って、こちら側に。

冷やされた水蒸気はオイルと水に(分離…はわからないから)別れ、オイルを取り出すことができます。」(多分)


「いいわね。

ここまで薬草の知識が深い学生はなかなかありませんから、皆さんもテルーにわからない事を聞くと良いですよ。」


え?

もう…やめて…みんなの視線が痛いから…


授業が終わった。

すごく楽しみにしていた授業だったし、知識もあったのでわかりやすかったし、褒められたけれど…なんだかぐったり疲れた…


「あ、そうだ。

テルーは助手ですから、今日の放課後温室に来てくださいね。

次の授業の準備を手伝ってもらいます。」


え!

呆然としている私に、バンフィールド先生は近づいてきて「その代わり、蒸留器やほかの薬草も使ってもいいですわよ。」と言ってきた。


つ…つられないぞ!と思ったけれど、ただの平民学生が教師に逆らえるはずもなく、助手業が決まってしまった。

なんでこうなった?

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