第32話
今日は土曜日。
午後は魔法や地理の勉強が待っているが、午前中はまるまるフリーの日。
今週から新スケジュールで、なかなか忙しかったからちょっと一息だ。
メリンダが「時間ですよ」と呼びに来たからランニングはやったけれども…頑張った。
今日はもともと靴屋に行きたいと言っていたのだが、わざわざ職人を呼んでくれたらしい。
応接間に入るとガタイのいいどこかの棟梁と思われる男性とニコニコと人好きする男の子がいた。
互いに挨拶を交わす。
棟梁の方はゴードン、男の子はルカというらしい。
「今日はダンスシューズを作りたいと聞いてます。
いくつかサイズ違いをお持ちしたので、試着してみますか?」
履いてみると、一番しっくり来たのは、18センチだった。
今持っているシューズと同じ…
しかし数歩歩いてみれば、踵がスポッと抜けてしまう。
これでは、つま先が痛くなってしまうし、常に靴が脱げないように気を配らなくてはならない。
「ゴードンさんこのサイズで幅を5ミリほど狭くできませんか?」
「幅だと?…いや、すみません。どういうことでしょうか。
ウチ…というよりもどこの靴屋もそうですが、測るのは足長が一般的ですが…」
「やはりそうですか。
ではこれを見ていただけませんか。」
持ってきたのは私のダンスシューズ。
今試着したのと同じ18センチだ。
中から中敷を取り出す。
そして、その上に徐に足を乗せる。
「こちらを見てくださいませんか。
この親指の付け根から小指の付け根を結ぶ一番幅の広い部分です。
中敷の方が5ミリほど大きいのです。」
「そう…ですね。この差を埋めたいと?」
「えぇそうです。
この部分が非常に…いえ、ヒールのある靴では特に一番大事だと思っております。」
「?一番大事ですか…?」
「そうか!
一番広いということは、ここがストッパー。
このストッパーの部分をよく押さえていないと、前に足が滑っちまうってことか!!
あんたすげぇな!」
「ルカ!言葉に気をつけろ!」
「あ、すいません。」
「いえ、気にしてません。
それより、ストッパーです。
とくにヒールの場合、傾斜があるので何かがストッパーの役割を果たさなければ、前に滑ります。
前に滑るとつま先はぎゅうぎゅうに押し込められることになり、かかとはスポスポと抜け、歩きにくい。
これがダンスで使うとなれば、より痛く、より動きにくいのです。」
「俺たちが作っていたのは大きすぎたの…か?」
「い、いや違うのです。足囲は個人差があります。
私には大きすぎただけで、この幅でピッタリの方もたくさんいらっしゃると思います。
な、なので私用に5、6ミリほど幅の狭いのをオーダーできないかと…」
「なるほど。用件はわかりました。
お金はかかりますがやろうと思えばできないことはありませんし、こちらもご用命とあれば誠心誠意作らせていただきます。
ただ…お嬢様専用はちょっと難しいかと思います。」
お金なら6歳の時もあまり使わなかったので予算がたくさん残っているはずだ。
問題ない。
何が問題なのか…?
「通常靴はまず基本の木型があり、その木型に沿って制作します。
幅を5ミリ狭くするだけであっても、木型から製作しなければなりません。
今までにない新しい木型を作るのは少なく見積もっても2ヶ月はかかる。
それから靴を仕上げるので2ヶ月半から3ヶ月制作にかかることになります。」
「仕方ないわ。それで結構よ。」
「いえ。問題はそこからです。
お嬢様くらいの年頃だと3、4ヶ月もすればサイズも変わってしまう。
つまりせっかくお嬢様の足を測定し、木型の製作から始めたのでは、お嬢様の成長に間に合わないのです。」
「そうね。それでは使える時間が短すぎるわね。
うーん…あ!
ではこういうサンダルタイプはどうでしょう?
先ほどの親指の付け根から小指の付け根までをしっかりホールドするようにベルトをつけ、足首にもベルトをつける。
そうしたら、幅の広い本体を少しカバーできると思うのですが。
ベルトの穴で若干の調整もできますし、足首と靴が繋がってるので、踵も脱げません!
この形ならどれくらいでできますか?」
「なるほど。これなら時間はそれほどかかりませんな。
木型は既存のものだし、本体のほとんどはベルト。
かかとの部分さえしっかり作り込めば、すぐできるでしょう。
初めて作るものだからわからないが、1週間…遅くても2週間でできるでしょう!」
「じゃあそれでお願い。
練習用なので華美にする必要はないの。
装飾は無しで、ヒールの高さはこれと同じ5センチで。
色は黒でいいわ。」
「なぁ。ウチで取り扱ってる木型は特別なものじゃない。
規格は王国全土同じものだ。
今回は間に合わせだからそれでいいとして…
おじょーさまはこれからずっと足を痛めて歩かなきゃなんないってことか?」
「そうね。
なんとかなればいいのだけれど。
サンダルだけを履いてるわけにはいかないし…仕方ないわね」
「父さん…いや、親方!
俺が木型作っちゃ…ダメかな?」
「カウンターもまだまともに作れない奴が何言ってるんだ!」
「でもさ、せっかく作った靴で足を痛めてるなんて、なんか悔しいじゃねーか。
それにもしかしたらおじょーさまだけじゃないかもしれないだろ。
金持ちそうな女の人は馬車から店、店から馬車で全然歩かねーし!
それに…店を継ぐのは兄貴だけど、俺だって靴を作るの好きなんだ。
気持ちよく靴履いて欲しいじゃないか…」
歩かないのは痛みが原因だけではない気がするが…
「はぁー…まずは喋り方覚えてからだ。
お嬢様。失礼しました。
こいつはまだ礼儀もなっちゃいないが、腕は確かです。
とりあえず次の19センチのサイズをこいつに作らせてやってくれませんか。
先程話した通りお嬢様が19センチになった時に測定して木型を使ってたんじゃ間に合いません。
今から5ミリほど狭い木型を作ります。
もちろん測定してないので、調節できるよう今回提案いただいたベルト付きサンダルをその木型で作ります。
既存の木型で作る18センチのサンダルよりずっとフィット感がいいはずです。
どうでしょうか?」
「是非お願いします!」
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