第二章 逃げる冒険者

第55話

パカ、パカ…

ゆっくりゆっくりロバが山を登る。

今私たちはカラヴィン山脈を登山中だ。

はあっ、はあっ。

まだ傾斜が緩やかな地だが、ろくな運動してこなかった私にはきつい。

「そろそろ乗ろっか。」

イヴリン姉様がひょいっと持ち上げ、ロバに乗せてくれる。

ロバは足が遅い。

だから大抵貴族は馬を使う。

そして私には空間魔法付きポシェットがあるので、ロバに運んでもらうほどの荷物はない。

それでもロバがいるのは…ただただ私を乗せるためだ。

今私たちは大国クラティエ帝国に向かう為、カラヴィン山脈の中を歩きつつひとまず帝国との国境がある辺境伯領をめざしている。

馬は山には向かないし、私もここ1年ほどはランニングをしていたものの、運動が苦手で体力がないのですぐにへばってしまう。

それゆえに私用にロバがいるのだ。

まぁ…そもそもまだ7歳だし、大人の体力についていけるわけないと思う。

うん。仕方ないはずだ。うん…

昼になった。

少しひらけたところがあったので、そこに腰を下ろして昼休憩とする。

ちょうど見晴らしもよく、振り返れば遠くに小さな街が見えた。

生まれてずっとあの街から出たことがなかった。

むしろ、屋敷から出たのだって数えるほどだったから、初めて街に出た時はキョロキョロお上りさんみたいに見ていた。

あんなにたくさんの人がいて、店があったのにあんなに小さい。

いつ戻れるかなんてわからない、もう戻れないかもしれないと思い、目に焼き付ける。

「はい!テルミスちゃんもどうぞ」

!!?

差し出されたのは干し肉だった。

イヴリン姉様も隣に腰掛け干し肉を齧りながら、ドレイト領を見下ろす。

「寂しくなっちゃった?

私一人でみんなの代わりにはなれないけど、寂しくなったらいつでも胸貸すからね。

我慢しちゃダメよ〜」

しょんぼりしていたように見えたのか、気を遣っていつも通り砕けた会話をしてくれる。

でも…でもね…確かに感傷に浸ってたんだけど、今はこの干し肉で頭いっぱいよ。

え?昼ごはんこれ1枚なの?

まぁ…ゆっくり食事なんてしていたら魔物に襲われて危ないのかもしれないし、旅のベテランの言うことを聞こう。

うん。

「ありがとう。イヴリン姉様」

「いいのよ。

それより、その言葉遣い直さないとね!

一発でお嬢様ってバレちゃうわ。

急に変えるのは難しいだろうから、今からゆっくり変えていきましょ!

とりあえず私のことはイヴリン姉様ではなく、イヴって呼んで!

私もテルーって呼ぶから。」

「はい!イヴリン姉…じゃなくて、イヴ」

「うふふふー。よろしくね!テルー」


**********


誘拐事件の後兄様に聞いたところ、王都を中心に4大魔法以外の人を誘拐するスキル狩りが活発になっており、私が誘拐されかけたのもそれが原因ではないかということだった。

冒険者登録に行った頃には隣の領でも行方不明者が出た為、その後私は屋敷から出られなかったのだとか。

今回は誘拐をどうにか防いだわけだが、今トリフォニア王国は4大魔法の者以外にとって危険な国になっており、それゆえに私は隣国に逃げることになった。

目指す先はクラティエ帝国の帝都だ。

そこにはお父様の知り合いがいるらしく、そこに身を寄せれるよう手紙を書いてくれたという。

事件後魔力切れを起こした私が目を覚ましたのは事件から3日後で、その時にはお父様もお母様も王都へ向けて出発しており会うことはなかったけれど、お兄様の話では知らせを聞いて一度戻ってきてくれたらしい。

その際に手紙などあれこれ手配してくれたのだとか。

お母様に言われて登録した冒険者登録も、7歳の誕生日にもらった空間魔法付きポシェットも…スキル狩りの話を聞いて、万が一の時は逃げられるようにと逃亡準備だった。

全然気づかなかった。

帝都へはイヴリン姉様が一緒に行ってくれる事になった。

それもイヴリン姉様が我が家に来た時に、話を通してあったと言うのだから…本人だけがのほほんと過ごしていたことになる。

皆私の安全のためにあれこれ考え、準備してくれていたのに、私は一人自分のことばかりだったな…

孤児院のみんなは身を挺して守ってくれたし…本当私は人に恵まれている。

いつか何か返せる事があるのだろうか。

出発は慌ただしかった。

なるべく人と会わないよう年末年始で貴族は王都に、平民は皆が家に引きこもっている間に出発することにしたのだ。

それ故に目が覚めて5日後の朝には出発した。

バタバタしていたけれど、冒険者登録とか衣類などはすでに準備してくれていたし、年末年始だというのに専属のサリーやルカ、メリンダ、お兄様たちも準備を手伝ってくれた。

5日の間にサリーはできる限りの食材と調理済みの料理を用意してくれた。

ルカは私のサンダル用木型からブーツを作ってくれた。

サンダル用の木型から作っているので甲の部分から上は紐で調整しなければならないが、ピッタリのブーツはとても歩きやすい。

メリンダは、包帯やポーション、タオルやナイフ、簡単な調理器具や簡単な裁縫道具、空の箱やら瓶やら袋やら旅に必要な細々したものを揃えてくれた。

マリウス兄様は事件の後処理が大変だろうに、どこからかロバを買ってきた。

テルミスの足ではカラヴィン山脈は無理だと。

その時は一生懸命歩けばなんとかなるのでは?なんて思っていたけれど。さすがお兄様わかっていらっしゃる。

ロバがなかったら随分前に私は一歩も動けなくなっていただろう。

アルフレッド兄様はどこからかクロスアーマーを買ってきてくれたし、以前討伐したというアラクネの糸もくれた。

「本当は山へ旅に出るなら金属の鎧でも着て欲しいところなんだけどさ、テルミスは金属どころか革でも鎧の重さで潰れちゃいそうだろ?

だから布の防具にしたんだけど、布だけじゃ防御力はちょっと心許ない。

そこでこの糸だ。

付与魔法は、適切な素材に適切な魔法陣を描くか適切な素材に魔力を染み込ませることで魔法効果がでるんだったよね?

付与魔法を使うのに適しているかはわからないんだけど、アラクネの糸は強靭なんだ。

これでさらに魔法陣を描いたら、防御力が上がらないかな?

出発までに時間がないから、素材だけの提供でわるいんだけどさ…よかったら使って。」

だそうだ。

領内会議期間中私は部屋に引きこもって付与魔法の勉強ばかりしていた。

毎日遊びに来てくれていたアルフレッド兄様はその内容を覚えてくれていたのだ。

すごい。

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