第68話

パカ、パカ、パカ

イーヨーが歩く音だけが静かに響く爽やかな朝…ではなかった!

向かいから大きな籠を背負った男性が足早に近づいてきたのだ。

「この時期にこんなところで何してる?

しかも女だけだし、子供もいるじゃないか!

何を考えているんだ!?死にたいのか?

ウォービーズが出る前に今すぐ下山した方がいい!」

なぜか初対面の人に怒られている私たち。

ウォービーズ…そういえば、お父様から気をつけろって言われてたわね。

強い魔物だとしても最終的に結界に篭ってれば大丈夫なのではないかしら?

「ウォービーズとはそんなに強い魔物なのですか?」

「うーん。ウォービーズはカラヴィン山脈特有の魔物だから私も詳しく知らないんだけどー、前回通った時は特別強いとは思わなかったわねー」

「それはいつの話だ?冬か?

貴女がウォービーズに出会ったのが、冬以外ならその時とは全く別物だと思った方がいい。

冬は食料が少ないからな、あいつらもなりふり構っちゃいられねぇのか20匹くらいの軍団で襲いかかってくる。

しかも単純に20匹が追いかけてくるわけではなく、挟み撃ちあり、奇襲あり…まさに戦争蜂ウォービーズというわけだ。

だからこの時期は山に近づかない方がいい。

昨日この辺で5匹の群れを見た。

だからもうすぐピークだ。

今日、明日には20匹になっているはずだ。

悪いことは言わないから、今すぐ下山するんだ。」

「お兄さん、ありがとうございます。

群れで攻撃してくるなんて知らなかった。

本当はこのまま国境沿い近くまで行きたかったけれど、ご忠告通り今日下山することにするわ。

そういうお兄さんはさらに山奥から来たようだけど、下山途中なのかしら?」

「いや、俺は…!!!おい!逃げろ!」

男性はすぐさま狼煙をあげ、剣を片手に私たちの横を走り抜けた。

振り返ると空から黒い大群と待ち構えている男性。

しまった!

見張りの時しか魔力感知してなかったから気づかなかった。

「テルー結界張っておいて。

長期戦になるかもしれないわ。」

「わかった。」

結界を張る。

イヴとアイリーンは躊躇いなく男性の後を追い、バッサバッサとウォービーズに攻撃する。

男性は魔法は使えないのか、100%己の体術だけで対応している。

「ハァッハァッ。

今のうちに逃げろと言ったのに…ハァッハァッ」

「もう息が切れてるじゃない!

貴方が舐めてかかるなと言ったんでしょうが!

1人でこの数相手にしたら死ぬわよ!

一旦テルーのところ戻って!」

「いや…まだ大丈夫だ。」

「つべこべ言わないで!一回回復してきて!

貴方20匹なんて言ってたけど、絶対20以上いるわよね?

長期戦覚悟した方がいいわ。

今のうちに貴方回復して!」

「!…わかったよ!

針に気をつけろ!あれには毒がある!」

アイリーンに諭され、よろよろとこちらに戻ってくる。

アイリーンとイヴは危なげなくバッサバッサと倒している。

流石に数が多いけど、そこまで長期戦になりそうになかった。

なるほど。結界はこの男性を守るためだったのね。

ようやく結界に辿り着いた男性に回復をかける。

「なっ!!!体が軽い。」

「ウォービーズっていつもこんなに多いの?

さっきは20匹とか言っていたけど…」

「貴女たちは一体…?

あ、いやここまで多いのは稀だ。

毎年この時期に5匹、10匹と増え、最大20〜30匹になる。

ついてない。今年はちと多いみたいだな。」

確かに…魔力感知を使って数えてみる。

今やっと20匹ほどに減ったところだ。

すでに2人は何匹も倒しているので、30匹以上いただろう…

そう思っていると左側から猛烈なスピードで何か大群がやってくる気配がした。

この魔力…大群…もしや!

規模は今の3倍もあるじゃない!

「アイリーーーーン!

左よ!左から60くるわ!!!」

「「「!!!!!」」」

咄嗟にアイリーンが左に攻撃を繰り出す。

何匹か飛んで行ったが、圧倒的な数だ。

今アイリーンは前と左の2面を囲まれてる。

加勢しないと!

すぐさま結界から離れても維持できるよう近くの岩に結界を付与する。

これで岩から半径1メートルは結界だ。

「クソッ!」

男性が咄嗟に走り出す。

咄嗟に走ったほうを見ると、アイリーンが今まさに倒れる瞬間だった。

「あの岩まで連れてって!あそこなら安全だから!」

無言で頷く彼にアイリーンを託し、私が前に出る。

「待て!君が出ても危ないだけだ!おい!待て!待てーーー!…クソッ!」  

アイリーンを抱いているため両手の塞がった彼の横を走り抜ける。

「大丈夫。私に攻撃は効きません。」

フエゴ

ひっ!

炎に包まれながらも攻撃を諦めず詰め寄るウォービーズは控えめに言っても怖かった。

くるなくるなくるなーーーーー!

手から火炎放射器のように高火力の炎を振り回す。

私は運動神経が悪いからか素早い魔物に攻撃を当てることができないけれど、これだけ数がいれば、どこかには当たるもので、効率は悪いながら敵を仕留めている。

相手もアイリーンにしたのと同じように針で攻撃してくるし、もちろん避ける運動神経がないから当たっているけど、クロスアーマーのおかげでことなきを得ている。

唯一結界の範囲外の手からは高火力の炎が出ているので、針が届く前に相殺されている。

これならいつかは倒せそうだが…時間がかかってはアイリーンが心配だ。

どうすれば…?

イヴが右側のウォービーズを倒しきったのか、加勢に来てくれた

「大丈夫?」

細い剣に炎を纏わせながら、イヴは無駄なくきっちり仕留めていく。

…どうすれば?

あ!

「大丈夫!イヴこれ投げてくれない?」

「ふふ。いいわね!」

イヴが酒瓶をウォービーズに向かって投げる

ヴィエントフエゴ!」

風で酒瓶を割り、大群全体にかかるよう風で撒き散らす。

そのまま立て続けに火をつけると、大群全体が炎に包まれた。

上手くアルコールがかからなかっただろう端のウォービーズはイヴがきっちり仕留めている。

全てを燃やし尽くし、ウォービーズを倒すと延焼を防ぐために水をそこらじゅうに撒き散らし、アイリーンの元に戻る。

「アイリーン!!!」

青白く、か弱い呼吸を繰り返すアイリーンの袖口からのぞいた手は真っ黒だった。

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