第84話

もうすぐ休み時間が終わり、社会学の授業が始まる。

これから1時間半は、ずっとナリス語を読み、聞き、書き続ける時間だ。

日常会話はスラスラできるし、読み書きもできるけど…それでもやっぱりまだ母国語と同じように扱える訳ではない。

疲れそうだな…


「みんな揃ってるかー。

俺はダン・オルトヴェイン。

社会学教師だ。

社会学ってのは、歴史も地理も、民族も、その土地の風習も、政治体制も、法律も…俺たちの暮らしに関わるありとあらゆることを学ぶことだ。

だが、この授業で何年に何々戦争が勃発したとか、どこの地域でどんな習慣があるかなどの知識を教えるつもりはない。

何が起こったかなんて、自分で調べたらわかることなんて教えるだけ無駄だろ?

授業では、その知識1つをどう読みとくかを問う。

まぁつまり…知識を得ること。

本読んで、要点を覚えることを勉強と思わないこった。

むしろ知識があって初めてスタート地点に立てると思え。

入試では帝国の歴史や地理、法律など帝国内の知識を問う問題だったろ。

それはスタート地点に立てるかどうか見てるのさ。

それでCクラスってのは、ギリギリスタート地点に間に合ったってところだな。

今後授業では、入試で出た帝国内の事柄だけでなく、他国の事象も扱う。

むしろ、比較対象がなければ一方的な自己満足な答えにしか辿り着けない。

自力で必死に知識をつけろ。

その上で俺の授業についてこい。

わかったな!」


うわぁ!日常会話以上のナリス語はまだ不安しかないというのに…ピンチ!


「それじゃ今日は初日だし、まずは復習がてらもう一回入試問題解くか。

社会学の範囲だけだし、一度解いた問題だから30分で問題ないよな?

はい、君これ配って。


はい、はじめ!」


カリカリカリカリ…

皆がペンを走らせる音だけが響く。

よかった。入試でわからなかった単語復習しておいて!

何度も何度も覚えるまで単語叩き込んだから大丈夫。


「はい、やめ!

全員前に提出して。

俺が採点している間の問題はこれだ。

これは80年前と60年前の餓死者数だ。

まぁ見ての通り大幅に改善しているな。

これが何故だか考えてみろ。

もちろん君らはまだまだ知識が足りねぇだろうから、想像で補わなきゃなんねぇ部分もあるだろうけど、自分なりに根拠をつけて答えろよ。

ん?難しいか?

じゃあヒントだ。

これは、同期間で我が国が調査できた島国だ。

さぁ!考えろー!」


「簡単だな。」

「え?もうわかったのか?」

「ふんっ。2つのヒントを見れば自然とわかるさ。」

「さすがジェイムス様〜!すご〜い!」

クラスで1番目立っているジェイムス様の声が聞こえる。

彼は顔も整い、身分も伯爵令息とCクラスでは1番高位ということで、まだ2日目だがクラスで最大の派閥を率いている。


え?ジェイムス様もうわかったの?

…すごい。

私も頑張らなきゃ。


確かに餓死者が減ってる。

この数なら誤差ってことじゃないだろう。

この20年のうちに何があった?

帝国にあったことは…あ、セイムス領?!

セイムス領…元セイムス国が帝国に併合されたわ。

他には…ナリス学園初等部が開校した…のは関係なさそうね。

通貨がドーラに統一されたのは関係あるかしら?

うーん。ないか…


やっぱりこの中だとセイムス領の併合だと思うんだよなー。

でもセイムスの特産と言えば、薬草だけど…今回は病死者じゃなくて餓死者。

…薬草で飢餓は救えないよね…

うーん。わからない!

あと何かあったかな?


もう1つのヒントは、20年のうちに調査した島の名前だったわね。

ラーナ島にセール島、シエル島…あぁ〜。この島々はどこにある島だっけ?

わからないけど…ラーナ島はとても遠い小島じゃなかったかしら?

何もない岩ばかりの島で、その周辺の海流が複雑でなかなか近づけないとか、なんとか…だったような。

そんな島を調査したところで餓死者は減らないし…


島と餓死者…どんな関係が?


「採点終わったぞー。」

あ…時間切れ…

全くわからなかった…

難しすぎる。社会学。


「試験結果は最後に返却するが、入試前の一夜漬けの奴が多いぞー。

半分も取れてない奴が3分の1もいた。

半分取れなかった奴は相当頑張らないとついていけない筈だ。

半年後の試験と1年後の試験で基準点を満たなかったら2年に昇級できないから、しっかりしろよ。

さて、採点中に出した問題自分なりの答えに辿り着いたやついるか?

ジェイムス簡単だったか?」


「はい!

調査した島で食糧を生産し始めたんではないでしょうか。

その結果食料自給率が上がり、餓死者が減ったんです。」


「なるほど。簡単ねぇ。

ちなみにそう思った根拠はあるのか?」


「調査船と餓死者…この二つの関係を考えればわかることです!」


「なるほど。つまり根拠はない訳だな。

ちょっと短絡的すぎるかな。

他にわかるやついるか?


…いないか。

じゃあさっきのテストで満点だったテルーに聞いてみよう。

テルーどこにいる?」


え!私!?

満点!?やった!

その瞬間ジェイムス様にギロリと睨まれた気がした。

うわぁ…


「は、はいっ!私です。」


オルトヴェイン先生が目を見開く。

「君がテルーか。

君は入試後もちゃんと復習したな。

その努力は褒めよう。

だが、活用出来てないようじゃ意味ないぞ。

君はどう考えた?」


「あ、あの…わかりません…でした。」


「あぁ。わかってないのはわかってる。

結論に辿り着いてなくていいから、考えたことを発表して」


「はい…

えっとまず餓死者が大幅に減った20年で起こった出来事を思い浮かべました。

元セイムス国の…(あ、併合ってナリス語でなんて言うんだっけ…?)

あー…えっと元セイムス国が帝国に加わったこと、ナリス学園初等部の開校、通貨の統一が思い浮かびました。

死者の減少ということで、薬草が特産のセイムスの帝国入りが1番関係がありそうでしたが、今回は病死者ではなく餓死者ということで薬草との関連がわからず手詰まりに。

ヒントの2つ目は、恥ずかしながらラーナ島しか所在地を把握しておらず、その上ラーナ島は遠く離れた小さな島ということで餓死者との繋がりが見えず…

そこで行き詰まりました。」


「…ほぉ。

まぁまぁだな。

じゃあこの続きは次の授業までの宿題だ。

自分なりにありとあらゆる方法を使って調べ、どういう影響で餓死者が減ったのかレポートにまとめてくるように。


あ、そうそう。

今日が初日だから少しアドバイスを贈ろう。

ありとあらゆる方法を使って調べると言ったが、君たちはどこにいけばどんな情報に会えるか知らないだろう。

まぁ、参考になるような本はもちろん図書館に行けばわかるな。

あぁ、各種地図も図書館にある。

じゃあ今日俺が提示したような餓死者人数や調査した島の名前なんてのはどこへ行けばわかると思う?


まぁ普通なら役所だな。

秘匿になっていない情報なら、開示理由を説明すると人口や年度ごとの死者数、その理由、民族比率やどの年にどの領地が加わったのかまでわかる。


商業ギルドもなかなか使えるデータの宝庫だ。

こちらも開示理由を説明すれば、年度別の主要農産物の生産高、取引額、物価などのデータを手に入れられる。


だが、ラッキーな事に君たちは帝国随一の教育機関であり、研究機関でもあるナリス学園中等部に在籍中だ。

今役所や商業ギルドで手に入れられるといったデータは、全てこの学校でも手に入れられる。

場所は図書館横にある資料室だ。

ここは学園在籍中しか使えないから、今のうちに有効活用しろよ」


次の授業って明日だよね?

社会学は絶対スパルタだ…

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