第53話 【閑話】マリウス視点
テルミスがすごい。
自分で計画を立て勉学に励み、商売に着手し、孤児院の子に本を読んであげたり字を教えてあげたりする。
領主としてしっかり家庭教師がついている僕よりいろいろよく考えているし、3歳差なんてすぐにひっくり返してしまうんだろうな。
そんな僕の焦りはすぐに吹き飛んだ。
きっかけは年明け学校が始まるために王都へ戻ったアルフレッドからの1通の手紙だった。
まだ王都へ行って2ヶ月だ。
普段は手紙を送ってくることもない。
珍しいな。
手紙を読む。
頭が真っ白になった。
「マリウス。
大変なことが起きた。
1週間前、一人の男が行方不明になった。
商業ギルドの職員で、食品の鑑定をしている男だ。
もちろんスキルは"鑑定"だ。
未だ見つかっていない。
そして3日前、貴族の館で働く庭師が攫われた。
その貴族ってのは俺の学友なんだが、長年働く家族同然の使用人だったらしく、力を尽くして探している。
が、未だ見つからない。
連れ去った男たちは覆面をしていて、誰かわからなかったらしいが、庭の近くにいた俺の友達が「恨むんなら、その無能なスキルを恨むんだな」という言葉を聞いている。
ちなみに大衆食堂で飯を食っていると、いろいろ噂話が聞けるんだが、パン屋の息子、孤児院の子供、薬師の女も行方不明らしい。
噂の裏どりはしてある。
みんな本当に行方不明だ。
そしてみんなスキルが5大魔法ではないものばかりだ。
まだ正式発表はないがスキル狩りではないかと言う者もいる。
テルミスの周囲に変わりはないか?
王都から山一つ挟んでいるとはいえ、ドレイト領は王都に近い。
なるべく周りを固めておいた方がいい。
すぐ男爵に相談を。
また何かあったら教えるし、今年は俺もなるべく帰るようにするから、いない時は頼むぞ」
は?スキル狩り?
なんだそれ?
は?
は?
は?
テルミスは…!今どこだ?
あぁ孤児院か。
大丈夫なのか?
護衛が付いていくとはいえ、孤児院の方が屋敷よりセキュリティは低い。
攫われないか?
くそっ!とにかく父様に相談だ!
父様の執務室へ急ぐ。
途中孤児院から戻ってきたテルミスと会う。
よかった。無事だ。
そんな僕の気持ちなんてお構いなしに、テルミスは孤児院でのことを話してくる。
こう話していると、無邪気な子どもだな…
…何を焦っていたんだ。
どんなスキルを持っていようと、どんなに才能豊かであろうと、テルミスはテルミスで、僕の妹で、だから…大好きで、守るべき大事な妹なんだ。
テルミスの方が優秀だと落ち込むくらいなら、テルミスに負けないくらい実力をつければいい話だ。
テルミスが苦手な部分をカバーすればいい話だ。
テルミスが困っている時に助けられれば良い話じゃないか!
父様に相談してから、テルミスに家庭教師が3人ついた。
護身術はわかるんだけど…マナーとダンスは関係あるのか?
そう思ったのだが、社会的地位が高くなれば、人の目も増え、攫うハードルが高くなるんだとか。
テルミスは幸い?プリンのお店を貴族向けに展開するようだから、ゆくゆくは顔をいろんなところで売って、社会的地位を高めて、攫われにくい状況にしたいのだとか。
確かに。貴族でも平民でも関係なく、スキルで攫っているなら、平民の方が圧倒的に攫いやすいしな。
やっぱり一番優先順位が高いのは…早く身につけて欲しいのは、護身術だな。
気になった僕は護身術初日、テルミスの様子を見に行った。
護身術の訓練はどうだった?と聞くと、びくりと肩を震わせた。
怖かったのだろう。
今こんな状況でなければ、テルミスはまだただ守られていればいい存在で、怖い思いしながら護身術を学ばなくてもいいのに…
背中を撫でながら、頑張ったなと言ってあげることしかできない。
代われるなら代わってやりたい。
小さい肩を見てそう思った。
僕はどうやったらテルミスを守れるだろうか…?
**********
あれから僕は忙しい合間を縫って自主的に魔法と剣の訓練に明け暮れた。
テルミスは孤児院以外は屋敷にいる。
だから何かあった時に守れるように…と。
孤児院でやるというキノコパーティにも無理矢理スケジュールを詰めて顔を出した。
テルミスを守りたいという思いもあったけど、攫われるのでは?と思うとなるべく一緒にいたかったのだ。
パーティで作ったパングラタンはとても美味しかった。
これ屋敷でも食べたいなぁ…と思うほどに。
食事も終わり各々遊び始めた頃、木の棒を振り回して遊んでいた子達からテルミスがいる方向に木が飛んでいった。
危ないっ!
咄嗟に僕は木を燃やした。
しかし燃やす直前何かがテルミスを抱えて避けた。
早いっ!
身体強化で早く動けるのはわかるが、それにしても反応スピードがいい。
木の棒で遊んでいた子達に軽く剣の稽古をつけると、悪くない。
みんなのびのび遊び回って、走り回っていたから運動神経が良いようだ。
チラリとテルミスたちの方を伺うと、何やら騎士の誓いのようなことをやっていた。
ここにもテルミスを守ってくれる人がいそうだな。
同行した護衛に孤児院の子も遊びの延長で鍛えるように頼んでおく。
守れる人は…少しでも足止めできる人が一人でも多い方がいいもんな。
テルミスの冒険者登録にもついていった。
テルミスには話していないが、母様がテルミスに渡した空間魔法付きのバッグも冒険者登録もいよいよ危なくなったらテルミスを他国に逃すためだ。
冒険者登録に行く日は、アルフレッドが近々帰ってくるというのでその日に合わせた。
王都では5大魔法ではない者が他国に逃げようと冒険者登録するケースが増えているらしい。
そこで登録前に魔法を見せろと言われるパターンを想定して、行く前にテルミスに魔法を見せてもらった。
テルミスは難なく土壁を作り、さらにそれを水で穴を開けた。
…予想以上だ。
やっぱりテルミスはすごい。
僕だって火ならテルミス以上に使える自信があるが、テルミスは魔法陣を使うとはいえ、複数属性の魔法を使えるのだ。
それに、土壁も水もまぁまぁ魔力を使うであろう規模なのにケロッとしている。
魔力は多いのか?去年は魔力切れで何度か倒れそうになっていたと思ったが…
テルミスの魔法にはアルフレッドもびっくりしてたな。
結果から言うと冒険者登録は何も問題なかった。
途中冒険者に絡まれてキャタピスと戦う羽目になったが、一撃で倒してしまった。
学校に通っていない僕はまだ家庭教師と魔法や剣術を特訓するだけで、まだ生きた魔物と戦ったことはない。
僕も倒せるのだろうか?
テルミスを守るなら、もっと強くならないといけないな。
それにしてもテルミスは強い…な。
ん?なんだかこの状況いつかに似ているな。
あぁ。去年の慰労パーティーの日だ。
イヴァンからの嫌味を華麗に撃退して、強いな、守らなくても大丈夫だったなって思ったんだ。
でもあの時テルミスは何日も塞ぎ込んでいた。
…自分の中に溜め込むんだよな…
もう夜遅いから、明日様子見に行くか。
そう思ったら、夜中に叫び声が聞こえた。
急いでテルミスの部屋に行くと、悪夢にうなされていた。
曰く超巨大なキャタピスに追いかけられる夢だったらしい。
ほら。やっぱりなんてことない顔しておきながら、しっかりダメージ食らってるんだ。
強くなんてない。
歯を食いしばって頑張ってるだけで本当はすっごく弱いんだ。
うちの妹は。
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