第51話 【閑話】マリウス視点

妹ができた!

その日は忘れようもなかった。

「ここに貴方の弟か妹がいるのよ。仲良くしてね」

そう言ってお母様はお腹をさすった。

3歳の僕にはお腹の中に弟か妹がいるというのは、あんまりよくわからなかったけど、お母様に促されてお腹に手を当てて「こんにちは」と話しかけると、ポコっと動く。

「わわっ!動いた!」

「マリウス兄様こんにちはって赤ちゃんも言ってるのかもね。ふふ。」

それから僕はたくさん赤ちゃんに話しかけた。

男の子か女の子かわからないから、赤ちゃんにまだ名前はない。

でも正直名前がないのは不便だ。

ポコポコ動くからポコちゃんと呼んでいた。

「ポコちゃん、僕ひらがな読めるようになったんだ。

早く出ておいでよ。絵本を読んであげるよ」

ポコ。

「ポコちゃんは男の子かな?女の子かな?

男の子だったらいいなー。

一緒に騎士ごっこできるのに。

あ、女の子でもいいよ。

僕が守ってあげるからね!」

ポコポコ。

「ポコちゃんはのんびり屋だなー。

先生がもう産まれていいよって言ってたぞ!

早く会いたいなぁ。」

…ポコ。

そうやってたくさん話しかけて、ようやくその日がやってきた。

朝起きるとなんだか屋敷が騒がしくて、赤ちゃんだってすぐわかった。

早く見に行きたくてお母様の部屋に行くと、優しいお母様とは思えない声を出していて部屋の前でピタリと足が止まった。

「マリウス坊ちゃま!」

部屋を横切ったオズモンドの話によると、お母様は夜中からずっとお腹が痛いそうだ。

「お母様…死んじゃうの?赤ちゃんも?」

「大丈夫ですよ。今は赤ちゃんが旦那様や奥様、坊ちゃまに会いたくて頑張っている時ですからね。

奥様も赤ちゃんに会いたくて頑張っておられます。

私たちもここから応援しましょうね。」

赤ちゃんが産まれたのは昼前だった。

僕は気の遠くなるような時間を過ごしたと思っていたのだけど、お医者様が早く生まれたと言っていた。

赤ちゃんを産むのって大変なんだな。

ようやく許されて赤ちゃんに会ったのは、お昼ご飯を食べた後だった。

初めて会った赤ちゃんは、赤くて、小さくて、ふにゃふにゃで、ぎゅっとしたら潰れてしまいそうだった。

可愛い。僕の妹。

僕が守ってあげるね!

それからしばらくしてアルフレッドが遊びにくるようになった。

今まで子どもと遊んだことがなかったから、どう接したらいいかわからなかったけど、テルミスは挨拶にきたアルフレッドの袖を掴んで、「あーうー」と話していた。

何がきっかけか忘れてしまったが、テルミスのおかげでアルフレッドと仲良くなったのは間違いない。

テルミスが泣くたびに二人でオロオロし、寝返りが打てるようになったら大喜びした。

二人で絵本も読んでやったし、抱っこしていいと許可が出た時はたくさん抱っこした。

あっという間にテルミスはハイハイできるようになり、歩けるようになり、「にーしゃま」と話せるようにもなった。

絵本を読んであげるともう一回もう一回と何度も何度もせがむようになったのは2歳の頃だったか。

テルミスが3歳の頃になると、アルフレッドは騎士の訓練生として訓練に行くようになったので、二人っきりになった。

僕はお兄ちゃんだから、まだ何も知らないテルミスにいろいろ教えてあげた。

文字もそうだ。

僕はスキル判定で火だったから、魔法で火を見せたこともある。

屋敷の中でやるなと大人には怒られたけれど、テルミスは「すごいすごい!お兄様すごーい」と大喜びしていた。

真似しようとしてたけど、もちろん3歳のテルミスにはできない。

「なんで私はできないの?」という妹に、「6歳になったらできるようになるよ!」と気軽に言った。

テルミスは6歳になった。

「お兄様!これ読んでー!」とテルミスがはしってくる。

「こらこらテルミス。廊下を走ってはいけないよ。

どれどれ。何の本かな?」

…?いつものように読んであげようとして止まる。

ん?なんだろう?

なにも…書いてない?

あ、今日はテルミスのスキル鑑定の日だった。

ということは…

「テルミス。これはテルミスのスキルかな?」

「そうなの!ライブラリアンっていうんだって。」

目の前が暗くなった。

火魔法じゃ…なかったのか。

ライブラリアンの評価はみんな知ってる。

家庭教師も言っていた。

一番役に立たないスキルで無能だと。

本ばかり読んで堕落した生活を送る事になるからだって。

テルミスがそれだったなんて。

「そうか。テルミスはライブラリアンだったんだね。

ここには何か書いてあるのかな?

スキルで出した本はね…本人しか読めないんだ。

だから、僕は読んであげられないんだ。

ごめんね。」

ショックを受けながら平静を取り繕って答える。

僕は次期領主だ。

けれどテルミスは?

約束された地位があるわけではない。

最低スキルでどうなるんだろう?

「テルミスはもう文字を覚えたよね。自分で頑張って読んでいると今はゆっくりでも段々スムーズに読めるようになるから、今回は自分で頑張って読んでごらん。」

その日はそう言って妹と別れた。

それから3日テルミスは、部屋に閉じこもって本ばかり読んでいるようだった。

やっぱり…ライブラリアンになったら堕落してしまうのか?

そう残念に思っていた頃、テルミスが階段から落ちた。

落ちた原因は夜遅くまで本を読んでいた事による疲労と睡眠不足だったらしく、母様からしっかり怒られ、父様からはライブラリアンの現実を話されたらしい。

それが効いたのかテルミスはその後、人が変わったようだった。

いつか平民になるかもしれないからと、朝は掃除から1日が始まり、四則演算や本の音読を始めた。

僕の部屋とテルミスの部屋は近いから、天気がいい日は窓が開け放され、風に乗ってテルミスの音読の声が聞こえてくる。

どんどん上手に読めるようになったし、大冒険家ゴラーの話を音読し出した時は、僕もこっそり楽しみにしていた位だ。

テルミスは孤児院にも行き始めた。

初めの1回は母様に連れられて行ったようだが、それからは自発的にスケジュールを組んで行っているらしい。

あちらでは絵本を読んであげたり、文字を教えたり、畑を作ったりしているという。

その頃から僕は疑問を抱いた。

テルミスが階段から落ちたのは、確かに本ばかり読んでだからだ。

ライブラリアンだからやっぱり堕落するのか?と思ったが、テルミスはまだ6歳になったばかりだったのだ。

僕が6歳の頃はどうだった?

確かに1日1時間は勉強の時間があったし、剣術の時間もあった。

けれどそれは僕が次期領主だからで、自発的にスケジュールを組んでいたわけでもなく、家庭教師が来るから勉強していたようなものだ。

それにそれ以外の時間はずっとテルミスと遊んでいたじゃないか。

テルミスは一緒に遊ぶ年の近い友達もおらず、次期領主ではないから家庭教師もつかなかった。

だから遊んでいたのだ。

何も強制されなかったら遊ぶのが普通の6歳じゃないか?

テルミスにとって遊びが本だっただけだ。

そしてライブラリアンがどういう目で見られているかわかってからというもの自分でスケジュールを組んで勉強し、平民になっても困らないようにし、孤児院では孤児たちに字を教えている。

どこが堕落した役立たずなんだ?

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