第三章 小さな学生
第81話
「新入生諸君!入学おめでとう。
君たちが入学したこのナリス学園は、歴史と伝統ある我が国一番の教育機関である。
ここでは将来君たちが活躍するための智慧や技術を学べるだろう。
だがそれを生かせるかどうかは君たち次第だ。
厳しいことも言ったが、この学園生活は身分を越えて生涯の友と出会える時期でもある。
勉学はもちろん大事だが、友人との交流も大切に。
3年間という期間は、長いようであっという間だ。
卒業を迎えるときに悔いのないよう、学園生活を送ってくれ。」
壇上では、さらりとした銀髪を後ろで1つにまとめたイライアス第四皇子が在校生代表としてスピーチをしている。
制服はピシッと乱れなく、姿勢もまるで棒でも入っているかのようにまっすぐだ。
軽く足を開き、ハキハキしゃべるその姿は、なんだか・・・武人?
入学式が終わると、クラス発表だ。
中庭に出ると、Cクラスのところに名前があった。
クラスは成績順で、一番成績が良いクラスがSクラス、そこからA、B、Cと続く。
つまりCクラスは落ちこぼれクラスだ。
確かに入試の時わからない単語が沢山あって、「もうこれは落ちたな・・・」と思っていたので納得。
案内に沿ってCクラスに入る。
教室の真ん中でギャーギャー騒いでいる男子、ど派手なリボンをつけて大声で話している女子、こんな短時間で寝ている人もいるし、同じ制服のはずだが、イライアス皇子と比べると皆どこかだらしない。
教室の隅に一人静かに本を読んでいる女の子がいた。
サラサラとした黒髪で背筋をピンと伸ばしている姿は、ちょっとだらけた雰囲気のあるこの教室の中でよく目立った。
騒いでいる中に溶け込める自信などないし、黒髪黒目の彼女は、前世の記憶のある私にはとても馴染み深く、彼女の隣に座ることにした。
「あの…となりいいですか?」
目を向けられ、一瞬目を見開かれた。
「どうぞ」
それ以来会話などない。
先生が入ってきて、自己紹介が始まった。
「デニスと言います!
実家はローグ商会です。何か入用がありましたらお声がけください!
あ、スキルは火です!」
あ、あの子も平民なんだ。
貴族は皆家名も名乗るので、平民かどうかは一目瞭然だ。
自分の番になり、「テルーです。スキルはライブラリアンです。よろしくお願いします。」
「ライブラリアン?」「なんだそれ?」「知ってるか?」「だいたいいくつだよ?小さくないか?」なんて声が聞こえる。
やっぱりなんか適当に違うスキル言ったらよかったかな?一応使えるし。
帝国はスキル至上主義ではないので、隠さないことにした。
逃げなくていい、隠さなくていい、そのために帝国に来たのだから。
隣の彼女は、「ナオミです。スキルは水。よろしく。」
「おい、黒髪だぞ。」「去年併合された海の民じゃないか?」「あー帝国領の東端の島国な。あんな所からわざわざ来たのか。」
・・・海の民?
その後学園での注意事項などの説明があり、今日はお開きになった。
半日だったけど疲れた。
こうして今日私は、ナリス学園中等部に入学した。
今日から私が通う中等部は年齢、性別、身分は問わず、入学試験をパスし、学費が払えれば誰でも通える。
ただし、通うのは簡単なことではない。
まず、全日制の学校なのでまぁまぁ学費が高い。
それだけで平民にはハードルが高い上、入学試験もある。
読み書き、算術はもちろんある程度魔法が使え、ある程度知識も必要だ。
その為中等部に通う生徒の殆どが自前で家庭教師を雇える貴族だ。
将来国政など重要な地位に立つ可能性が高い貴族は、12歳で入学試験を受けなければならないというのも貴族が多い所以だ。
年齢は問わないのでもっと年齢が低い子どもでも、大人でも通えるのだが、12歳に試験義務があるからかほとんどの生徒が12歳から入学する。
多分貴族ばかりなので将来の伴侶探しも兼ねているからだと思う。
ということは…どういうことか。
平民で、他国出身で、9歳の私にはかなりアウェーな場所という事だ。
はぁ。そんな周囲の状況には正直戦々恐々としているけれど、頑張るしかない。
それにトリフォニア王国では学校に通えない可能性が高かったのだから、いいチャンスだと思って頑張ろう。
校門をくぐり、家に帰ろうとしたところで声をかけられる。
「お前どこの家のものだ。
俺はお前みたいな奴パーティでも茶会でも見たことない。
平民でもここに来るくらいなら、力のある商会の家なんだろう?」
振り返ると、デニスさんがいた。
そう言えばさっき、ローグ商会が実家だと言っていたな・・・
うーんどういえばいいか。
テルミス商会はまだ帝国で活動していないし、実家はそもそも帝国ではない。
「ん?歩いて帰るのか?
馬車もないくらい貧乏なら、やめた方が身のためだぞ。
Cクラスじゃとびぬけて才能があるわけでもないだろうしな!」
そう言ってデニスさんは鼻をならして行ってしまった。
まぁ確かに。
貴族ばかりのこの学校に、後ろ盾もなく、才能もなかったら通わないほうがいいのかもしれない。
私がここに通っているのは、アイリーンとオスニエル皇子のススメだ。
帝国に来て、父の知人だというサンドラさんの家でお世話になっていたが、いつまでも…と言う訳にはいかない。
けれど、帝国に来た当初私はナリス語がしゃべれなかったから、どうしたらいいか悩んでいた。
その時に助言をくれたのがオスニエル皇子だ。
ナリス語が話せるまではサンドラさんの家から初等部に通い、初等部を卒業したら一人暮らしをして中等部に通ってはどうか。
まだ君は子供なのだから、勉学に時間をかけてもいいんじゃないかと。
アイリーンも学校に通うことは賛成だったようで、「学校でしか得られない経験もあるのよ」なんて言っていた。
手紙でマリウス兄様に知らせた時は、父様、母様からは「お金は心配しなくていいから是非行きなさい」と言われ、兄様も大いに喜んでくれた。
兄様も12歳で今年トリフォニアで入学だ。
「お互い頑張ろう。」と励まし合った。
みんなトリフォニア王国では実現できない私の学校生活が帝国なら叶うと知って背中を押してくれたのだ。
クラティエ帝国の帝都ナリスには2つの学校があり、その1つが今日から通うナリス学園中等部。
そして、もう1つがナリス学園初等部。
ここでは、ナリス語読み書き、簡単な算術が学べる。
それも中等部とは違い、1教科からかなり低額で年齢、性別、身分関係なく誰でも受講できる。
そのため受講生のほとんどは平民だ。
帝国は、強大な軍事力、経済力を持って領土を広げてきた歴史があり、それ故にトリフォニア王国とは違い、複数の民族が住む多民族国家。
当然民族間で使われる言語も風習も違う。
一番母体が大きいのは、クラティエ帝国の前身ナリス王国の民なので、公用語もナリス語で、帝都も元々ナリス王国の王都があった場所で、帝国の公的な祝祭日や風習はナリスのものを踏襲している。
おそらくこの初等部は、多民族を1つにまとめる為のものなのだと思う。
現に初等部に通うのは、子供より大人の方が多いくらいだ。
授業は1日に複数回同じ授業をやっているので、仕事をしながらでも都合をつけやすいのだ。
そんな初等部で1年みっちりナリス語の勉強をして、ようやく昨日サンドラさんの家から出ることになった。
1年もの長い間、言葉の不自由な私を置いてくれたサンドラさんとアドルフさんには感謝しかない。
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