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「お疲れ様ぁ」
少し歩いて戻ったところの道路で、社長が車から煙草を持ったままの手を振って待っていた。
「さすがに今回のは苦労したろ。よく解決したな」
車を見つけるなりアキノさんは迷うことなく隣の座席のドアを手で開けてすべり込む。
「台風は去ったけどわざわざ迎えにきてくれたってこと? 零細企業ウイルス駆除サービスの社長ってのは暇なんだな」
「いや労ってるじゃん」
「お医者さんでもあるまいし、そこまで感謝されてもね。さっさと次に行くよ」
ぼくは社長が後ろのドアを開けてくれたので、アキノさんの荷物を置いた席の隣を借りる。
「新型のデータ取った?」
「ああその件で来たのか。取ってきたよ、普通は捨てるくらいの大容量のゴミを」
腕を組んだまま真後ろの自分の鞄を指す。
「で、社長が出張るってことはこのままデータを対策課に届けるってことでいいの?」
「そうだよ。悪いねケイト君、ちょっと寄り道するけど付き合って」
車は社長の指示に忠実に走り出す。
「新型に対する処置の仕方はある程度定まってるんですか?」
「それがまだなんだ。ちょっとややこしくなっててな」
先程アキノさんに無視された点を質問すると、社長は簡潔に回答した。まだだったらまだって言ってくれればこっちも納得するのに。
「ただ正体は少しずつ分かって来てるよ。残念ながら知りたくないような悪魔みたいな事実がね。人工ペットって知ってるか?」
「人工…………?」
機械のペットは世間に浸透しきっていてペットと呼称されている。それとはまた違った、嫌な響き。
社長は皮肉っぽく笑いながら水蒸気を吐く。
「本物の生き物の身体にさえ潜り込み、そのデータやDNAを複製する。それが新型の、人の手が加わった新型のラビュリントウイルスの特性らしい。まあ詰まるところ自然発生なんかじゃない、人間の手によって改造されたウイルスだ。しかも関わってるのは今日日文明を支えていると言っても過言ではない大企業のいくつか。それはもうすでに政府の優秀な研究者が痕跡を発見してるから揺るぎない事実なんだよな」
自然発生型と呼ばれた異質のラビュリントウイルスが、人為的悪意の具現化であるマルウェアに先祖返りしたかのよう。
水蒸気は言葉と一緒に吐き出され、彼が息継ぎをするころには透明になって空気の中に溶けていく。
「データを複製すればそのウイルスはその個体のプログラム通りに振る舞うようになる。こいつに肉と毛皮を与えてやれば、立派な愛玩動物の復元の完了ってわけだ」
愛玩動物の復元。
「肉や毛皮に似た素材なんて簡単に作れるね。」
「そう。動物に合わせた柔らかさに作れば違いなんてわからない。犬でもウサギでも……極論、鳥でも。まさしくコピーペットだよな」
気持ちわりいけど、と嘲笑を含めながら社長は言う。
頭がくらくらしてくる。なんだ、その意味のわからない傲慢な価値観は。
「人間のためにペットを作るなんてこと自体、順序が逆でしょう。動物が先であって、ペットは後から生まれた概念だったはずだ」
これが世に出て認められてしまったら、いよいよ本当の生き物の生き場所がない、ただでさえ、自然に住む場所ももう残り少ないというのに。
社長が煙草を深く吸っている代わりに、アキノさんが静かに愚痴る
「……止めたけりゃ、こんな小企業の力を借りなきゃ動けないような政府に力を貸すしかないってわけ。いくらもらえるかもわからないのに、コストばっかりかかる仕事だね」
「ああ、くれぐれも採取したウイルスとかペットのデータを流出しないように。この開発自体、法的に認められてないものだからな。あっち側に協力したら捕まるぞ」
「ただいま」
今日はベッドじゃない場所でぐっすり眠っている。食事スペースを確認するとちゃんと皿は空になっており、おそらく今日も何事もなく過ごされたのだろう。
と、スピーカーが上司からの着信を知らせたので応答する。
『言い忘れてたけど、一昨日から猫を預かってるんだよね』
「猫?」
『そう、本物の。灰色で、縞々の。この辺に猫なんて他にいないでしょ。ちょうど台風が来る日の朝にその辺をフラフラしてたから、一応保護しといたんだけど。君んとこの猫だろ? 迎えにきてやって』
「え、でも、いますようちに。今ソファで寝て…………」
ざわ、と血の気が引く。あの夜。
あの夜、ちらりと猫を窓の外に見かけたのは本当に見間違いだったのだろうか。
だとしたらここにいる相棒は。
どっちだ?
「…………クライ?」
模倣猫 端庫菜わか @hakona
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