第五話:無視

放課後、俺が霜月をつけ回し…………もとい観察したあの日から数日が経った。その間に変わったことといえば、霜月が小休憩の時に教室を出ていかなくなったことだ。理由は分からないが、そこをチャンスと捉えた俺は霜月の牙城を崩そうと果敢に攻め立てることにした。具体的にはずっと横から視線を送り続けたり、積極的に話しかけたりだ。そして、今日も同じく話しかけたのだが………………


「あ〜春だからか、最近暖かくなってきたよな」


「……………」


「そのせいか、常に眠くてさ。この間なんか、授業中に爆睡しちゃって先生に怒られちゃったよ」


「……………」


「春眠暁を覚える。おかげでこっちは勉強に身が入らず、このままだとテストはやばいな」


俺の問いかけにうんともすんとも言わない霜月。まぁ、こんなのは今に始まったことではない。おそらく俺など眼中にもないのだろう。しかし!ここで諦める訳にはいかない。ここまで来れば意地だ。俺は無視も承知の上でこれからも話しかけ続けるのだ。


「それでさ」


「なぁ」


「なんだよ、圭太。今、良いところなんだから邪魔するな」


「いや、どこが良いところなんだよ。さっきから相手にされてないじゃんか」


「い、いやっ!そ、そんなことはないぞ?」


横槍を入れてきたのは前の席に座る悪友、圭太だった。彼は頬杖をつきながら、ぼ〜っと俺の顔を見ていた。


「はぁ〜…………まぁ、別にどうでもいいけどさ。それより、いいのかよ?」


「あ?何が?」


「長月だよ、長月。こんなところで別の女に尻尾振ってる暇があるなら、本命にいけよ」


「い、いや。それはまだ今のタイミングじゃないっていうか…………ゴニョゴニョ」


「お前なぁ…………そんな悠長にしていたら、誰かに取られちゃうかもしれないぞ?なんせ長月は学園の人気者なんだからな」


「そ、そんなこと分かってるよ!!でも、その勇気がな」


「いや、霜月にはガンガンいってるじゃん。その厚かましさを別のところで発揮しろよ」


「は?それとこれとは話が違うだろ」


「は?」


「だって霜月にはいきやすいじゃん。でも長月にはそんなことできないだろ」


「ん?好意があるかないかの違いか?」


「いや、感覚的な問題なんだけどさ。なんか長月よりも霜月の方がじゃん」


そう俺が言った瞬間、何やら隣の席が軽く音を立てたような気がしたが、まぁ気のせいだろう。


「いやいや、どう考えても長月の方がとっつきやすいだろ。長月なんか、いつもニコニコしているし明るいし、誰にでも気さくに接してくれるから」


「そうなんだけどな………………ん?ちょっと待て。その言い分からすると、もしやお前も長月のことを?」


「は?何でそうなる?俺は周知の事実を話しただけだぞ」


「よし。その冷静さはシロと見た。ふ〜っ、良かった。お前とは争いたくないしな」


「どこで焦ってんだよ。安心しろよ。俺はお前を応援しているんだから」


「圭太…………」


「それに俺の好きな人は他にいるし…………ボソッ」


「ん?誰だ、それ?俺の知ってる人か?」


「き、聞き耳立てるなよ!!そこは知らないフリをするのが普通だろ!!全く、女心っていうものを分かってねぇな」


「聞き耳じゃないだろ。目の前で言われたら、聞こえるわ。ってか、女心ってなんだよ。お前、男だろうが」


「彼女ができた時に苦労するぞって言いたかったんだよ!」


「おまっ!?彼女って……………気が早いな〜もう」


「ニヤニヤするな。気持ち悪い」


圭太は俺を侮蔑の目で見ながら、こほんと一つ咳払いをした。


「話を戻すが、長月はそんな感じで人当たりがいい。でも、霜月の方はさ…………あれだろ?」


「ん〜そうか?まぁ、客観的に見れば、そうなんだろうが」


「とにかく、こんなところを長月に見られたら、それはそれで勘違いされるぞ」


「はははっ。まさか、そんな訳」


「ん?なになに?私がどうしたの?」


その時、教室の隅の方から長月がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。俺は突然の事態に頭がパニックになり、慌てて答えた。


「っ!?い、いやっ!!別にどうもしないから!!」


「本当かな〜?はっきりと私の名前が聞こえた気がしたんだけどな〜」


長月は冗談を言うような感じでクスッと笑った。対して、俺はといえば、その笑顔に見惚れて固まってしまった。


「そういえば、話は変わるんだけど如月くんって霜月さんと仲良いんだよね?」


「………………は?」


ところが、長月の斜め上からの発言に硬直を解かれた俺はたっぷりと間を空けてから、思わず聞き返した。


「だって席替えのあった日も凄い勢いで話してたし、今日だって、しきりに話しかけてなかった?」


「い、いやそれは…………」


困った俺はチラリと圭太を見ると「ほれ、言わんこっちゃない」という態度をしつつ、ため息をついていた。


「だから、私ピンときちゃったの!二人は実は付き合っていて、ずっとそのことを隠していたんだけどあの日はついに我慢できなくなって爆発しちゃったんだって!!」


「ち、ちょっと待ってくれ長月!!馬鹿な俺でも分かる。今、物凄いすれ違いが起きてるって!!」


興奮した長月はそれでもその勢いが止まることなく、次の瞬間、驚くべき言葉を口にした。


「そこで如月くんにお願いがあるんだけど」


「お願い?」


「せっかく一緒のクラスになれたんだし、仲良くしたいと思って」


「っ!?ま、まさか俺と………」


「霜月さんと!!」


「あ〜そっちね!!分かってましたよ!!どうせ、そうだろうと!!」


一人騒ぐ俺を不思議そうに見つめる長月。と思ったら、今度は両目をうるうるとさせてこう頼み込んできた。


「だから、霜月さんと仲良くする方法を教えて下さい!!」


「……………へ?」


「お願い!!霜月さんと仲良いの今のところ、如月くんだけなの!!」


「いや、俺も別に仲が良いって訳じゃ…………ゴニョゴニョ」


「やっぱり…………駄目?」


「っ!?そ、そんなことないぞ?…………ん〜でも俺も特別なことしている訳じゃないしな。ただ話しかけてるってだけで」


「へ〜!!そうなんだ!!


子犬のような長月の表情を見た俺は終始、裏声になりながら早口で捲し立てた。すると長月はそんな俺の様子も気にすることなく、まるで長年の謎が解けたといわんばかりに表情を明るくさせ、今度は霜月の方を向いた。


「霜月さん!!初めまして……………でもないよね?クラスも一緒なんだし、自己紹介もあったしね」


「……………」


俺は内心、かなり焦っていた。あの霜月のことだ。どうせ俺にしているのと同じで長月のことも無視し続けるに決まってる。そうなった時、恥をかかせた俺は長月に嫌われてしまうかもしれない。もし、そうなったら俺は……………


「私ね、ずっと霜月さんと話したいと思ってたの。だって、せっかく同じクラスになれたんだしさ、それに」


「……………かしら」


「うん?」


「そういうのやめてくれないかしら」


「え………」


その瞬間、教室中が鎮まり返った。今まで実現することのなかった学園の二代有名人の会話。誰もが驚き、固唾を飲んで見守っていた。そんな中、俺は別の意味で驚いていた。あの霜月が話をしている。俺のことは無視なのに。


「せっかく同じクラスになれたから、何?もしかして、クラスメイトとは絶対に仲良くしなきゃいけない法律でもあるっていうの?」


「い、いや…………そんなことはないけど」


気が付けば、あの誰とでも仲良くやれる長月が押されていた。こういう時、惚れた相手を助けるのが普通……………なんだろうが、俺は不思議とそういう気にはなれなかった。何故なら、霜月の続きの言葉が気になってしまったからだ。


「せ、せっかくなんだしさ」


「その"せっかく"だとか"運命"だとかいうクサイ台詞はやめて。あなた達のそういうのが嫌なの」


「っ!?そんな言い方」


「"善意"を盾にした"自己満足"に私を利用しないで。はっきり言って、迷惑よ」


「霜月さん?その辺にしといた方がいいんじゃないかな?ほら、周りも見てるし」


「あなたが仕掛けてきたんでしょ?都合が悪くなると逃げるの?」


「逃げるなんて…………」


「それにもっとはっきり言ってやるわ………………私、あなたのこと大嫌いだから」


「っ!?」


その瞬間、教室内に頬を思い切り叩く音が響き渡った。音の発生源には今まで見たことないぐらい顔を怒りに染めた長月と相当強い力で叩かれたはずなのに表情を一切変えない霜月がいた。


「くっ!?」


そして数秒後、軽く顔を歪ませた長月は慌てて教室を飛び出した。当然、今起きた出来事に教室内は騒然となり、俺はといえば、どうしていいか分からず走り去った長月を追わずに霜月へと声を掛けた。


「大丈夫か?」


「……………追わなくていいの?」


「いや、それよりも霜月のことが心配だ。凄い音がしたからな」


「随分とお人好しなのね。私なんかを心配するなんて」


「当然だろ。元はと言えば、俺のせいでこうなったんだし」


「いいえ。あれは完全に私のせいよ。最後のは言わなくても良かったんだし」


「っ!?……………あのさ、霜月。あれはその」


「本心よ。我慢ができなくなって爆発しちゃったの」


「ん?その台詞、さっき長月が言っていたような………………ってお前、こっちの会話聞いてたのかよ!!」


「一つ言っておくわ。"春眠暁を覚えず"よ。暁を覚えてどうするのよ」


「それも聞いてたのかよ!!ってか、俺間違えてるし!!恥ずかしい!!」


霜月はその時、珍しくクスッと笑ったような気がした。そもそも今のやり取りも本当はしなくても良かったはずだ。いつも通り、俺なんか無視し続ければ……………しかし、霜月はそうしなかった。そして、俺にはそれがあえてやっているように見えた。俺に軽口を叩くことで自分は無事であることをアピールし、俺に罪悪感を持たせないようにしていると。考え過ぎだろうか?しかし、もしこれが本当だとすると霜月クレアという人間は実はとんでもなく優しさで溢れているのかもしれない。


「霜月!!俺、誤解してたよ!!お前、本当は」


「………………ぷいっ」


「おいっ!!何でこのタイミングで元に戻るんだよ!!せっかく話せると思ったのに!!」


うん。たぶん俺の思い込みだな。

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