第7章 南部編
第1話 ラインとスタッフ
部屋に入ると案内の者はすぐに下げられた。
目の前のソファーに座るはリンデロンとハーモニアス。
こっちにはメロディーとオレ。
ブラスもこの屋敷にいるけれど、敢えて席を外してもらったのは「家族」としての会話をするためだった。
ここにいるのは純然たる家族だけ。体力のことを考えると貴族式の挨拶をしている余裕があるか不安だからだ。ここは「非公式モード」で通させてもらおう。
「ご無沙汰いたしました。お義父上。ご回復のご様子、何よりです」
「ありがとうございます。ふふふ。ショウ君らしい。こういう時も実質主義ですね。いや、これは私を気遣ってくれたんでしょう」
小さく笑って見せた。頬がこけたままだけど、目に力が戻っている。
それにしても、さすが。
リンデロンは素早くこっちの意図を察してくれた。
「おかげさまでだいぶ回復してまいりま…… 回復しました。室内なら、こうして座って話すこともできるようになりましたのですから、もう大丈夫でしょうら」
通されたのは私室だったけど、応接用のソファが用意されているところを見ると、相当、回復してきたのがわかる。
リンデロンも、オレ達の立ち位置の微妙さに、少々戸惑っているから言葉遣いに迷いが出てる。
まあ、仕方ないよね。オレ自身も前世の記憶と感情が引っ張っているせいで、倍ほどに年も離れた義父である公爵様ってこともあって敬語で話したがっているんだから。
「
「よくぞ、ご寵愛を、あ、んっ、愛情をこめてくださった。父として心から感謝する」
お互いに頭を下げるのも作法のウチだ。でも、母親のハーモニアスは終始ニコニコ見守っていて、メロディーは少し恥ずかしそうだった。
それでも、大きなお腹に手を当てる姿はどこか誇らしげだし、ハーモニアスは、それを見て柔らかな温かい眼差しをしながら微笑む。
義父は嬉しさと困惑とが入り混じりつつ、いつの間にか大人になった娘に、どこか狼狽えている雰囲気が微笑ましい。
さっきからチラチラと「妻」を見ては救いを求めるような眼差しとなる。「歩く権謀術数」だとか「
ここにいるのは単なる新米おじいちゃんの顔をした男であった。
国というレベルの話を飛び越えて、今、この空間だけは父と娘、母と娘、そしてその夫という極めて平凡な幸せな世界がここにある。
しかし、深々と下げていた頭を上げた時だった。
『え?』
そこには元王国法務外務大臣としての謹厳な顔があったんだ。
その横でハーモニアスまでもが凛とした公爵夫人の顔になっている。
あ~ なんとなく、察し。
「聞きましょう。何をお企みかを」
「少々、お待ちください」
卓上のベルを鳴らせば、すぐさまノックをして入って来たのはブラス。
下座に立って、臣下の礼をしてきたブラスに指示するのはオレの役目。
「大臣の横に座りなさい」
「はい」
その指示は予想していたのだろう。水が流れるがごとき自然な動きで、大臣である父の下座に置いてある小さな椅子に腰掛ける。
すました顔のリンデロンを見る限り、どうやらここも予定通りらしい。
目顔で言葉を促した。
「陛下に申し上げます。この度、正式に大臣の職を辞すことにいたしました」
「今、回復したと申したばかりでは? 引退とは、これはいかに」
実は、法務大臣と外務大臣の職は正式に交代させたわけではなかったんだ。まあ、あくまでも文章上のことだけどね。
それであっても、大臣として正規の仕事は無理として、ブラスの監督役なり相談役でいてくれるだけでも安心感が違うだけに職を辞されるのは精神的に痛い。
「自分の身体と心が、自分で思っていた以上に頑丈にできていたことを、半ば呆れ、半ば呪っている次第です。これでは引退すると言い出すこともできませぬ」
「回復したのなら、めでたいことだと思うが」
やめる必要はないだろ?
「いつまでも
「引退はしない、けれどもブラスから離れる? となると、それは」
「さすがでございますね。これは陛下のお心にもかなうはず」
ピーンときた。
まったく、ノーマンと言い、本当に食えないオッサン達だ。
つい先ほども、シュメルガー家でそっくりの会話をしてきたばかり。違いは、ブラスの代わりが凡人宰相と呼ばれるアレクだったことだけ。
「はぁ~ 全く同じ発想、同じ結果を導くのだな」
「と仰いますからには、あの男も同じ話を?」
「違いは、すぐに、一つ付け加えただけだったぞ」
「ああ。あの男のことだ。本決まりになるまで王国の耳をふさいでおくとよろしいでしょう、あたりでしょうな」
さすがぁ。
冷たい笑顔は、まさに以前の通りのものだ。
体力はまだまだであるにしても、どうやら頭の切れは戻ってきたんだろう。
「では、ノーマンと同じ立場を与えるとしよう」
「かしこまりました。オウシュウ統治副顧問を務めさせて頂きます」
「おや? まだ、全盛期の切れは戻ってないのか」
「と仰いますと?」
「外れだ。そなたの役職はオウシュウ統治最高顧問とする。顧問であれば、どちらが正で、どちらが副であっても困るまい? ロースターを助けてやってほしい」
「なるほど。ラインではなく、スタッフならではのことですな」
すげぇ。前世の組織論をちゃんと知っているよ、このオサン。
ラインとは指揮命令系統のつながりのこと。これは「どっちが決裁権限を持つか」を常に明確にしておく必要がある関係だ。
一方で、スタッフは決断をしてはいけないという立場だ。様々な選択肢を役職者に用意してあげる立場なので、スタッフ間での序列があってはいけない。
これは、課長の具申を部長が決裁するのがラインの仕組みで、平の取締役みたいに、上下の立場はない代わりに「担当部門」が分かれている仕組みがスタッフなんだってやつだよ。
ロースターには、この二人がそれぞれの立場で入れ知恵するってことになる。幸いにして、豊富な経験を持つ知恵者から良きアドバイスをされれば、受け入れるだけの度量もあるし理解能力もあるのがロースターだ。
この三人のタッグは必ず上手くいくはず。なにしろ、旧ガバイヤ領を統治するのは「ガバイヤ王国公爵家」の経験とはずいぶんと違う決断が必要になるんだからね。
ロースターの相談相手として、サスティナブル王国の
同時にオレの方もホッとしていたのは事実だ。
『これでベイクを呼び戻せる』
ロースター鎮正将軍一人に任せるのはあまりに申し訳なくて、ベイクを置いてきたのは仕方ないけど、こっちとしてはいろいろな意味で痛かった。
なんだかんだで、武を嗜んだ政治の天才は敵国を征服する時にいてくれると助かる存在だからね。政治のこともある程度見通せる軍事の天才ミュートと組ませれば、ゴールズを最高に使いこなせる。
「それでは、最高顧問の責務を謹んで拝命いたします」
「よろしく頼む」
「はっ。では、妻ともども、孫の顔を見た後にすぐさま出立いたします」
ニヤッ
う~ん、やっぱりかなり性格が変わったかも。ちゃんと孫を優先するあたり。
「陛下」
「なにか?」
「性格は元からでございます」
ぐっ
なんで、みんな、オレの心を読むんだよ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
ちなみにエルメス様はキュウシュウで「魔王」が定着しています。
リンデロンの「王国の耳」は何度も出てきましたが、ノーマンの二つ名である「王国の魔神」が出てきたのは、第1章以来な気がします。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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