第56話

出発までの時間は私だってバタバタしていた。

1日目は部屋に閉じこもり、お菓子と靴の事業の引き継ぎ書をせっせと作った。

お菓子に関しては、今年1年は味のバリエーションを増やすだけにとどめ、来年新商品を出そうと思っている。

新しい味は紅茶や焼き芋がいいかな?

サリーならもう簡単に再現できると思う。

もう少し配合を変えてぷるんというよりトロリとしたとろけるプリンを作るのもいいかもしれない。

一応いつ帰って来れるかわからないので、新商品の情報も書いておく。

新商品はパイだ。

パイ生地なんて冷凍のしか使ったことないから、作り方なんて知らない。

だから私がサリーに言えるのは、「バターがいっぱい入ってる生地で、折って伸ばして、折って伸ばして作る」なんていうアバウトな作り方とイラスト付きで出来上がったら何層もの生地がサクッとなるという完成図だけだ。

これだけでパイに辿り着かなければならないサリー…不憫。

ルカには調整パッドについて。

実物があった方がわかりやすいかと地魔法でなんとなくの実物を作ってみた。

これをもっと柔らかい素材で、靴にくっつくようにして欲しいんだよね。

作ったのは3つ。

1つはハーフソール。

つま先側に薄いパッドを入れることで甲の部分にできる隙間を埋めるもの。

自分のワイズより大きな靴を履いている時に起こる前滑りを軽減するためだ。

もう1つは、踵用パッド。

大きい靴を履いていると足が前に滑って、かかともスポスポ抜ける。

抜けると歩きにくいし、靴擦れで踵から出血することもあるから、これは本当に作って欲しい。

最後の1つはぷっくり涙の形をしたパッドだ。

貴族女性は基本的に運動不足(だと思う)ので、扁平足の人が多いのでは?と予想し、扁平足の人の土踏まずをカバーするパッドだ。

これらがあれば、市販の靴でも少しは不快感が減る。

ルカは「これ作ったら、ぴったりの靴を欲しがる人が減るのでは?」というが、不快感が軽減するだけなので、多分ピッタリの靴も売れるだろうな。

あくまで、すべての靴をピッタリ靴にする財力がない人、お気に入りの靴をなんとか履きたい人向けなのだ。

そしてその他の時間全てをかけて魔法陣を勉強した。

作ったのは、2つ。

1つは空調の魔法陣。

私が平民になっても欲しかったエアコンが『暮らしに役立つ魔法陣』に載ってたのだ。

それを見つけた時は、どうしてもモノにしなければ!と目の色変えて頑張った。

おかげでテントとローブに空調の魔法陣を付与することができた。

これで山の中でも快適ね。

もう1つは転移魔法陣。

と言っても…急なことで適切な素材を用意できなかったし、私自身で魔力の省エネ化することもできなかったしで、転移できるのはメッセージカード1枚くらいだ。

ちょうどその大きさの小箱に魔法陣を描き、文字通り文箱メッセージボックスを作り上げた。

転移なんてかなり難しいだろうと思っていたのに、何故か…本当に何故だかすんなり理解できてしまって、感覚的にもこうすればいいだろうとわかってしまって。

3日というかなり短い期間で出来上がった。

作った箱は2つだけ。

メッセージカードはこの2つの箱の間の行き来しかできない。

1つはマリウス兄様に渡してある。

これで何かあった時連絡がとれるようになった。

ちょっと安心。

出発前日は、孤児院に行った。

みんな元気になっていて本当によかった。

子どもたちからしたら、私が魔力切れでぶっ倒れてから会えてなかったので、私の心配をしてくれてたようだ。

互いに泣きながら、よかった、ありがとう、よかったと言い合った。

私は以前刺繍で作ったトリフォニア王国の地図と思い出のポテトチップスを大量に作って持って行った。

一通り涙が収まったらみんなでポテチパーティ。

美味しかったし、楽しかった!

帝都に行く話もしたら、ネイトがついていこうか?と言ってくれた。

だが、危ないかもしれないのだ。

もう私のせいで誰かが死ぬかもしれないなんて思いたくない。

一緒に行くイヴリン姉様は強いらしいが、ネイトはまだまだ子ども。

危ない旅には連れて行けない。

丁重にお断りした。

でも…その気持ちは嬉しかったな。

ちょっとがっかりしたネイトを護衛として一緒に孤児院に来ていたイヴリン姉様がフォローしてくれる。

たちまち元気になるのだから、美人の効果はすごい。

孤児院から帰ってくると、サリーとルカが「帰ってくる頃にはきっとビックリするくらいすごい店にして、オーナーを楽させますからね!」と挨拶に来ていた。

ありがとうと返したし、気持ちは嬉しかったのだけど…今から帝都へ逃げていつ帰って来れるかわからない私がオーナーのままでいいのかしら?

そう思った私はお母様への手紙の中にいつでもオーナーを変更していい旨も追加しておいた。

夜はマリウス兄様、アルフレッド兄様、イヴリン姉様とちょっぴり豪華なディナーだ。

マリウス兄様はきのこパーティで食べたパングラタンが気に入ったらしく、ディナーの1品はパングラタンだった。

他愛無い話をたくさんして、たくさん笑った。

楽しかった…

食事が終わるとメリンダが部屋で待っていた。

「お嬢様…本当によろしいですか?」

「ええ。お願い。」

ジョキン。

長かった髪を短く切る。

旅をするのに、私1人で髪の手入れなどできるわけがないし、髪が長いだけで裕福な子だとわかってしまうからだ。

最後に涙を堪えながら「お嬢様…どうかお元気で」と言われた時、ようやく明日出発なのが現実味を帯びてきて、私も「今までありがとう」と涙を滲ませお別れした。

堕落まっしぐらだった私が、こんなにもたくさんの人と関わって、何かを作れたのは全部全部メリンダのおかげなのだ。

メリンダが毎日…そう毎日「そろそろ算術の勉強ですよ」「次は魔法の勉強の時間ですよ」と優しく厳しくスケジュール管理してくれたから、頑張れたんだ。

政略結婚にも役に立たない無能な私はとにかく領地のために頑張るしかないとギチギチにスケジュールを組んだ時に「お嬢様の幸せも探そう」と言ってくれたのもメリンダだったし、掃除を教えてくれたのだってメリンダだ。

スキル判定でライブラリアンになってからこの2年間…頑張ってる時は常にメリンダがいた。

あぁ…寂しい。

そうして涙涙の夜が明けて、皆に見送られ、出発したのが今朝のこと。

今は夜。もう振り返っても領地は見えない。

たった1日しか経っていないのに、ずいぶん遠くまで来てしまったような、遠い遠い昔の出来事のような気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る