あなたの聖地はどこですか?

 生家は、とある地方都市の、桜と躑躅つつじの名所の近くにあった。


 春ともなれば、桜並木に花見客が集まり、出店も出て夜まで騒がしい。花に浮かれた陽気な酔漢が、我が家の敷地に入り込むことも多かった。

 お祭り好きな父にはいい場所だったのかもしれないが、側溝にはゴミや汚物があふれ、夏には毛虫の雨が降る。


 ある朝、玄関に向かうと、薄汚れたおじさんが土間に転がっていた。酒の匂いをプンプンさせ、一目で酔い潰れていると分かる。

 幼児・鳥尾巻は、どうせいつもの父の友人のうちの誰かだと思い、手近にあった棒か何かでおじさんをつついた。


 幼児につつかれたおじさん、目を覚まし、キョロキョロする。自分がどこにいるのか分からなかったのだろう。軽くパニくったおじさんは、なぜか土下座の体勢を取る。


 幼児に土下座するおじさん、第一声。


「お水を一杯ください」


 私は大声で母を呼び、あとは任せることにした。母も慣れたものである。後ろから見守っていると、おじさんは五体投地のように額を土間につけて平謝りしながら、ちゃっかり水を飲んで帰って行った。


 我が家はおじさんの聖地であったらしい。


つづく

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