第40話 【閑話】ヴィヴィアン視点

私の名前はヴィヴィアン。

少し前からドレイト領で領主の子供たちにダンスを教えている。

昔から私の得意はダンスだ。

魔法は風だけど、全然訓練していないから掃除なんてできない。

戦闘以外で風魔法使いは、掃除要員として需要があるというのに全く無駄な話である。

元々王都に住む貴族だったので夜会にも出たことはあるし、そこで多くの人が私のダンスを褒め称えた。

だから自然といろんな人にダンスを教えるようになった。

ある時実家が没落した。

私は全然知らなかったけれど、徐々に徐々に、ある時からは雪だるま式に借金が増えていたらしい。

ダンスレッスンは何年もするわけじゃない。

デビュタント前に半年〜1年習い、その後は臨時で(久しぶりのパーティの前に思い出し講習として1週間など)呼ばれることがあるかないか。

だから私は次から次に生徒を探さなきゃいけない。

一番安全、かつ実入りがいいのが貴族のダンス講師だが、そんなわけで生徒がいない時期は、ショーパブなどで創作ダンスを披露する。

風魔法を使って、軽やかにジャンプしてターンする私の創作ダンスは、結構受けるのだ。

没落後、なかなか次の生徒が見つからなかった。

ダンスの腕はもちろんだが、確かな身元というのも雇用されていたポイントだったのだ。

田舎なら没落令嬢でも仕事はあるかとふらふらと王都を離れたどり着いたのが、ドレイト領。

ドレイト領に着いたのは、偶然だった。

王都から女性の一人旅は危ないと旅芸人の一座について行った。

幸い私には風魔法を使ったダンスがあるので、すぐに同行を許された。

ドレイト領は彼らの旅程にあった2つめの街だった。

1つめの街と同じく、着いてすぐ仕事を探す。

すると講師の仕事はすんなり見つかった。

そこで旅芸人の仲間たちと別れ、再びダンス講師として働き出した。

今回教えるのは、ドレイト男爵の嫡男マリウス様とご息女のテルミス様だ。

2人教えるので給金もいい。

私にとっては願ったり叶ったり。

だがこの形は珍しい。

何人もの生徒を持ってきた私でも今まで2人同時というのはなかった。

まず下位貴族であれば、嫡男以外にはあまり講師をつけることはないし、普通デビュタント前1年で習うのだ。

たまに2年前に習う人もいるが…稀だ。

1、2年前に習うのには訳がある。

それよりも前だと、10歳以下となり子供がレッスンを真面目にしない可能性も高くなるし、そもそも披露する場がないので肝心のデビュタントの頃にはすっかり忘れてしまっているのだ。

だから兄弟と一緒にレッスンを受けるということはない。

もちろん私も旦那様にお話ししましたよ。

テルミス様には少し早いのでは?と。

だってテルミス様はまだ7歳。

デビュタントまで5年もあるのだ。

それでもいいからと言われて引き受けた仕事。

初日。

私は頭を抱えた。

テルミス様は運動音痴なのか、リズム感がないのか、足の動きは悪く、テンポも1つ遅い。

そしてすぐ疲れる。体力がない。

これは難航しそうだぞ。

一方お兄様のマリウス様はお上手でした。

一度言えばちゃんとステップを踏める。

だから自然と初日だというのに細かい点を注意してしまった。

3回目のレッスンの時私は驚いた。

テルミス様はやはり運動が苦手なのか、すぐはぁはぁと肩で息をされる。

けれど足の運びが全然違うのだ。

1テンポおそかった足はきっちりリズム通りに踊れ、多少マリウス様が大きくリードしてしまってもちゃんとついていく。

今までリードが大きすぎる時は振り回されるようになっていたのに。

うっかり転んだことだってあったのに。

「テルミス様!素晴らしい!

リズムも合ってますし、ステップも完璧ですね」

「ありがとうございます」と笑うテルミス様は嬉しそうだ。

そういえば…これも普通じゃないわ。

最近ダンス講師してなかったから忘れていたけど、女の子を教える時は必ずぶつかる問題があった。

足が痛いと泣く、ダンス中に靴が脱げる、足を捻ってしまう…などなどヒールを履き慣れないためのトラブルだ。

それがテルミス様にはない。

今思えば、1、2回目はまだ痛そうにしてた気がする。

今日は痛そうですらない。

もう履き慣れたのだろうか?

それとも我慢している?

そうだとしたらまだ7歳なのに…なんて子だろう。

痛いだろうに、泣きもせず喚きもせず、ひたむきにダンス取り組むなんて。

すごい子を教えることになったのかもしれない。

いや…ちがう。

靴が変わった。

ベルトがついたサンダルみたいな靴だ。

今まであのタイプのダンスシューズはみたことない。

あれが足にあってるのだろうか?

あぁ!気になる!!!

「ちょっといいかしら?

先週と靴が違うようだけど、足は痛くない?」

「はい!この靴は私の専属靴士が作ってくれたワイズにピッタリの靴なのです。

前滑りしないから、足も痛くないのです」

「え?ワイ…ズ?

ワイズとは?」

この後テルミスがワイズについて熱く熱く語り、ヴィヴィアンに試作品をプレゼントすることになる。

プレゼントにもらったのは、既存の木型から2つのベルトで調整するだけの簡易版のワイズ調整だが、ヴィヴィアンはその履き心地に目を見開いた。

これほど足をしっかり支えてくれるなら、もう少しアクロバティックに動けるかもしれない、もっと早いテンポの曲も、難解なステップも難なく踊れるかもしれない…

踊りを第一に生きてきた彼女だからこそ、踊りを妨げないこの靴の価値を理解した。

そしてテルミスがもっと足にあった靴を作るつもりだというと、値段も聞かずに購入を決めた。

出来上がったら売ってくれと。

こうして創業もしていないテルミスとルカの靴事業は第一の顧客を得た。

それだけでなく、足にフィットしたダンスシューズを履いて踊る彼女のダンスは有名になり、再び王都に返り咲くことになるのだが、それはもう少し後の話である。

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