第九話:牙城

優梨奈への学園案内を終えた次の日、俺はいつものように登校するとあることを決行しようとしていた。それはいよいよもって霜月の牙城を崩すことである。長月との一件や優梨奈の登場により、ここ何日か疎かになっていたのだ。こういうのは期間が開けば開くほど熱量が冷め、やりづらくなっていくもの。だから、ここいらで一発かましておく必要があった。


「待ってろよ、霜月。一晩考えた作戦の数々をお見舞いしてやるからな」


俺は小さくそう呟くと意気揚々と教室のドアをくぐった。






          ★






作戦その一。霜月の視界をカーテンで遮る。霜月は窓の方、正確にはいつも外を見ているのだが突然、その窓を閉めてカーテンをすれば自ずとそれを行った元凶へと目がいく。つまり、そこで俺と目が合えば後は話すシチュエーションまで持っていけばいいだけだ。ちなみにそれは俺の最も得意とするところ。そうなれば俺の勝ちである。


「ふふん。霜月、お前はもう終わりだ」


なんだか悪役のような台詞を吐きつつ、俺は霜月の席まで近付いて、そして一気に窓を閉めてカーテンをした。


「よし!!上手くいった!!これで……………」


「……………ぷいっ」


ところが、次の瞬間、霜月は予想だにしない行動に出た。なんと彼女は一切動揺することもなく、今度は俺がいる方とは反対側を向いたのである。


「な、何っ!?」


「……………zzz」


そして、あろうことか寝始めたではないか。ま、まずい!!こんな展開は流石に想像していなかった!!これじゃあ、この後の動きが……………ま、まぁこうなったら致し方ない。とりあえず、やろうと思っていた残りの作戦を全てやるしかないな。


「よ、よし!次だ!!」


そうして、その後も俺は果敢に攻め立てていったのであった。






          ★






昔、誰かが言った。"勇気と無謀を履き違えるな"……………と。俺はまさしく、その言葉を身をもって体験していた。


「な、何故だ……………」


俺は持てるほとんどの手札を使い尽くしていた。しかし、それでも霜月の強固な牙城は崩れなかったのである。ちなみに残された手札はあと一枚。


「だが、これは奥の手だぞ。できれば使いたくなかったんだが……………仕方ない」


俺は覚悟を決めると鞄からある物を取り出して、教室の外へと向かった。






           ★



  



「はぁ……………やっと諦めてくれたのね」


私は彼が教室から出るのを確認すると狸寝入りをやめ、日課となっている外を見るという行為へと戻った。


「それにしてもしつこかったわね」


彼…………如月拓也は私の気を引こうとありとあらゆる手段を使ってきた。しかし、そのどれもがあまりにもレベルの低いものでなおかつ、数がそれなりにあった為、結局こうして今日最後の授業前の小休憩までかかってしまったのだ。


「全く…………冗談じゃない。私の時間を邪魔しないでもらいたいわ」


ところが、言葉とは裏腹にいつもはゆっくりと過ぎていく時間が今日はやけに早く感じられていた。何だ?それだけ充実したもしくは楽しい時間を過ごしていたとでもいうのだろうか?


「本当に冗談じゃないわ」


まぁ、でも退屈しのぎにはなったのかしら………………って駄目よこんなんじゃ。私は誰に対しても一貫して態度を崩さなかった。それがあの男にはどうだ?内心、ペースを崩されっぱなしではないか?そもそもたかがうるさい隣人が何だというのだ。そんなの先生に言って早々に引っ越ししてもらえばいいではないか……………うん、そうしよう。そうと決まれば明日、早速………………


「ん?」


と、その時だった。外を見ていた私の目に突如、上からあるものが飛び込んできたのは。


「これは……………ロープ?」


最初は茶色いただの紐かと思った。けれど、よく見るとそれは紐よりも太く、なおかつ編み込んだような線があり丈夫そうだった為、ロープだと思い直したのだ。


「一体何故こんなものが…………」


私はなんとなく、そのロープを見つめ続けていた。すると、直後、驚くべきことが起こったのだった。


「よっと!!」


「っ!?」


外から軽い掛け声が聞こえたと思ったら、なんと上から人がロープを伝って降りてきたのだった。しかもその人物はなんとさっきまで私にしつこく絡んできた如月拓也、張本人だった。





           ★





「何してるの!!危ないから、今すぐやめなさい!!」


霜月の第一声はとても大きく切羽詰まったものとなっていた。その表情はかなり青褪めており、悪いことをしたと思っていたがここで素直にやめる訳にはいかなかった。


「やっと話しかけてくれたな」


「なっ!?」


俺に残された手段はもうこれしかなかった。昨晩、家の庭にある物置きを整理していたら中からロープが見つかったのだ。それを見た俺はこの奥の手を思い付いたのである。とはいっても単純な手だ。この学園では一階が一年生、二階が二年生、そして三階が三年生の在籍するエリアとなっている。そこでまず、俺は自分の教室の真上にある三年生の教室に入らせてもらい、窓から下へ向かってロープを垂らす。次に自分の握るロープの先端を窓際にある机の横についている鞄を引っ掛けるフックにしっかりと結びつける。そして最後にロープを持って懸垂下降の要領で上から霜月の目の前へと降りていくというのがこの作戦である。ちなみに俺の体重で引っ張られて窓から落ちないように先輩達が机を押さえてくれていた。この作戦を話したら、喜んで協力してくれるとのことで。どうやら、うちの学園にはこういったことに乗り気な連中が多かったようだ。


「あなた馬鹿じゃないの!!今、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!!いいから、今すぐそんなことはやめなさい!!」


まるで教師のような口調で捲し立てる霜月。その唯ならぬ様子に興味を引かれたのか、俺のクラスメイト達がこぞって窓際に集まり、俺を視界に入れた瞬間、悲鳴を上げ出した。


「今すぐこんなことやめてやってもいい。だが、条件がある」


「条件?」


「俺を無視するな。俺が話しかけたら、ちゃんと反応してくれ」


「っ!?だから、言ってるでしょう!今、そんなこと言ってる場合じゃ」


「どうなんだ?できないのか?」


俺は霜月の返答を抑えつけて自分の意見をゴリ押しした。時間がない。クラスメイト達は悲鳴を上げ、全学園生はこの珍事態にいち早く気が付き、上下左右から多数の視線が突き刺さっていた。教師に察知されるのも時間の問題だろう。だから、霜月には早く応えてもらわなければならなかった。


「………………」


「早くしろ。このままだとお前の内申にまで傷がつくぞ」


「別に私は」


「じゃあ、こう言おうか?俺がどうなってもいいのか?」


「っ!?その言い方はずるいわ!!」


「じゃあ早くしてくれ。俺の腕もそろそろ限界だ」


俺はずり落ちそうになるのをすんでのところで留め、霜月へと呼びかける。それに対して、霜月は酷く焦りながらヤケクソ気味にこう答えた。


「わ、分かったわ!!だから、お願い!!もう、こんなことやめて!!」


「その言葉、忘れるなよ?よし。それじゃあ、俺は……………」


と言いかけた瞬間、ロープを掴んでいた手が汗で滑ってしまった。そして、俺は勢いよくそのまま下へと落ちていった。


「っ!?如月っ!!」


その時、俺の耳にはこれまで聞いた中で最も大きな霜月の声が響いていた。


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