第77話

イヴが行ってしまったのは寂しいが、私は私で頑張らねば!と家事手伝いをしつつ、ナリス語を勉強したり、早く街に馴染めるよう街を散策したりする毎日。

そんな平和な毎日が崩れたのは6日後。

早かった…

突然キラキラの皇子様が突撃してきたのだ。

なぜこうなったのだろう。


**********


時は朝ごはんの時に遡る。

いつものように3人で朝ご飯を用意していたら、昨晩遅くに帰宅したというサンドラさんの息子さんが降りてきた。

アイリーンと私は初めましてなので、挨拶に行った。

息子のニールさんは皇宮で働いているらしい。

私の自己紹介が終わり、アイリーンが名乗ると「アイリーン?王国から…?金髪碧眼の美女……え!ちょっと!ちょっと出て来る!!!」と慌てて出て行ってしまった。

なんだったのかと思いつつ、3人でご飯を食べ、洗濯や掃除も分担して終え、ナリス語の特訓がてら3人で朝のティータイムを楽しんでいたら、突然ドアが開かれて、キラキラ皇子が入ってきた。

「アイリーン嬢が来てるとは本当か!?」

「まぁまぁ皇子。ノックもなしに入ってくるものではありませんよ。」

あ、本当に皇子様だった。

「すまない」

「殿下…1人で先に行かないでくださいよ…はぁっはぁっ…」

「仕方ないだろう!

どれだけ探したと…!!!」

そしてようやく私たち…いやアイリーンに気づくやいなや、「アイリーン嬢!!よかった。無事で…よかった…」と言ってアイリーンに抱きついた。

それから皇子はよほど嬉しかったのか「アイリーン嬢を保護してくれてありがとう。では」とアイリーンを連れて帰りそうになったので、サンドラさんが諌め、今皇子も含めた5人でティータイムとなっているのだ。

「先ほどは熱くなってしまって、みっともないところを見せた。

私はオスニエル。

今日はここにアイリーン嬢がいると聞いて、居ても立っても居られず…」

「オスニエル殿下。

お久しぶりでございます。

こちらは私のお友達のテルーです。」

「お初にお目にかかります。

テルーと申します。」

皇子様相手なので、今は平民であるけれどカーテシーで挨拶する。

「初めまして。テルー嬢。

オスニエルだ。

一応この国の第三皇子だけど、今日はプライベートだからね。

マナーは気にしないで。

ここにいるメンツは気心知れたものばかりだし。

アイリーン嬢の友達ということは王国の方かな?

ずいぶん可愛いお友達だね。

どうぞよろしく。」

うっ!早い…聞き取れない。

アイリーンが代わりに少しゆっくり答えてくれる。

「はい。テルーはまだ8歳で、出会ったのは帝国に来る旅の途中のことなのです。

テルーはまだナリス語が堪能ではありませんから、私が通訳させていただきますね」

「そうなの?

では今からトリフォニア語で喋ろうか。

ここは皆トリフォニア語が話せるからな。」

「ご配慮いただきありがとうございます。」

「気にしないで。

今日はマナーを気にせず話してほしいといったのはこちらだし、アイリーン嬢の大事な友達を大事にするのは当たり前さ。

さて、アイリーン嬢。

ここにいるということは、本当なのだろうが…国外追放になったって?

婚約も…破棄?」

「えぇ。本当ですわ。

お恥ずかしい話です。」

詳しく話してなかったからサンドラさんが目を見開いた。

「何があったか聞いてもいいかな?

2ヶ月ほど前、その話を聞きすぐに君を探したんだ。

けれども王国と取引のあるどの港にも君はおらず、レペレンス王国の方へ国外追放されたのかと思い、そちらの国境沿いにも人をやったが見つけられなかった。

王国では魔物に襲われて死亡したなんて噂も出てたし。

本当毎日気が休まらなかった。

そしたら今朝になってニールが家にアイリーン嬢がいたと飛んできて…やっと君を見つけた。

よかった…本当に…君が生きていてくれて。」

それからアイリーンはチャーミントン男爵令嬢が学園に入学してからハリソン殿下がチャーミントン男爵令嬢と共にいるようになったこと、忠言も全く耳を傾けてくれなくなったこと、そして卒業パーティで冤罪で婚約破棄され、国外追放になり、そのまま馬車に乗せられたことを話した。

「はぁ?なんだその罪は?

ごめん。怖がらせて。

でも、僕は今かなり怒っている。

そんな罪で人を…君を国外追放したことに。

王は何も言わなかったのか?」

「王は不在中でしたから、ハリソン殿下が王都で一番身分が高かったですし、王や私の両親に知らせる間もなくパーティ会場から馬車に押し込まれてしまいましたもの。

どうしようもなかったと思いますわ。

馬車で数日行くと、馬車から降りるように言われました。

罪人護送の任務についていた騎士たちによるとここで私を始末するよう命令されてるとのことでした。

数日まともなものを食べてないドレス姿で武器もない令嬢など恐れることはないと油断したのでしょう。

ここで始末するよう命令がでているとご親切にも教えてくれたので、一撃反撃して山の中へ逃げたんですの。

やっぱり5人相手にはきつくて、もうダメかしらと諦めた時に助けてくれたのがテルーなのです。」

「殺す?冤罪だけでも許せないというのに…

大体数日食べさせてないだと…?」と皇子が静かに怒っている。

薄々気づいていたけれどオスニエル皇子はアイリーンのことが好きなんだろうな。

「国境越えに時間がかかったのは、馬車ではなく徒歩での山越えでしたし、途中ウォービーズとの戦闘になったのですが、私が毒を受けてしまったので、近くの村で療養しなければならなかったからですわ。」

「毒?文献でしか読んだことはないけど…この時期のウォービーズの毒って5分で死に至るものじゃなかった?」

「えぇ。本当危ないところでしたが、イヴとテルーがつきっきりで回復をかけたり、薬を飲ませたりしてくれたおかげで、一命を取り留めました。

もうすっかり元気ですわ」

「え?テルーちゃん?

さっきも思ったのだけど、テルーちゃん魔法使えないんじゃないの?」と言ったのはサンドラさん。

「は?魔法が使えないとはどういう?剣の手練れにも見えないし、魔法くらい使わないと騎士を相手にできないと思うのだが…」とはニールさん。

「テルーちゃんは、スキル狩りから逃げてきたのよ。

だから四大魔法ではないと思ってたんだけど…」

「あぁ。スキル狩りか…聞いてる。

でもテルー嬢は聖魔法使いではないのか?

聖魔法使いは確かに四大魔法ではないが、迫害対象じゃないだろ?」

「聖魔法使い?」

「あぁ。報告があった。

国境に魔物の群れが襲った際にテルーという冒険者の子どもが結界を張り、負傷者の手当てもしていたと。

今日ここにきて、君たちの話を聞いて確信した。

冒険者のテルーというのは君だよね?

同行者にアイリーンという冒険者もいたし。

ウォービーズといい、スタンピードといい君たちは結構危ない旅をしてきたんだね。

はぁぁ〜本当に無事でよかった。

君の身に何かあったかと思ったら…はぁぁ。とにかくよかった。」

皇子はまた深いため息で、安堵している。

それほどアイリーンの所在がわからず心配していたんだろうな。

「結界!?」

「いえ、聖魔法は練習してできるようになっただけで…聖魔法使いではありません。

私はライブラリアンですから。」

「そうか…こんな幼いのに…

帝国は王国と違ってスキル至上主義ではないからな。

ほとぼりが冷めるまで、帝国にいるといい。」

ニールさんが頭をポンポンしながら慰めてくれた。

「皇子として言わせてくれ。

君たちが国境で魔物の群れを倒してくれなかったら、きっと帝国の被害は甚大だっただろう。

改めて御礼を言う。

ありがとう。

私にできることがあったらなんでも言ってくれ。」

そんな胃の痛くなるようなお茶会の後、皇子は毎日花を持って現れた。

どうしても仕事で来れない時は大きな花束が届いた。

私が予想した通り皇子はアイリーンが大好きなようで、それはもう熱烈なアピールだった。

そして平民となったことを理由に断っていたアイリーンも、既に皇帝陛下からの了承は得ているし、身分もじきに戻ると聞けば、猛反対する理由もなく、ついに皇子の求婚に首を縦に振った。

アイリーンもオスニエル皇子と話す時の顔がとても幸せそうだったから、身分が引っかかっていただけで内心はとても喜んでいたのだろう。

アイリーンにとっても喜ばしい婚約に私も大はしゃぎして喜んでいたのだけど、誤算が1つ。

婚約が正式に結ばれるや否やオスニエル皇子はアイリーンを皇宮に連れ帰ってしまったのだ。

旅を共にしていた2人がいなくなったこの日、初めて本当に旅が終わってしまった気がした。

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