甘えた顔しやがって

 友人の紹介で、市役所の窓口の仕事をしていたことがある。


 本と文字全般を愛する私は、書庫に収められた古い除籍謄本を調べるのが好きだった。ちょっと調べるだけのつもりが、滞在時間が長くなって上司に叱られたものだ。

 土木課には従弟、古地図編纂の部署には高校の後輩もいて、しょちゅうサボりに行っていたのは秘密。(言ってる)


 時々窓口に訪れる、高圧的な態度の司法書士様をわざとイラつかせる遊びに興じていたある日。

 列に並んでいた赤ら顔の紳士の順番になった。彼は最初からイライラして、手続きの煩雑さに悪態をついていたが、それは私のせいではない。丁寧に説明してニッコリ微笑んでおいた。

 しかし、赤紳士はそれも気に入らなかったのだろう。書類を叩きつけるように置き、暴言を放った。


「なんでぇ、甘えた顔しやがって」


 いや、知らんが。


 秒でスルーした私は、それを小説のネタにすべく心のメモ帳に書き留め、実際ラブコメを書いた。何事も創作に転換してしまうのもどうなのかと思うが、そうでもしないと理不尽で不条理なこの世界を生き抜くのが困難になりそうだ。


 ちなみにその小説に赤ら顔の紳士は出てこない。


つづく

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