第七話:先輩
「う〜ん。ここ、どこだろう?」
その日、私は来月から通うことになる学園の見学に来ていた。来月から私も晴れて高校生。きっと高校生活は中学生の時とは一味違ったものが待っているに違いない。新しいクラスに新しい友達、部活なんかも気になるし、何より……………素敵な出会いがあったりしちゃって。まぁ、そんなのそうそうある訳ないけど…………とにかく、私は新しい学園生活が楽しみすぎて居ても立ってもいられずに思わず、こうして見学に来ていたという訳なのである。とはいっても入試の時と合格発表の時に訪れているから、今回が三回目な訳でもうこの学園のことなら何でも分かる!と意気揚々と足を踏み出したのが悪かった。
「しまった。せっかく、当直の先生が案内してくれるって言ってたのに……………ううっ、どうしよう」
私は早速迷子になっていたのだった。本当にカッコ悪いことこの上ない。差し伸べられた手を自ら、振りほどくようなマネをして…………何故、数十分前の私はあそこまで自信があったのだろう?……………うん、きっとワクワクしすぎて変なテンションになっていたに違いない。
「ともかく、早く知っている場所に出なきゃ」
私は焦って学園内を早歩きで進んだ。その度に来客用で借りたスリッパの音がパタパタと小気味良く鳴る。普段だったら、何とも思わないその音も今の余裕のない私では少しイライラする音に聞こえてしまった。
「あっ…………」
とそんな中、見覚えのある場所が徐々に見えてきたような気がした私は嬉しくなって、少し歩きのスピードを上げた…………しかし、
「そんなぁ〜」
そこは見覚えのある場所に非常に酷似した場所だった。それが分かった私は一気に力が抜けて、思わずその場にへたり込んでしまった。
「な、何でこの学園、こんなに似ている場所が沢山あるの〜」
期待からの絶望はより深く精神を削る。私は途方に暮れながら、その場から動けずにいた…………と、そんな中、突然上から声がした。
「君、大丈夫?」
「っ!?」
私はそれに驚いて慌てて上を見上げた。すると、そこにはおそらく学園の生徒とおぼしき男の子が心配そうにこちらを見つめて立っていた。どうやら私は相当、落ち込んでいたらしい。普通、こんな近くに人が来れば音や気配で気が付きそうなものなのにそれもできないなんて…………
「どうしたの?本当に大丈夫?」
「っ!?だ、大丈夫です!!しゅ、しゅみません!!」
は、恥ずかしい!!慌てて話したもんだから、思い切り噛んでしまった。きっと馬鹿にして笑われているに違いない。そう思った私は顔を真っ赤にしながら、チラリと男の子を見たてみた。すると……………
「大丈夫。俺が校門まで案内するよ」
男の子は私を不安にさせまいと笑顔で目線を合わせて話しかけてくれた。対して私はその笑顔に安心し、か細い声でこう言っていた。
「……………お願いします」
★
「着いたよ」
道中は終始無言だった。おそらく男の子……………先輩も気を遣って、あえてそうしてくれていたのだろう。自分ももし同じ立場なら、そうしたかもしれない。
「っ!?あ、ありがとうございました!!」
先輩の一言で我に返った私は慌てて、お礼を言った。ここにくる途中、昇降口でスリッパから靴に履き替えているはずなのだが精神的にそれどころじゃなかった為か、そこの記憶が一切なかった。
「にしてもたまたま、あそこに行って良かったよ。ほら、この学園って似たような場所がいくつもあるでしょ?だから、新入生は間違いやすいんだ」
「そ、そうですね……………って、あれ?私、新入生って言いましたっけ?」
「いや、来客用のスリッパを履いていたし、この時期だから。もしかしたら、来月の新入生が下見でも来ているのかなって………………あれ?違った?」
「いえいえっ!!わ、私、来月この学園に入学する予定の
「ど、どうも。凄い勢いで自己紹介したね……………ってか、入学予定なんだ。この時期だから確定なんじゃないの?」
「いえっ!!もしかしたら急に病気や事故に遭うかもしれません!!私のお婆ちゃんも言ってました。"最後まで気を抜くな"と」
「それはご立派なお婆さんだね…………あ、一応俺も自己紹介した方が…………」
「あ〜〜〜〜っ!!」
「っ!?ど、どうしたの?」
最後の方に先輩が何か言っていた気がしたけど、この後の用事をふと思い出した私は思わず叫んでしまった。その際に先輩を驚かせてしまったけど、その時の私にそこに気が付く余裕はなかった。
「すみません!!この後、用事があることをすっかり忘れていました!!今日は本当にありがとうございました!!これにて失礼させて頂きます!!」
「う、うん。もし、また学園内で見かけたら今度はちゃんと案内するよ」
「はい!!その時はぜひお願い致します!!」
そう言って私は先輩と別れ目的地へ向かって駆け出した。そして、その後私は先輩に学園を案内してもらおうと何回か学園へと足を運んだけど、再び会うことはなかったのだった。
★
「その時の女の子が私なんです!!思い出してくれましたか、先輩?」
「ん〜……………ん〜?」
昼休みになるやいなや、突然教室へと入ってきた下級生、葉月優梨奈ちゃんとやらは公衆の面前ということや俺の昼飯の時間が削れていくのもお構いなしに自分の身に起きたことを堂々と語った……………うん。迷子になったこととか恥ずかしいだろうに一切言うのを躊躇わないのは何故なんだろうか?……………ってか、長月が彼女のことを凄い怖い顔で見ている気がするんだが気のせいか?
「も、もしかして私のこと忘れちゃいました?」
「えっ!?い、いや、そんなことは」
自信満々な顔から一転。俺からの反応がないのを見てとるや、急に瞳をうるうるとさせて子犬のような顔でこちらを見上げてきた。くそっ!そんな顔をされたら、本当のことを言いづらいじゃないか。
「……………いいんです。先輩の反応を見ていたら、大体察しましたから。そうですよね。先輩にとってはただ迷子になっていただけの後輩。それ以上でもそれ以下でもないですし、そんな意識なんてしてな」
「葉月!ちょうどいいところに来たな!実は今日、お前に学園を案内してやろうと思ってたんだ!」
「えっ!?そうなんですか!?」
「ああ。大体、俺が本当に覚えていなければ、何故お前に学園を案内するなんて言い出せる?」
「っ!?た、確かに!!本来その約束を知っているのはあの時の先輩と私だけ。つまり、約束を覚えていなければ、そんなことを言い出すことなんてできない!!」
「そ、そうだぞ」
いや、言い出せますけど!?え〜〜〜!?何、この子!?あまりにも天然というか、チョロすぎてお兄さん、心配になっちゃうんだけど!!さっき俺との出会いを語ってる時に自分で約束のこと言ってたじゃん!!それに仮に当てずっぽうだとしても新入生を上級生が案内するなんて自然のことすぎて言い出せるだろ。
「そうなんだ!!やっぱり先輩は私のことを覚えていたんだ!!流石、先輩!!」
「お、おぅ」
今度は先程とは違い、キラキラとした瞳で見られ、別の意味で困ることになった。
「じゃあ早速行きましょう!!」
「いや、放課後からな?今は昼飯、食いたいし」
「っ!?そ、そうですよね。すみません、配慮が足りず」
俺はそれに対しては特にフォローしなかった。彼女の一連の行動を見れば、フォローのしようがないからである。
「うわ〜楽しみだな〜」
まだ放課後ではないというのにウキウキとしている葉月の目の前で俺は胃がキリキリするのを抑えられなかった。
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