第18話

パーティが終わってもぬけの殻になって毎日ダラダラ過ごしていた私が復活したのは年が明けてからだった。

お父様とお母様は年始の挨拶のため王都へ出発していない。

お兄様はアルフレッド様が王都に戻られるまで一緒に稽古に励んでいる。

屋敷の中は静まり返っている…はずだった。

なんだか外が騒がしいなぁ…誰か来たのかしら?

「お嬢様…

お嬢様に会いたいと申す者が来ているのですが、いかがなさいますか?」

「???私に会いたいなんて…誰かしら?」

「ラッシュの妹サリー様です。

なんでもプリンを作ったので見てほしいとか。」

「プリン!是非食べま…いえ、是非会いたいわ」

応接間に行くと、いつもは厨房にいるラッシュの隣に赤毛の女の子が座っている。

この子が妹のサリーさんかな?

「お嬢様すみません。

急にこいつが来てしまって。

お嬢様に教えてもらったプリンなのですが、味、焼き加減は安定したものの、どうしても表面がボコボコになってしまうのは改善できず、こいつに相談してみたんです。

そしたら…寝食忘れて研究したらしく、ボコボコにならないプリンができたと、お嬢様に見てもらいたいとやってきてしまったんです。」

「すみません。

初めて見たお菓子だったので、出来たのが嬉しくてお嬢様の都合も考えず来てしまいました…」

見るからにシュンとしている。

ラッシュに怒られたんだろうな。ふふふ。

「でも、出来には自信があります!

是非食べてみてください!!」

「こら!まだ話の途中だろうが。

お嬢様に迷惑かけるんじゃない!」

ざっとかごを差し出す彼女に諌めるラッシュ。

なんだか微笑ましい。

「ラッシュ。領内会議で忙しい中研究してくれてありがとう。

サリー様もありがとうございます。

是非食べてみたいです。

メリンダ、お茶お願いできるかしら。」

「かしこまりました」

お茶の用意が整って、いざプリンの試食です。

お皿の上にはプルンプルンのプリン、カラメルソースもなんだか良さそう。

うわぁ〜!プリンだ!本物だ〜!!

一口食べる。

プリンだーーーー!

嬉しい。やっと焼き菓子以外のおやつにたどり着いたわ。

「こ、これです。とても美味しくできております。

食感もなめらかで、ソースのほのかに感じる苦味とプリンの甘みがたまりません!

サリー様、ありがとうございます。

私のためにプリンを生み出してくださって。

大変だったのではございませんか?」

「いえ、おにい…兄が既に材料の比率を研究していたので、私はボコボコの正体を探るだけだったのです。

とはいえ、このようなお菓子は作ったことはもちろん、食べたことも見たこともありませんでしたので、ちょっぴり苦労しました」

「それであのボコボコは何が原因だったのでしょう?」

「まずは加熱の温度が問題でした。

お嬢様に最初に食べてもらったのは、温度が高すぎたのです。

加熱温度を下げていくといくらか食感がマシになりました。

けれどそれから先はどうしようもなく…そこで妹に相談したのです」

「兄から相談を受けて、私も一から温度と時間を変えてみました。

マシにはなりましたが、お嬢様の言われたという「なめらか」とは思えませんでした。

配合率も見直しましたが、変化はあるもののなめらかな食感には至らず。」

「では、何かしら?私も加熱の時間や温度かしらとは思っていたのだけれど。」

「かき混ぜ方です。

卵液をかき混ぜる際に、しっかり混ざるよう泡が立つほどかき混ぜてしまっていたのです。

泡が立たない程度のかき混ぜ方に変えてやっと成功しました!」

「泡立てる…空気を含んだのね。

あぁ納得しました。

サリー様ずいぶん手間をかけさせてしまいました。

お仕事やご家庭に支障はありませんでしたか?」

「サリーは結婚してませんし、料理バカで美味いもの作るのが好きなんです。

仕事は下働きで野菜の皮を剥くだけだったり、皿洗ったりと言った業務なので仕事よりお嬢様のプリンの方が楽しかったはずですよ。

そうだろ?」

「バカはないでしょ。バカは!もう!

でも本当です。この数日とても楽しかったんです。

仕事も結婚もどうでもいいくらい。

だから全然気にしないで下さい。

むしろ、ご迷惑でなければ何か新しい料理があったら教えてほしいと思っているくらいです!」


サリー様は多分15歳以上よね。

結婚しててもいいくらいの歳だし、こんなに熱意があって、新しい調理法で料理できるくらいだから料理人としても秀でているのでは?

皿洗いと野菜の皮むきレベルじゃないと思うんだけど…

何より領主邸で料理人をするラッシュが頼るくらいなのだ。

絶対野菜の皮剥きレベルじゃない!

「あの…私は料理の上手下手はあまりわからないのですが、ラッシュが頼るくらいですし、サリー様はとても優秀な料理人なのではありませんか?」

「いえ!あの…すみません。

料理は好きなのですが、料理人では…ありません。」

「妹の腕は確かですよ。

熱意もある。

だけど…無理なのです。

料理人は、店で雇われながらその店で技術を高めます。

雑用仕事しながら、先輩料理人の手つきを見、真似し、指導してもらうのです。

最初は賄い飯しか作れません。

しかしそれに合格すれば、小鉢、次はスープ

…と言ったように徐々に任せてもらえるようになるのです。

仕事場が修行場であり、そこで認められて初めてその店の料理人となったり、新たに店を出したりすることができるのです。

しかし女性は、そもそもこの料理人候補になれません。

料理人候補がいない店の雑用係としか採用されないのです」

「そんな!では才能があっても女性というだけで料理人にはなれないのですか!?」

「そうですね。なので普通は料理人は諦めて、料理上手な女性として嫁いでいくのですが…妹は料理人の夢を捨てきれず、料理人になるまで結婚しないと言い張っておりますので…未だ独身です。」

「その理由は…諦めきれませんね。

ん?しかしさっきの話では仕事が修行と…。

雇ってもらえないならば、サリー様は独学でここまで極められたのですか!」

「最初の基礎は俺が教えたんです。

その先は自助努力ですね。

まさかこの歳まで夢を諦めないとは思いませんでしたが、幼い妹の夢を潰したくなかったんです」

なんだか猛烈に腹が立つ。

女性だからって、夢を追いかけることすらできないなんて。

こんなに優秀なのに皿洗いと皮剥きしかできないなんて!

サリーさんの話は、ライブラリアンというだけで将来が狭まった自分とも重なって見えた。

貴族としてやっていかないなら、平民になればいいじゃないと思っていたけれど、平民になったところで私は女。

平民はスキルをそれほど重視しないから結婚はしやすくなるかもしれないけれど、職業選択は厳しそうね。

男女平等を目指していた世界を知っている私にとっては、本当に腹の立つ話なのだ。

「サリー様は今後どうするつもりなのですか?」

「自分でも馬鹿だとは思うのですが、諦めきれないのです。

結婚なんて考えられません。

今お金を貯めているので、貯まったら別の地で挑戦してみようかと悩んでいるのですが…」

「ムカつきますね…」

「「お嬢様!??」」

「サリー様一緒に頑張りましょう!

ムカつく理不尽を打ち倒してやるのです。

私のパティシエになってください!」

「え?お嬢様??ぱてぃしえ?って…え?」

「お菓子作り専門の料理人のことですわ!

うんとおいしいお菓子のお店を作りましょう!

女性だからなんなのです!女性でもできるってこと見せてやりましょう!」

「やります!いや、やらせてください!」

熱い気持ちが先走り、淑女の仮面が剥がれた気がする…

サリー様とがっちり握手しながら、ふと冷静になり、そう思った。

トントン。扉が開く。

「テルミス。元気になったんだね。

部屋から出てこないから心配したよ。」

「マリウス兄様!アルフレッド兄様!?

どうしてこちらに?」

聞かれてたー!

「パーティ以来落ち込んでいただろう。

気晴らしに行かないかと訓練後に家に戻ってみれば、元気な声がきこえたんでね。」

「やぁ。こんにちは。

元気になってよかったよ。

来客中に入ってすまなかったね。

元気なら僕らはこれで失礼するよ。

ん?マリウス?」

「あぁ、そうだな。ちなみにその菓子はなんだ?」

「マリウス兄様もアルフレッド兄様もご心配おかけしました。

こちらはプリンという菓子です。

ラッシュの妹のサリー様が再現してくださったの。

私このプリンで元気になったのです!

後で差し入れしますね」

あぁ。びっくりした。

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