第57話

今朝家を出発して、私は貴族令嬢テルミスからただの冒険者テルーとなった。

多分王都では貴族籍を抜く手続きをしてくれてるんじゃないかな?

冒険者デビューして初めての夕食時。

昼間は干し肉一枚だったし、一日中歩いているから(いや、半分…以上はロバに乗ってたか)、お腹が空いた。

イヴリン姉様…改めイヴは、火を起こし、テントを張るとちょっと待っててと言ってどこかに行ってしまった。

程なく何かの雄叫びが聞こえ、ちょっと怖くなっているとイヴが肉を抱えて戻ってきた。

この短時間で狩って来たの!?

それからイヴは徐にドン、ドンと切り分け、枝に差し、焚き火で焼き始めた。

そして枝ごとはいっと渡されたのだけど…この大きな肉の塊はどうやって食べればいいのでしょう?

いや、ナイフとフォークで食べないことはわかっているよ?

けれど、本当に大きいんだ。

前世の焼き鳥みたいな一口サイズの肉じゃ無い。

かぶりついてもかぶりついてもなくならない肉の塊なのだ。

まぁかぶりつくしかないのだけど。

パンくらいなら調理しないし、足してもいいよね?と思い、ポシェットからイヴと私の分のパンを出す。

イヴはキラキラと目を輝かせて喜んでた。

たかだかパンなのに?

結局見よう見まねでかぶりつきながら肉を食べ、時折パンを食べた。

それだけなのに新しいローブとクロスアーマーには肉汁が落ちてしまった。

うぅっ!頻繁に洗濯なんて出来ないのに…

夜は焚き火のそばで本を読む。

アルフレッド兄様からもらったアラクネの糸をどんな魔法陣に使うか検討しているのだ。

防御と言っても、打撃を防げればいいのか、斬撃を防げればいいのか、魔法を防げればいいのか…

まだ勉強不足だけど、防ぐ対象の違いで魔法陣が変わるはずだ。

むむむ。何がいいかな?

「テルー。ちょっといい?」

「はい。なんでしょう?」

「夜なんだけどね。

やっぱり山の中だし一応見張りがいるの。

私が夜中見張るから、今からはテルーが見張り。

焚き火は絶対消さないように。

消えそうになったら枝を追加して、ずっとあかりはつけておいて。

それだけでも魔物よけになるから。

それからテルーは結構魔力量が多いから、可能なら定期的に周囲の魔力感知して欲しい。

まだ初めてだろうから、少しでも近くに反応があったら起こしてちょうだい。

できる?」

「わかったわ。

おやすみなさい。イヴ。

また明日ね!」

はじめての見張り…ちょっと緊張する。

私がうっかり寝ちゃったら、イヴも危険に晒すことになる。

しっかりがんばらなくては!

結局夜中まで本を読みつつ、常時薄ーく魔力を行き渡らせて魔力感知を発動しておいた。

魔力枯渇にはならないようなので、これからも見張りの時はこうしよう。

イヴはテントの中でマントにくるまって寝ている。

あんな格好でよく寝られるなぁ…私これから寝れるのかなぁ?なんて思っていたけれど、夜中見張りをイヴと交代したらあっという間に朝だった。

睡眠時間としては貴族令嬢だった頃の方があったし、いいベッドも使っていたけれど…今日の方がスッキリ目覚めた。

やっぱり朝から夕暮れまで歩いたのと太陽の光をダイレクトに浴びているのが良いのだろうか?

何はともあれ、魔力切れに何度もなりかけたけど、テントとローブに空調の魔法陣付与しておいて良かった。

昨日ちゃんと魔法が効いているか確かめたくて、見張りの時にローブを脱いだら…寒すぎて死ぬかと思った。

ずっとぬくぬく屋敷で育ったから、テントとローブに付与してなかったらあっという間に体調崩しただろうな。

朝はイヴが干し肉と堅パンをくれる。

はぁ。

護衛してもらっている身でわがままを言ってはいけないとは思うのだけど…昨日から干し肉→肉→干し肉と肉ばかりが続いている。

しかも味付けは一切なし。

前世も知っている私にはなかなか苦行だ。

堅パンと干し肉を食べた私たちはまた歩き出す。

ゆっくりゆっくり、時折ロバに乗りつつゆっくりゆっくり。

昼になった。

当然の如く干し肉が支給される。

うっ!はぁぁぁぁ。

「ねぇ。イヴ…山ではやっぱりお料理なんてしたらダメなのかしら?

せめてお昼なら危険も少ないかと思ったのだけど…どうかな?」

「え!?料理?

テルー料理できるの?お嬢様だったのに?

料理は全然してもいいわよ!

むしろ大歓迎!

流石に夜は長引くと睡眠削られるから、なるべく手早い方がいいんだけど。」

「え!していいの?

じゃあなんでも作っていいの?」

「そうね!

あ、でもナイフとフォークがいるようなのはダメよ〜。

できる?

私料理は全然ダメなのよ〜。

だからいつも干し肉と堅パン、途中で狩った獲物の肉焼くだけなの〜。

作ってくれるならすごく嬉しい!」

「ではでは!私今日のお昼作りますね!

私もこの旅で役に立てることがあってよかったです!」

昼頃少しひらけたところがあったのでそこで昼食にする。

スープ!スープが飲みたい!野菜たっぷりの!

「何か手伝うことある?」

「いえ!大丈夫です!

イヴは今仮眠とってもいいですよ?

出来上がったら起こしますから!」

お子様な私を気遣って、イヴの方が長く見張りをしている。

故にイヴは4時間ほどしか寝ていないのだ。

イヴは木に寄りかかり仮眠し始めた。

私は薄ーく魔力を行き渡らせながら玉ねぎの皮を剥く。

いろんな野菜を大量に用意してくれたサリーと簡単な調理グッズを用意してくれたメリンダのおかげだ。

ありがとう。

さぁ、玉ねぎを切りましょう!と言うところで気がついた。

台がない。

良い高さの石もない。

いや待て待て。

火は魔法でつければいいと思っていたけれど、その火にどうやって鍋をかけたらいいんだろう?

Y字の枝を2本拾ってきて物干しみたいに枝を通して鍋を吊り下げる?

そんなちょうどいい形の枝はぱっと見なさそうだし持ってる深鍋は吊り下げるような構造じゃない。

石を集めて竈門を作る?

すごく小さい石ならあるけど…集めるだけでかなり時間がかかりそう。

どうしよう?

たしかに料理ができる自信はあった。

貴族令嬢時代は1、2回しか料理したことなかったけれど(料理人付き)前世では自炊していただろうし。

プロ並みではないけれど、簡単なものなら作れると思っていた。

だが、あくまで想定していたのは普通のキッチンだ。

サバイバル料理は…自信ない。

うーどうしよ?

……あ!作ればいいのか!

ティエラ

土でコの字型のベンチを2つ作った。

1つは鍋が2つ置けるくらいの大きさでベンチの座面には2つ穴が空いている。

もう1つのベンチは大人が二人座れるくらいの大きさだ。

大きい方のベンチの前に座り、まな板で玉ねぎ、人参、じゃがいも、セロリ、キャベツを切っていく。早く火を通したいからなるべく小さくだ。

切ったそばから大きな寸胴鍋に入れる。

ついでに昨日の残り肉も全部小さく刻んで入れる。

アグア

少なめの水を入れ、塩を入れ、蓋をする。

フエゴ

もう一つのベンチの下に火をつけ、ベンチの上に鍋を置く。

ぐつぐつぐらぐら、ぐつぐつぐらぐら。

その間鍋の横にフライパンを置いて、スクランブルエッグを作ると、パンの間に挟む。

水魔法で調理器具を洗い、片付けるとスープがいい塩梅にトロッとなってきた。

玉ねぎも透明になっていい感じ。

大量に作ったそれは持ってきた空のガラス瓶に詰める。

空間魔法に入れとけば腐らないというので合計5つの瓶をポシェットにしまう。

鍋に残ったのは今日の分のスープ。

水を足して、塩胡椒を加えて一煮立ち。

匂いでイヴも起きてきた。

喜んでもらえるかな?

スープとパンだけだけど、干し肉オンリーのイヴには喜んでもらえる…はず!

「山でこんな美味しいもの食べるなんて初めて!

テルー!大好き〜!」

そう言ってイヴはぎゅっと抱きついてきた。

よかった!役に立てた。

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