第52話 【閑話】マリウス視点
テルミスは階段から落ちて以来ずっと頑張っているらしい…。
らしい…というのは、僕も10歳になり2年後に学校に通うため座学の勉強、魔法や剣術の訓練がさらにハードモードになり、忙しくてあまりテルミスと話す時間がないからだ。
それでも頑張っているのは知っている。
だがそれを知っているのは家族と使用人だけだ。
年末には慰労パーティーがある。
テルミスはもう6歳だから社交も解禁だ。
ライブラリアンだからと心無い言葉を言われるのだろうか…?
父様や母様の前ではないだろうから、気をつけなければならないのは子供だけになった時か?
パーティの時はずっとテルミスの隣にいよう。
何か言う奴がいたら、僕が守ってやらないと。
パーティの日になった。
ドレスを着たテルミスは何となく不安そうだった。
それでも挨拶を問題なくこなしていく。
そして危惧していた子どもと大人が別れて社交する時間になった。
僕はずっとテルミスの隣にいて、絶対テルミスの味方だと確信しているアルフレッドに声をかけた。
やはりアルフレッドはテルミスの味方だった。
テルミスがライブラリアンと話しても、嫌な顔することなく話している。
よかった…そう思った時奴が来た。
「ライブラリアンとは珍しい。
あまり聞かないスキル名ですが、どのような役に立つので?」
明らかに馬鹿にしている。
イヴァンだ。
くそっ!8つも下の子供に嫌味なんて言うか?普通?
すかさず僕もアルフレッドも臨戦体制に入る。
だが、テルミスはそれを制した。
「本とはすなわち英知の結晶。
役立て方は無数にもございましょう。
私は私のできることをするのみです」
「なんとご立派なお言葉でしょう。期待していますよ。」
奴はその一言だけ残して逃げて行った。
テルミスは強いな。
「テルミス大丈夫か?
8つも下の女の子に言う言葉とは思えないな。
あんなのは、気にしなくていいからね。」
「大丈夫です。マリウス兄様。
今この国であまり重視されてないスキルであることは事実ですもの。」
大丈夫なのか?
普通8つも年上に絡まれたら怖がらないか?
テルミスを守る!なんて息巻いていたけど、この感じだと僕は要らなかったな…
パーティが終わると父様、母様はすぐに王都へ出発された。
僕は久しぶりに会ったアルフレッドと訓練漬けだ。
訓練が終わって屋敷に帰ると、シーンと静まり返っている。
出迎えろと言うわけではないけれど…なんだか静かすぎないか?
湯浴みをして、ダイニングに向かおうとすると部屋での食事を勧められる。
テルミスは部屋で食べるそうだ。
確かに、一人っきりでダイニングで食べるよりは部屋で食べた方がいいな。
その日は深く考えず、部屋で食事をした。
しかし、翌日もその翌日もテルミスは部屋で食事をする。
そこでようやく変だと気がつき、メリンダを呼ぶことに思い至る。
聞けばパーティの日から塞ぎ込んでいるらしい。
ずっと本ばかり読んで、勉強などのいろんな活動をしなくなったのだとか。
もしかして…イヴァンから言われた嫌味のせいか…?
だが、テルミスはあの時大丈夫と言っていなかったか?
毅然と対応していただろう!
「お嬢様は初めての社交でしたし、まだ6歳ですからね。
いろいろ心の整理がついてないのではないでしょうか。」
確かに。
最近頑張っているテルミスはすっかりしっかりしてきたし、あの時も自分で対処していたから、勝手に大丈夫だと思っていた。
何もできなかった自分の不甲斐なさもあって、「テルミスは強いからな」などと決めつけていた。
僕が守らなきゃダメだったのに。
翌日少しテルミスと話をして、食事は一緒に取るようになった。
なんとなく大丈夫なフリをしているが、覇気がない。
そして食事以外の時間はやはりベッドの上で本を読んでいるだけらしい。
どうにも自分だけで元気づけることが無理そうだと思った僕は年明けアルフレッドに相談してみた。
アルフレッドもびっくりしていたが、気分転換に遠乗りに行こうと言ってくれた。
なかなかいい案かもしれない。
その日は急いで屋敷に戻ると、屋敷の中で声がした。
ここのところ毎日静まり返っていた屋敷が。
「ムカつきますね…」
「「お嬢様!??」」
え?テルミス??
「サリー様一緒に頑張りましょう!
ムカつく理不尽を打ち倒してやるのです。
私のパティシエになってください!」
あれ?パティシエが何かはわからないが…
これは…元気になっていないか?
「お菓子作り専門の料理人のことですわ!
うんとおいしいお菓子のお店を作りましょう!
女性だからなんなのです!女性でもできるってこと見せてやりましょう!」
あ、これは完全に元気になったな。
それにしても…店?
まだ6歳だろう?店なんて…できるのか!?
ノックして扉を開く。
「テルミス。元気になったんだね。
部屋から出てこないから心配したよ。」
あぁ。よかった。
部屋から出てるし、元気な顔だ。
元気ならいいかとアルフレッドと退散しようと思った時、テーブルの上にある珍しい菓子に気がついた。
なんだあれ?
これでお店を作るつもりか?
見たこともない菓子はプリンというらしい。
その後テルミスが差し入れしてくれたが、これがかなりうまい。
これなら大繁盛間違いなしだ。
すごいなテルミス!と思いながら…チクリと胸が痛んだ気がした。
とりあえず少し前に法律の勉強した時に知った後見人制度のことをテルミスに教えておいた。
テルミスは考えてなかったようで、「マリウス兄様、教えてくれてありがとう!」とキラキラした目で言ってくる。
何かわからないがまたチクリと胸が痛む。
それが劣等感だと気づいたのは、すぐ後のことだ。
学校の開始に伴いアルフレッドが王都へ帰ったので、少し時間が空き、テルミスをお茶に誘った。
テルミスは喜んで応じてくれた。
いろいろと話しているうちにテルミスから王都へ行ったことがあるかと聞かれた。
何故かと問えば、驚きの答えが返ってきた。
「違うのです。いや、違わないか。
お父様、お母様にお菓子屋さんの後見人になっていただくにあたり、出店計画をまとめたいと思っているのです。
プリンは今までにない食感ですので、希少性が高く、高値をつけても買ってもらえると思うのです。
そうすると、主な顧客は裕福な商店や貴族になります。
やはり富裕層が多いのは、王都ですし、王都で出店した方がいいかなと思うのですが、王都に行ったことすらないので、どれくらいが妥当な価格なのか、どれくらいの家賃が発生するのか、どんなデザインが流行っているのか…わからないので、計画立てられないのです。
計画が立てられなければ、後見人をお願いできませんし…はぁ。
何も考えなしにサリー様の人生を巻き込んでしまったと自分の馬鹿さ加減にガッカリしてたところです。」
確かに僕は父様か母様に後見人になってもらわないと開店できないと教えた。
けれど僕は普通に父様と母様のところに行って、お願いすることしか考えていなかったんだ。
どうやって売り込むとか、どのくらいの値段で売るかとか、そんなことは全く頭になかった。
ましてや後見人を頼む段階で必要だなんて思いもしなかった。
親に頼むのにプレゼンが必要なんて思いもしなかったのだ。
でも考えてみれば、何もないところからお金が出るわけでも、無限に使えるお金があるわけではない。
我が家はしがない男爵家。
収入は領民からもらった血税だ。
大事に使わなければならない。
領地経営の勉強の時に、領民から税をもらって、それをどのように振り分けるのかなど学んだ。
あんまり余裕がないなと思っただけだった。
余裕がない我が家に将来性のない事業の投資なんてできるわけがない。
そんなことを頭ではわかっていながら、自分のことは別枠で考えていたのだ。
自分やテルミスが使う分には、領民のお金というより親からもらうお金という意識があったのかもしれない。
それも元を辿れば、領民からの血税だというのに。
テルミスは僕のことをすごいすごいと褒める。
後見人制度なんて知っててすごい!私もちゃんと考えなきゃ!と。
でもな…僕には家庭教師がついている。
それも何人も。
テルミスには誰一人ついてないだろう?
それなのにテルミスは領にお金をもたらすであろう商品を開発し、その販売方針を考えている。
後見人を親に頼むだけでも、どうやったら相手にメリットがあるとわかってもらえるか考え、プレゼンの準備をしている。
テルミスは女で、ライブラリアンだ。
ライブラリアンの評価はどん底で、女性の領主はできなくはないが、今は一人もいない。
だからテルミスは領主にはなれない。
けれど、テルミスが仮に男でライブラリアンじゃなかったら?
立派な領主になるんだろうな…僕よりもずっと…
僕はただ早く生まれた男だから次期領主なだけだ…
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