第82話

白壁に黒いアイアンの門をくぐる。

こんな立派な家が私の家になるのか…

正直昨日引っ越してきたばかりなのでまだ慣れない。


レンガの小道を抜け、家のドアを開ける。

「にゃーん」

ネロが玄関からひょっこり出てきた。


ネロは国境で起こったスタンピードの時に出会い、そのまま一緒に帝都に来た。

サンドラさんの家にいる時は、どこかふらふらほっつき歩いていないことも多かったのけれど、昨日の引越しの時は、いつの間にやら隣にいて一緒に引っ越してきたのだ。


いずれまたふらふら出ていくことがあるかも知れないが、ネロには結界付与した首輪があるから危険はないだろうと出入りは好きにさせている。

帝都に来る途中の街で可愛い赤の首輪があったので、それに残っていたアラクネの糸で結界付与したのだ。

そのおかげかネロはお風呂に入れていないがいつも毛並みがツヤツヤだ。


「ねぇ。ネロ。今日は入学式だったの。

わかっていたけど、年上ばかりで同年代っぽい子はいなかったなぁ。

平民の子は他に2人いたんだけど、学校辞めたほうがいいんじゃないかって言われちゃったわ。

早速嫌われたのかな?」


当たり前だけどネロは何も言わない。

美味しそうにミルクを飲んでいる。

私も買ってきたパンを食べて、簡単な昼食だ。

でも要所要所で顔を上げて、こっちをみるもんだから「それで?」と尋ねられているような気がして、私もペラペラ話しちゃうんだよね。

ネロは本当頭のいい猫だ。


「クラスは一番下のCクラス。

試験中わからないナリス語が所々あったから・・・

日常会話はできるようになったんだけど、学術的な言い回しとかまだまだだから、ナリス語の習得もっと頑張らないとね。」


あれ?一人暮らししてから…まだ1日だけど、独り言増えてない?

しかも猫相手に…

これ前世で言うおひとり様まっしぐらなパターンでは?

まぁ…まだ9歳だけど。

いや、9歳だからこそ筋金入りってやつ!?


「さて、食べ終わったら今日は掃除よ!

午後に管理人さんが来るって言ってたから、すこしきれいにしておこう。

明日は休みだから必要なもの買いに行こうね!」


お腹がいっぱいになって、元気もいっぱいになったところでポシェットからはたきを出す。

はたきに風魔法と浄化を付与して、まずは玄関を掃除する。

「♪ふふふんふーん♪」


前世の有名な歌を歌いながら、踊りながら?ハタキをパタパタ振り回す。

掃除は楽しく!


聖魔法は付与魔法。

だから、魔力だけで浄化をかけるよりも何かに付与した方が魔力の消費が少ない。

そのあとバケツに薄い石鹸水を作り、メンタの葉を浮かべ、そこにも浄化をかけておく。

その水を浸したクロスで棚や窓を拭く。


一度サッと拭くだけで棚はあっという間にピカピカになっていく。

浄化をかけたメンタの石鹸水は頑固な汚れも一拭きでピッカピカなのだ。


高いところが終わったらメンタの石鹸水を浸したクロスをフロアワイパーにつけて床をスイッスイッと拭き掃除。

あーピカピカだし、メンタの爽やかな香りがとても気持ちいい。


そんな調子で、玄関や階段などの共有部分をスイスイ、サッサと浄化をかけながら掃除する。

どんな汚れも一拭きでいいから、1時間後には屋内のどこもかしこもピカピカになった。

まぁ、引っ越ししたてで物もないしね…


この家はオスニエル殿下からもらった家だ。

スタンピードの時に結界を張って町を守った件と今や皇子妃になったアイリーンを殺そうとしていた騎士から、ウォービーズの毒から守ってくれたお礼だそうだ。

もともとは貴族の館のような大きな家をくれようとしてたのだが、さすがにそれは受け取れないと固辞したところ、学園にも近い、平民向けの少し大きな家をいただいた。


これも私には不相応な大きな家だと思ったのだが、あまり断わるのもマナー違反だし、そもそも王族にとってはこれくらいどうってことないと言われたうえ、「将来専属たちが来た時の拠点になるじゃない。」とアイリーンに言われてこの家をいただいた。

それに何より、使っていない部屋を貸し出せば帝国で暮らすのに不自由ないくらいは稼げるのではないか?と言われたのも大きい。

いまテルミス商会のオーナーの取り分で収入はあるものの、他に仕事をしていない身としては、家賃収入はとてもありがたい。


だから今3階建てのこの家は、3階が私の家。

2階はそれぞれ鍵付きの部屋が4つあり、賃貸用の部屋。

1階は共有のキッチンと管理人部屋、玄関に、誰でも使える小さな応接室がある。


ガラン、ゴロン

来客を知らせる鐘がなる。

急いで出ていくと、ニールさんとなぜかバイロンさんがいた。

「ニールさんこんにちは。

バイロンさん?お久しぶりです。

今日はどうして…?」


「あ、テルーちゃん。

管理人連れてきた。

顔なじみのほうがいいでしょ!」


「え?でもバイロンさんお仕事はいいのですか?」

確か商人だったはずだ。


「こいつはこだわりが強いから、いつも商売してる訳じゃないんだよ〜。

有能なはずなんだけど、どこか不器用でさ。

だから基本的にこいつの兄貴の仕事を手伝ってるか、商品求めてふらふらしてるかなの。

テルーちゃんと会った時もトリフォニアに商品探しに行ってたみたいだよ。」


「そうなのですか…

でも、あの…お兄さんのお仕事はいいのでしょうか?」


「えぇ。大丈夫です。(ニッコリ)」

あ、なんかはぐらかされた気がする。


そこで私はまだ玄関で立ち話していたことに気づいて、2人を応接室に通し、お茶を出す。


「じゃあテルーちゃん。バイロンでいい?」


「はい。バイロンさんが良ければ、お願いしたいです。」


「こちらこそよろしくお願いします。」


「じゃあ、仕事説明しとこうか。

この家の3階はテルーちゃんの家で、3階へ登る階段は鍵付きの扉がついてて、この鍵を持ってるのはテルーちゃんだけ。

後で家の中で案内するけど、3階への扉の前には来訪を知らせるベルがついてるから、何かあったらこれで知らせる。

2階は、賃貸部屋で中央の階段を挟んで2部屋ずつある。

左右の通路にも鍵付き扉があるから、男女で分けてもいいかもしれない。

1階はキッチンと浴室が2つ。そして、バイロンの部屋だね。

キッチンと浴室は共有スペース。

バイロンは荷物の一時受け取りと、賃貸料を回収して、テルーちゃんに振込、それから管理費内で護衛と必要に応じてメイドや庭師を雇って共有スペースを綺麗にととのえること。

その他諸々の屋敷管理だね。

こんな感じでどうかな?」


その後部屋を案内し、賃料や管理費を決めると、ニールさんは大きな袋を取り出した。

あ、それなんだろうと思ってたんだ。

袋からニールさんは、クッキー缶、蜂蜜、素敵なハンカチに、素敵なワンピースを取り出した。


「テルーちゃん!入学おめでとう!これはアイリーン嬢から入学祝いだよ〜。

本当は直接渡したかったみたいだけど、もうすぐ結婚式だからね。

執務も皇子妃教育も、式の準備もあるし、まだ帝国に来て1年だから人脈広げるために社交もひっきりなしだからさ。

僕が代わりに持ってきた!」


わ〜アイリーン!

嬉しい!

何が1番嬉しいって、こんな節目にわざわざ気を配ってくれたその気持ちが嬉しいのだ。

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