第四話:観察

次の日、俺は早速行動に移そうとしていた。昨晩、霜月クレアをギャフンと言わせる方法をずっと考えていたのだが、いい案はなかなか出てこず、気が付けば俺は眠りに落ちていた。そして朝になってもこれといった案が思いつかなかった俺はとりあえず敵の城を落とす為にはまず敵のことを知る必要があると考え、霜月クレアの一日に密着してみることにしたのだ。まぁ、密着とはいっても本人の許可を得て近くから観察する訳では当然ない。こちらが勝手に本人に気付かれないよう観察するだけだ。


「よし、まぁやってみるか」


俺は気合いを入れると教室の入口を潜った。本日の戦はこうして始まったのである。




           ★




「え〜であるからして、紫式部は和歌を詠んじゃったってわけ」


歴史の授業を適当に聞き流しながら、横をチラリと見る。そこには相変わらず退屈そうに外を眺める霜月がいた。ちなみに今はこの日、最後の授業中である。ここにくるまでに授業と授業の小休憩、昼休みと霜月を観察しようとしたのだが、それはほとんど失敗に終わった。何故なら、彼女は授業が終わるとすぐに教室を出てどこかへと行ってしまい、戻ってくるのは決まって次の授業開始ギリギリだったからだ。そして昼休みに至っては一体どこで昼飯を食べているのか、校内のあらゆるところを探したのだが結局見つからなかった。それなのに昼休みが終わる寸前で悠々と戻ってきた時は身勝手だとは分かっているが怒りが湧いた。全く、これだけ俺が必死になっているのにこいつときたら……………なんか、またムカムカしてきたぞ………………ってか、この教師、さっきからギャルみたいな口調だな。おっさんだけど。


「まぁ、いい。最後の希望…………放課後がある」


俺は新たに気合いを入れ直すと残りの時間を霜月をどう観察するか、考えて過ごした。


 



           ★


         



「これ、側から見たら俺がストーカーしているように見えるよな?」


待ちに待った放課後。現在、俺は霜月を尾行…………もとい遠くから観察していた。霜月は放課後になるとすぐに教室を出て、学園から少し離れたところにある商店街へと向かった。途中、アクセサリーを売っている店やペットショップなどに興味を示して一度立ち止まっては中を覗き込んだりはしたが、結局店に入ることはなく、少しだけ悲しそうな表情をしながらその場を離れるということを繰り返していた。


「あいつは一体何がしたいんだ?」


商店街に入ってからも様々な店に興味を示すものの、中に入る勇気がないのか、はたまた金を持っていないのか、やはり立ち寄らずにその場を去っていった。


「ん?」


すると、そんな中、気が付けば霜月は商店街の気の良いおばちゃんに何やら話しかけられていた。


「ほら、そんなに気になるんだったら、一つ食べていきなって」


「い、いえっ!わ、私はただ…………」


珍しいこともあるもんだ。あの冷静沈着、そして鉄面皮の霜月が顔を赤くしながら取り乱している。


「ほら」


「す、すみません。じゃあ、お一つ頂きます」


「どうだい?」


「っ!?とても美味しいです!!私、こんなに美味しいもの初めて食べました!!」


「大げさだねぇ〜まぁ、でも嬉しいよ。ありがとう」


俺は気が付けば、霜月へとスマホを向けて彼女の写真を撮っていた。顔を赤くしながら慌てふためく霜月、おばちゃんからもらったコロッケをとても幸せそうに頬張る霜月、そして再び顔を赤くしながら慌ててお礼を言う霜月……………俺は色々な表情の写真をフォルダに収めながら、再び動き出した霜月の後を追った。だが、それもすぐに断念せざるを得なくなった。


「うおっ!?マジかよ」


なんと商店街にはおよそ似つかわしくない黒塗りの高級車がやってきたからである。周囲も軽く騒然となり、人の群れでごった返し始めた。その為、霜月が見えなくなりあっという間に見失ってしまった。


「くそっ!!」


と、そんな俺の横を例の黒塗りの高級車が通り抜けた。俺はそれを見送りつつ、もしやあれに霜月が乗っているのでは?という疑念が湧いたが……………


「まさかな」


すぐにその考えを捨てた俺はその後、家路を急いだ。






            ★





「迎えはいらないと言ったはずよ」


「お嬢様、分かって下さい。これも正信様がお嬢様を想ってしていることなのです」


「あんなところに現れたら、周りに迷惑でしょう?それは黒津、あなたも理解しているはずよ」


「……………」


「それにあの人が私を想ってしているなんてあり得ないわ。あの人は私のことを霜月家の跡取り、もしくは大事な商売道具としか考えてない。私個人のことなんてどうだっていいのよ」


「ですが……………」


「以前も言ったはずよ。あの人が私個人を心配したり大切に想うなんてことはない。黒津の迎えだって、万が一私に何かあったら霜月家が揺らいでしまうもの。そこに父親としての愛情はないわ」


「………………」


「あと、あまり私の肩を持ち過ぎないようにして。次、あの人に何か意見したら、たとえあなたといえどどうなるか分からないわ」


「承知しておりますとも。私は狡賢いですからね。自分の保身が第一です」


「よく言うわ。黒津の優しさは度が過ぎているのよ。分かっているの?………………あなたしか私の味方はいないんだから」


「いいえ、お嬢様。何度も申し上げている通り、いつの日か、お嬢様のことを親身になって考え寄り添ってくれる方が現れます。なんせ、あなたは私が知る限り、最も純粋で優しくどこか放っておけない方ですから」


「全く……………よく言うわ」

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