第31話

昨日は1週間ぶりの孤児院に行った。

今週は、急に護身術、マナー、ダンスと習い事がどどっと始まったし、魔法の勉強もずっと魔力コントロールばかりだったのが実際に魔法陣を使って魔法を出現させる訓練になった。

勉強だって今までやってこなかった地理の勉強で、若干詰め込みすぎな感がしなくもない。

まだ何も始まってないが、頭の隅にはサリー様との出店計画もある…

つまり何が言いたいかと言うと、新しいことばかりが始まって、新しく出会う人がいて、気が張ってたし、それゆえ疲れてた。

それを実感したのが昨日の孤児院。

何も変わらず、本を読んであげたり、畑の世話をしたり、キノコを収穫したり。

それだけなのにリフレッシュしたー!

最初はお母様に連れられて行った孤児院。

いつのまにか安心する私の居場所の一つになってた。

さらにここにはライブラリアンだからと侮る子はいない。

むしろ、他にはどんな話があるのかと興味津々で私の話を聞いてくれる。

私はまだ親の庇護下にあるからまだあまり悪意に晒されていないけど、それでも領内会議の時はヒソヒソ話されたもんね。

このスキル至上主義のこの国において希少な場所かもしれない。

大事にしよう。

今日はサリー様とお店についてあれこれ話し合う日…なのだが、それ以前にお母様から呼び出しがかかっている。

色々わからないことだらけの私とサリー様で話し合えるのは新メニューくらいのものだから、お母様も一緒なのは心強い。

せっかくだから、2種のプリンをサリー様に用意してもらう。

みんなで食べながら話せればと思ったのだ。

「今日来てもらったのは、雇用周りのことを聞きたかったからなの。

先日後見人になりましたけど、あなたが店のオーナーでサリーさんがパティシエってことでいいのかしら?」

「はい!」と元気よく返事するサリー様とそこまでちゃんと考えてなくてしどろもどろしちゃう私。

「え?あ、あのサリー様?私は何一つお菓子は作れませんよ?

接客もできませんし、お店に役立つことできないのですが…オーナーが私でいいのですか?私、そこら辺あまり考えずにお誘いしてしまって…」

「いいもなにも…私こそ作るしか能がありませんから!

私は言われたものを作っただけで、商品も売り方も考えたのはお嬢様ですから、お嬢様のお店ですよ。

それにお嬢様おっしゃったではありませんか。"私のパティシエ"になって欲しいって。

私気持ちはお嬢様の専属です!ふふふ。」

「まぁ!では本当にそうしましょ!実はね。今日そのことについて相談しようと思っていたの!

じゃあ売れ行きを見つつプリンを作れる職人も育てましょうね。

このプリンはもうレシピがあるのでサリー様でなくても練習したら作れるでしょう?」

!!!

「それは…他の人にお店を任せるということでしょうか。

私が…女だから。」

「えぇそうよ。」

「お母様!」

「でも勘違いしないで。女であることは関係ない。

私はあなたの実力を認めているわ。

だからこそパティシエで止まって欲しくない。

テルミスはこの短期間で全く新しいプリンを考案したわ。

しかもそのアレンジ版まで。

最初の動機は本で読んだ料理をただ食べてみたかったからなんでしょ?

だとしたら、今後も本でそそられる料理が出てきたら実際に作ろうとするでしょう。

その時にはあなたに開発して欲しいのよ。

もうすでに開発したレシピなんて職人育てて他にやってもらいましょう。

あなたはあなたで、新しい料理を作り出すの。

それはサリーさんあなたにしかできないわ。」

「奥様…」

目を見開くサリー様。

「それに今回のプリンは他に任せると言っても今すぐの話ではないわ。

どうしても最初はあなたにしてもらわなきゃいけない。

パイオニアの地位はあなたのものよ。

お店を他に託した後もオーナーはテルミスのままだし、あなたも名誉パティシエとして籍を残すから、新商品はあなたの手で作れるし、お菓子以外を開発し、それが売れると判断した場合はまたお店を作るでしょう。

その時も最初はあなたが料理長よ。

どうかしら?」

素敵だ。

私にはメリットしかない。

ケチャップなどの調味料も作りたいし、この冬は寒くて肉まん食べたかった。

それを一緒に開発してくれるなんて!

でも、サリー様はお店持ちたかったんじゃ…ないかな?

「お嬢様はどう思いますか?

私なんかが…専属でいいのですか?」

「!!!良いに決まっています!

私はサリー様が専属になっていただけるならこれほど嬉しいことはありません!

あ、で、でもお店もちたかった…ですよね?」

「いえ!お店を持つのは昔から私の夢の一つではありましたが、お嬢様の専属の方がずっとずっと楽しそうです。

お嬢様が良ければ、私を専属にしてください。」

「はいっ!ぜひよろしくおねがいします!!」

「ふふふ。よかったわ。

それにもし開発する物がない期間は、テルミスの専属なのだもの。

我が家の料理人たちと一緒に働いてくれると嬉しいわ。

ラッシュに聞いたけれど、今までの職場での仕事は皿洗いや皮剥きだったのでしょう?

空いている時間は我が家で修行なさいな。

うちには優秀な料理人もいるしね」

「あ、ありがとうございます!」

「あとね。

お店の形はひとまずテルミスが提案したように、店舗を持たないミニマルスタートでいいと思うの。

ただ実際に店舗を構えるグランドオープンの時期は来年ではなくもっと遅くしたいわ。

ちょっと今王都は物騒なうわさがあるから。」

「そうですか…でもその間売り上げがなくなるのは痛いですね」

「それはこれを使おうと思っているの。」

お母様は少し古そうなボストンバックを取り出した。

ん??

「これはね。空間魔法付きのバッグなの。

これ1つで馬車3台分くらいの荷物が入るの。

このバッグに入れてる間は時が止まるから食品も作りたてのまま持ち歩けるわ。

それにこれなら、あなたたちは領地で生産するだけ。

わざわざ物騒な王都に行く必要がなくなる。

私が夏と冬の社交時に一緒に持って行き、あっちに一人信頼できる販売担当を置けばある程度の数販売できるわ。」

空間魔法…そんなものあったんだ。

すごい。

販売方法はしばらくお母様の提案通り、領地で生産したプリンを空間魔法付きバッグに入れて持ち込むことになった。

一通り話が終わると、サリー様は契約の話のため出て行った。

「テルミス。あなたにはまだ話があるの」

「はい。お母様。」

「これをあなたに。」

渡されたのは赤いポシェット。

まさか…!

「察してると思うけれど、これも空間魔法付きのバッグよ。

これは私とベルンから誕生日プレゼント。

馬車1台分くらいの荷物が入るわ。

ここに魔力を流してみて。

そう。これで使用者登録は完了ね。

あなた専用のバッグになったわ。

他の人がバッグを開いても何も出てこない。」

「ありがとうございます。

けれどこんな貴重なもの…よいのですか?」

「さっきのボストンバッグはね。

私が嫁ぐ時にお母様ーあなたにとってはおばあさまね。

おばあさまからもらったの。

いざという時のためにって。

結婚前にベルンとは会ったことあったし、事前に婚約者のことを調べるのは当たり前。

それでも貴族の結婚は政略結婚だから、どうしても相性が悪かったり、相手がとんでもない人だったりすることだってあるの。

おばあさまは、私に常日頃大事なものや着替えなどの日用品一式を入れておいて、緊急の時はこれをもって逃げるためにくれたのよ。

結局あなたも知っての通り、私はこのドレイト領でのびのびしているし、夫となるベルンもいい人だったから使うことはなかったけれど。

あなたにはちょっと早いかもしれない。

けれど、お店を始めたりと大人の世界に足を突っ込み始めたあなたの守りになればと思ったの。

不測の事態に備えて、生活に必要なものや大事なものはこれに入れて、常日頃持ち歩くのよ。」

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