第2話 父親だよね?


 ホッとするのは、やっぱり子どもたちに会えたこと。


 イヤイヤ期が終わってないフォルに真っ盛りのサステイン。アウローラはちょうど人見知りが始まってる。


 いろいろ工夫はしてくれているけど、どうしても普段接する人間が限られちゃうんで、対人関係のスキルが成長しにくいらしいせいか、かなり激しいえり好み。


 これは何とかしないとだよなぁ。


 ともかく三人から思いっきり拒否られたのでちょっとブルー。でも、パパはあきらめなかいらね。


 ほ~ら、れろれろれろ ばー


「ふん」


「……」


「ふぇーん」


 うわぁ~ 我が子に、ここまで泣かれちゃうなんて。


 激しく落ち込んでいると、父上がやってきた。なぜかニコニコである。


「よーし、よし、ジイジが来ましたよ~」

「じーたん!」

「じぃ!」

「はふぅ~」


 一転しての笑顔。あーちゃんまでニッコニコじゃん。


 何、この違い。


「ふむふむ。世界の東西を収める皇帝陛下も、我が家は治めきれませんなぁ~ はははは」


 ドヤ顔である。


 あれほど真面目で小心者な父上が、見たこともないほどのドヤ顔でマウントを取ってきている。


 これ、知ってるよ。


 バカジイジである。典型だ。


 お孫様に目がくらんで、他のことなんてどうでも良くなっているやつだ。


「お館様」


 いつになく厳しい顔の母上がスッと現れると、途端に父上が狼狽えた。


「え? あ、ち、違うんだ。ぼ、ぼくは、そのショウの代わりにだね、あ、そ、そんなぁああ」


 目が笑ってない母上が小さな声で「やっておしまい」と命じるやいなや、ワラワラと湧き出すメイド軍団がジイジを取り囲んだ。


「さぁ、お館様、あちらでお茶の用意など調っておりますので」


 ヘクストンと、トンストンの親子が一緒になって無理やり父上を引き剥がして引きずっていってしまった。


 遠くで、未練がましい声が聞こえている。


「あ、あれは、(孫ウケをする)良い、ツボなのにぃ~」


 メイド軍団の「連行」は容赦のないスピードだった。


 すごいチームワークだね。


「ごめんなさい。孫が可愛くて可愛くて仕方ないらしくて。帰ってきたショウに盗られる感じなんでしょうね」

「え?」

 

 なんか、BSS的な? あるいはNTR?


「ショウが側にいてやれないから、父親の自分が代わりに愛情を注ぐんだだなんて。も~ あなた達の父親だった時よりも、親馬鹿を発揮しているわ」


 母上が、ここまで露骨な苦笑いするのは珍しい、と言うか初めてである。


 どうやら、父は皇宮へ通うよりも、こっちの「皇帝私邸」に来ることの方が多いらしい。なんだったら、毎日、来たいと叫んでいるらしい。これが比喩じゃなくて、毎朝「今日こそフォルとお馬さんゴッコだ!」だとか「いないないバァの極意を掴んだ。これでテインが」だとかと叫んでいるらしい。


 恐ろしい。


 伯爵とは言え、父は「皇帝陛下の父」でもある。こちらに来るとなったら、カーマイン家騎士団だけの話ではなくなるんだ。さぞかし、迷惑を掛けただろう。


 母上も、改めて頭を下げてみせる。


「ごめんなさい。だからメリッサちゃん達には、とっても迷惑を掛けちゃってたの」 

「いえ。迷惑だなんてすこしもありませんわ、お義母様」


 メリッサの言葉にアーちゃんを抱いたニアもウンウンと肯いている。ちなみに、アーちゃんは、一生懸命、オレのことを「見なかったことにしよう」とママの胸に顔を埋め中である。


 部屋の端ではバネッサが逃げ出したフォルを抱き留めて格闘中っていうか、説得してる感じだ。チラッ、チラッとこっちを見て目が合うと、そっぽを向かれるのが何気に辛い。


 そしてミネルバの抱っこの腕で暴れているのがテインである。


 うん、男の子だけにこっちは大変か。


 よし、こうなったら奥の手だよ。


「アテナ! アレだ、アレで行く!」

「はい」


 大陸制覇の父を舐めるなよ。東西を征服する過程で編み出した必殺技を使うときがついに来たのだ。


 ふふふ。

 

 今に見ておれ……


 ん? なんか、これ悪役ムーブじゃん。


 さすが皇帝私邸で働くメイドは動きが機敏だ。あっと言う間に用意が調ったよ。


「陛下。これでよろしいのでしょうか?」


 ?をいっぱい目に浮かべたメイドから小道具を受け取ったら、まず手ぬぐいを頭に載せて「スタート!」とゴーサイン。


 アテナが肩紐を駆けるとギターに似たものをリズムよく弾き始める。


 チャンカ チャンチャンカ チャカチャカ チャンチャン


♪ ア さて ア さて ア さて さて さて さて♪

 

 チャンカ チャンチャンカ チャカチャカ チャンチャン


 ♪さて さて さて さて さて さて♪


 軽妙な音楽に、こっちを見た子どもたちが目を丸くしてるよ。何しろ、あの頃よりも、リズムをお子様向きにアップテンポにしてある。


 ポカンとした口が可愛いなぁ。


 でも、これでつかみは完璧。


 よし、もらったぁ~


 振り付けも一新したからね。


 ♪あっ さて あっ さて さて さて さて さて♪


 ふふふ。リズムにサンバも取り込んだから自然に身体動いちゃうよね。すぐにノリノリのフォル。


 チャンカ チャンチャンカ チャカチャカ チャンチャン


 ♪さぁ~て 取り出したりますは たぁま すぅだれ♪ 


 テインもリズムに乗りだした。リズム自体は単純だから、乗るのは簡単なんだよねって思ったら、メイドさん達まで乗ってるよ。

 

 ♪チョイと 伸ばして チョイと 伸ばせば♪


 いきなり、四角いすだれが棒に伸びたから、全員が「わぁ」と感嘆の声。


 気分いー


♪浜辺に  魚釣る 竿に さも 似たり♪


 チャンカ チャンチャンカ チャカチャカ チャンチャン


♪魚釣る 竿が お目に とまれば元へと直す♪  


 わぁ!


 長く伸びた棒が四角いすだれに戻ったのを見てフォルまで歓声を上げた。


♪あっ さて あっ さて さて さて さて さて♪


 パチ パチ パチ パチ パチ パチ

 

「ショウ様、このようなダンスをどちらで?」


 ミネルバが思わず口にした。


「あ、えっとぉ、西を征服するのにちょっと使ったんだ」

「え?」


 全員が、目を点にしちゃったけど嘘は言ってない。


「もっかい!」

「もういちど」


 テインとフォルが同時におねだりだ。


 よし、パパ、頑張っちゃうからね!


 子どもたちのハートを掴んだのは良いんだけど、それから延々と1時間くらい繰り返しやらされた。


 この程度で疲れはしないけど、なんかメイドさん達が洗脳されたみたいになっちゃって、廊下のあっちこっちで「あ、さて、あ、さて」って小さく歌う声が聞こえちゃったのは、後の話だった。


 ともかく、大人達にゼツミョーなリズムを刻み込んだオレは、子どもたちの笑顔を手に入れて大満足だったんだ。


 フォルとテインが欲しがったので専用のを作ってあげたんだけど、その時に竹を切りに行ってくれた男の後ろ姿を見て「あ、あいつがいたじゃん」って思いだしたんだ。


 ゴールズにいるはずの、あの男はいつのまにか皇族専属護衛を務めていたらしい。


 相変わらずの陰キャムーブは身にまとっているけど、剣の腕は確からしい。切り出してきた竹の切断面は見事に真っ直ぐ。


 職務にも忠実で、きちんと護衛を務めているらしい。あ、オレの言っておいた「5メートル離しておくこと」は妻達を護衛する際に守らせているらしい。


「いつかは、特別な護衛依頼の褒美に椅子を欲しがったりして、いささか欲がないのが欠点かも知れませんね」


 とは、メリッサの言葉である。


 よし、これなら、コイツでいけるかも。


 さっそく、首脳達に相談したんだよ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

あの男のネタに入るために1話使っちゃいました。すみません。

さて「コイツ」呼ばわりされながら、運命やいかに。

真面目な話として、カーマイン伯爵の今って「逃避」中です。本来は地味で目だったない貧乏伯爵家の当主で終わる人生が、なぜか「皇帝の父」として何をやるのも目だって、一目置かれ、何をしても美談にされてしまいます。孫との時間に逃げたくもなる気の小さいカーマイン卿を許して上げて下さい。ちなみに、妻妃軍団は、そのあたりを理解して生温かい目で見ています。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 


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