第86話 【閑話】オルトヴェイン視点

俺は今先程提出されたばかりの宿題をチェックしている。

宿題が大量で学生は大変だと言うが、それをみる教師はその数倍大変だ。


社会学の最初の宿題は、実は正しい答えを求めていない。

学生に与えた2つの要素から何を調査するのか、どう考えるのか、またそれを論理的に説明できるかみるためだ。

だからその宿題の答えが間違っていたとしても評価が下がるということはない。


「あーBクラスはダメか〜。

こりゃ今年は大変だな。」


もう一度言うが、答えが合っていなくてもいいのだ。

調査し、考え、仮説を立て、また調査し・・・そういうことを繰り返して得た事実をもとにどんな結末に導くかを見ている。

まぁ、学生には教えてはいないが。


するとどうなるか。


「20年で餓死者が減った要因は何か?」という問いに対して「聖魔法使いが増えたから」「食料生産が増えたから」のように簡潔すぎるほど簡潔に一問一答のように書いてくる学生が多いのだ。


それではどのデータからどう読み取ったのかわからないし、何よりレポートとは呼べない。

こういう奴は、卒業して仕事をし始めてもあんまりパッとしない。

目についた表面だけで物事を理解し、わかった気でいるからだ。

まぁそれも入学前までは、家庭教師に習ったことを必死に詰め込むばかりの勉強をしてきたのだからしょうがない。

知識を詰め込むのと、知っている知識を使うのは、頭の使い方が違うのだ。

だから学生たちには、この3年間でみっちり頭を使ってもらう予定だ。

大変だが、ついてこれた学生は漏れなく仕事においても有能さを発揮している。


逆に入試ではいい点を取っていたのに俺の授業についてこれなかった奴は、言われたことしかできず、ある程度までは出世するんだが、いつまでも2流だ。

だから学生たちには頑張ってほしい。

俺の授業は厳しく大変だが、損はさせないからな。


「はぁ…明日はレポートの書き方からだな。

ん?これは?」


Aクラス以降簡素なレポートもどきが続く中、びっちり描かれたレポートが目に入った。


「Cクラスのテルーか…」


色んな意味でびっくりしたからよく覚えてる。

例年授業初日に再度入試問題を解かせるが、Cクラスの生徒は一夜漬けで覚えて入試の後はすっかり忘れてしまうから、悲惨な結果に終わる。

だが今年はその中で満点を取った奴がいた。

それがテルーだ。

びっくりした。

2回目とはいえ、満点取れるならせめてBクラスに入ってる実力はあるはずだ。

なぜCクラスにいるのだ?

そしてどんな奴かと呼んでみれば子供で…(後で調べたら9歳だった。)

しかも餓死者の問題を解かせてみれば、なかなか真実に近づいていた。

な?色んな意味でびっくりだろ?


さて、レポートの書き方はどうかな?

*********

テーマ:626年~646年の餓死者の減少について


1年Cクラス  テルー


このレポートは、626年から646年の20年間で餓死者が大幅に減少している原因を考察するものである。


626年帝国の人口はおよそ183万人、それに対し餓死者はおよそ16万人。

これはその年の人口の約9%に当たる。

646年には人口312万人に増えるが、餓死者は15万人に減っている。

人口比になおすと、約4.8%。

20年で4.2%も餓死者が減ったことになる。(※1)


ちなみに636年の調査では人口178万に対して餓死者17万と増えていることから、餓死者が減少した原因は636年~646年の10年のうちの現象であるとわかる。

この年代は、10年に1度しか人口調査はされないため、636年以降の人口増加、餓死者減少のを測ることはできないが、人口増加に関しては638年のセイムス国(当時人口130万※1)のが理由と考えられる。


次に肉、魚、野菜、小麦などの食料の流通量のを見てみると、セイムス国のを境に増えていることがわかる。

しかしその増加率は人口増加を補いあまるものではなく、よって餓死者の減少が食糧生産増加によるものではないと考えられる。(※2)


セイムス国とので、増えたのは、人口だけではない。

帝国内ではセイムス国で生産されている各種薬草、香辛料が安く調達できるようになった。

特に流通量が上がり、流通価格が下がったのは、傷薬などに使うヤローナ草、香辛料のピミエンタであった。(※2)

ヤローナ草はポーションの材料にもなり、セイムス国がセイムス領となった翌年より帝国内のポーションの取扱量も増えている。(※2)

ピミエンタは今ではすっかり家庭料理にも使われる定番の食材となったが、当時の帝国では生産されておらず、セイムス領になっても数年は価格も高いまま流通していなかった。

そのためピミエンタの価値は高まり、「黒の宝石」と呼ばれ貴族や一部の裕福な家庭で楽しめる品という位置づけであった。(※3)


高値で売れるピミエンタの取引量が増えたためか、セイムス国での面積も640年には倍に増えている。

642年には、セイムス領外でもピミエンタの栽培が始まり、流通量が増えるにつれ、ピミエンタの流通価格は下がり、富裕層の品ではなく、庶民の食卓に上がるようになる。(※3)


当時のピミエンタの使用法は、すり鉢で細かくしたピミエンタを直接肉や魚に刷り込むというもので、香りづけの他、匂いけし、さらに効果もあったという。(※4)


その調理法は、庶民に広がると船乗りの間でもされるようになり、642年シエル島に調査に行った調査船トリトナ号の出港準備品にピミエンタとオイルに漬けた肉が含まれている。

同船長の航海日誌によると、シエル島到着後もしばらく持って行った肉を美味しく食べることが出来たと言う。(※5)


家庭で食べきれなかったり、売り切れなかった肉は、腐り捨てるのみだったが、ピミエンタの普及により消費までの期間が長くなり、腐り廃棄される肉が減り、食べられる肉が増えた。

そのため、船乗りはより長期間海へ出ることが出来、餓死者も減ったのだと考える。


<参考資料>

※1クラティエ帝国社会調査(626年度版、636年度版、646年度版)

※2クラティエ商業ギルド 主要生産物取引データ(食品部門、薬草部門)

※3『魅惑の黒の宝石 ピミエンタ』 マリエラ・ベスティ

※4『植物大全』ゴラム・ロイド

※5『秘境シエル島調査~トリトナ号航海日誌』エリック



***********

ふむ。

データをよく探している。

数字のうわべを見るだけではなく、ちゃんと割合を割り出したうえでの比較…良い。

ちゃんと参考資料の出典も示しているし。

本もよくこんな本見つけたな…

この航海日誌は俺も読みたい。

あとで図書館に行こう。

ちょっと荒々しいが、ピミエンタにたどり着けたのはさすが。

まだ薬草学の授業は受けていないだろうに、ヤローナ草、ピミエンタの効能まで盛り込んだか。

最初から少し知識がないとそこまで辿りつけないだろうに。

エイダのばあさんにも教えておいてやろう。


レポートの評価は…よくやった!と言いたいところだが…


うーん・・・


なんだ!この誤字のオンパレードは!

ペイ合ってなんだよ。

併合だろ?

ズイイって・・・推移なんだろうけどさ・・・

シコミ品?嗜好品だろ馬鹿者!

ざくつけ面積じゃなくて作付面積だし、ボーフウ効果じゃなくて、防腐効果だ。


しっかりナリス語勉強しろ!

初等部からやり直せと言いたいくらいだ。


俺はレポートの誤字に赤で×をつけていく。

真っ赤になったレポートを見て、俺はテルーがCクラスであることに深く納得したのだった。

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