第76話

「1、2、3、4、5…12、13、14…38、39、40、41…86、87…98、99、100!

バイロンさんどうでした?」

「ばっちり!

よく覚えたね。

じゃあ次は1000と10000はナリス語でなんでしょう?」

「『1000』と『10000』!」

「完璧。じゃあ今日から曜日と月を覚えようか。」

「はい!」

3人による集中特訓のおかげで数も数えられるようになったし、よく使う野菜の名前も覚えた。

簡単な自己紹介もできるようになったし、発音も時たま間違うけれど、だいぶわかるようになってきた。

まだ全くネイティブの話は聞き取れないし、文章を話せないのがネックだけど1歩ずつ前進している。

今は馬車の中。

チーズが名産の酪農の街を離れて、2つの小さな村に1つの中規模の街を通り過ぎた。

もうすぐ帝都が見えてくるはずだ。

長かった旅ももうすぐ終わる。

帝都に着いたらみんなはどうするんだろう?

すごく気になっているけれど、なかなか聞くことができない。

逃亡の旅だったけれど、イヴとアイリーンがいてくれたから楽しかったのだ。

別れ…たくはないなぁ。

帝都に着いたのは夕方だった。

とりあえずバイロンさんのおすすめ宿に送ってもらった。

至れり尽くせりでありがたい。

バイロンさんは「またどこかで会いましょう!何か困ったことあったらここに来てくれれば会えますので!」と住所の書いた紙を渡して、去って行った。

家に帰るのだろう。

またね。バイロンさん。

翌日とりあえずアイリーンのドレスを売り、昼食を食べて、父様が手紙を書いてくれたという知人の家に行く。

住所を頼りに進むと、そこには小さな1軒屋があった。

イヴが戸をノックすると中からふくよかな中年の女性が出てきた。

「ご無沙汰しております。

イヴリンです。」

「まぁ。お久しぶりです。

お変わりない?

どうぞどうぞお入りになって。

もうすぐ主人も帰ってきますから。

皆さんを見たらきっと喜びます。」

あれ?イヴの知り合い?

そういえば私、父様が手紙を書いたってことだけしか知らない。

どんな知り合いなんだろう?

挨拶をして、中に入る。

女性はサンドラさんというらしい。

玄関入ってすぐ右側の部屋に通される。

そこはダイニングルームだった。

ちょっと待ってて下さいねとサンドラさんは下がり、紅茶とクッキーを持ってきてくれた。

「イヴリンさん。

貴女とは5年ぶりですね。

最近あの子とは会いましたか?」

「えぇ。帝国に向けて出発する前はほぼ毎日会いました。」

え?誰のこと?

出発前イヴはずっとうちにいたはずなんだけど…?

「もうこっちに帰ってきても大丈夫になったというのに…もう帰ってこないつもりなのでしょうか。」

「そう思っていたかもしれませんね…

でも、もしかすると…近いうちに帰ってくるかもしれませんが。」

イヴがちらっとこちらを見た。

サンドラさんも合わせてちらりと見、「まぁ」とこぼした。

ん?

「なら、期待して待ってみましょうかね。ふふふ。

テルーちゃん、アイリーンさんようこそ帝国へ。

とても疲れたでしょう?

よかったら今日は夕飯食べていってね。

ちなみにこれからどうするか決まっているの?

決まっていないなら、狭いけど我が家にいてくださっていいですからね。」

「ありがとうございます。

正直帝国は初めてでまだ右も左も分かりませんから、住む家を見つけるまでお世話にならせていただきたいです。」

「もちろんですよ。

アイリーンさんもしばらくうちにいますか?」

「とてもありがたいお言葉なのですが、私も宜しいのでしょうか。」

「ええ!大歓迎ですよ!

私は息子しかいませんでしたからね。

若いお嬢さんが泊まってくれたら束の間娘を持った気分になりますよ!」

「ありがとうございます!」

やったー!しばらくアイリーンと一緒だ。

イヴはどうするのかな?

「イヴリンさんは…またすぐ行くのかい?」

「はい。明日にはまた出発したいと思います。」

明日!?

「そうかい…いつも忙しないねぇ。

それでも今日は泊まっていっておくれよ!」

イヴもいなくなっちゃうんだ…

一度チェックアウトしにホテルに戻る。

「イヴ…行っちゃうんですか?」

あぁ!これじゃ行くなって言ってるみたい。

イヴは帝都までの護衛として来てくれていて、もう帝都には着いたんだからどこへ行こうとも彼女の自由なのに。

「…ごめんねテルー。

私は探しているものがあるの。

それを探すまでは旅はやめられない。

本当はもっといたいけどね…このタイミングで出発しないと決心が鈍っちゃう。

だから…ごめん。行くね。」

「うっうっ…

はい。気をつけて。

寂しいけど…応援してます。

は…箱作ります。

手紙送っても…いい?」

イヴは目を見開いた。

「ありがとう。嬉しい。」

チェックアウトして、街でイヴにあげる箱とワインと私用の葡萄ジュース、そしてバジルとトマトを買ってサンドラさんの家へ。

ご主人のアドルフさんも戻ってきていた。

「やぁー久しぶりに家が華やぐねぇ〜。

息子も仕事が忙しいって言って週末くらいしか帰ってきやしない。

帰ってきても飯食って寝て、翌朝すぐ出勤しちまうしな。

こんなに家が活気があるのは久しぶりだ〜

今日は旅のこと色々聞かせてくれよ〜」

「お世話になります。

これワインとジュースです。良かったらどうぞ。

あとキッチンお借りしていいでしょうか?

旅の途中にチーズの有名な村に寄ったのですが、そこで美味しいチーズを買ってきたので、今日の宴のつまみにでもと。」

「あぁ。ありがとう。

それは楽しみだ。

おーいサンドラ!お土産をもらったよ。

あとチーズの料理を1品作ってくれるそうだ。」

「まぁまぁ。ご丁寧にありがとうございます。

グラス持って行くので、いただいたワインを飲んで待っててくださいな。

テルーちゃん!キッチンはこっちよ。」

トマトとモッツァレラチーズを切って、トマト、チーズ、バジルと交互に挟む。

その後オイルをたっぷりかけて塩と胡椒で出来上がりだ。

簡単だけど、フレッシュチーズは帝都でほとんど出回らないって言ってたから喜んでもらえるのではないかな?

「まぁ。綺麗ね!

テルーちゃん8歳でしょう?

随分お料理上手なのねー。

包丁持つ手が手慣れてるわ。」

「ふふ。旅の間は私が料理番長だったんですよ。」

その日の夕飯は本当に楽しかった。

料理を持ってダイニングに行けばもうすでにほろ酔いのイヴとアドルフさんがいて、アイリーンも終始ずっと笑顔だった。

食事を始めると自然と旅の話になって、旅の初日干し肉ばかり食べていたことやナランハを収穫した話、旅の間のご飯のことやウォービーズに襲われた話など話は全然つきなかった。

そして夜になり、部屋に案内してもらう。

この小さな3階建の家は1階に台所とダイニング、浴室があり、2階は息子さんとサンドラさん、アドルフさん夫婦の部屋、3階に小さめの部屋が3つあり、そこを今回貸してもらえることになった。

部屋にはベッドと小さなクローゼットがある。

軽く酔っ払っているイヴとアイリーンは、おやすみと言ってさっさと部屋に入って行った。

私はというと箱作りだ。

イヴと連絡が取り合えるように眠い身体に喝を入れて作った。

一度作ったことがあるからか、旅の間聖魔法をたくさん使ったので付与に慣れたのか…以前は3日かかった箱作りを一晩で完成させることができた。

よかった。間に合った。

翌日イヴは箱を受け取るとそのまま旅立ってしまった。

またね。イヴ。

……寂しい。

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