第78話 皇帝は未来を抱く
皇都の熱狂は凄まじかった。
「凱旋式じゃないんだけどなぁ」
宿敵のガバイヤを征服してきたんだ。凱旋式はもちろん行うが、それはゴールズが帰ってきてからだし、場合によっては神聖国王やロースターも呼ぶことになる。
準備に3ヶ月はかかるよ。
今回は、馬車を前後する騎士達を含めて単なる「帰都」の行列なのに、民からは凱旋式を思い起こさせるほどの大歓声だった。
通る道々が花で埋め尽くされている。
後で聞いたけど、全てが市民の自発的な持ち出しだったらしい。誰もが宿敵だった国を征服してきた「若き英雄」である皇帝陛下の通る道を花で埋め尽くしたいと考えたらしい。
豊かな商人達は周辺から花をかき集めてバラ撒いた。オレのやり方はすでに知っているからか、周りから摘んでくるのもバラ撒くのも孤児達を中心に任せたらしい。
一方で貧しい人達は近くの野原から一輪の花を摘んで差し出してきた。
ある程度は覚悟していたモノの、これだと予定の行動がとれないかもなぁっと思ったんだ。
でも、ブラスはきちんと仕事をしてくれていた。
皇宮広場(旧王宮前広場)に一行が入ってから、選び抜かれた女性達がドッと誘導されてきた。全員が赤ん坊を抱きかかえたお母さんだ。
馬車からオレだけが降りて、女性達を迎えた。この人達は「皇都で出迎える民衆の代表」という触れ込みになっている。
やっぱり、戻ってきた皇帝が人々と触れ合うシーンを見せるのが一番効果的なんだよ。
こういうのが一番、民にウケるし、無難なんだ。
女性達は、抱きかかえる子どもがいるんでムチャはできない。ワクワクしてオレを取り囲むけど、乱暴な動きをしないのは腕の中の子どもが歯止めになっているからなんだよね。
もちろん、何となく選ばれているように見えて、この女性達は身元が全部調べ尽くされているはずだ。ブラスが手抜きをするはずがないよ。もっとも、アテナがすぐ後ろにいるから、どんな場合でも対応はできる。
だから、女性達から次々と差し出される赤ん坊の頭を撫でて、女の子だと思ったら「可愛いね」「器量よしだねぇ」を交互に使う。男の子と思ったら「元気に育て」と「この国を頼むぞ」を交互に言って、あとは適当にアドリブを入れながら50人ほどだ。
一見乱雑に囲まれているような感じだけど、囲んでいるお母さん達は選び抜かれているだけに、嬉しそうにしながらも、きちんと順番を待てる程度にはわきまえている。この感じだと男爵家、騎士爵家あたりの下位貴族の娘なのかもしれない。
仕事の抜かりがないのがウリのブラスだから、安心だよ。
そして、最後の一人になった。
ひどくくすんだ服を着た女性がいた。
クンッ
あっ! このニオイは!
オレは努めて顔色を変えないようにした。
「おやおや、お名前は?」
「はい。フューと呼んでいます」
「元気なんですか?」
「はい。困っちゃうくらい暴れん坊なんです」
女はソバカスだらけの顔を嬉しそうにする。
「ちょっと抱かせてください」
「ありがとうございます」
腕の中の赤ん坊は、とっても、とっても重かった。
「おぉ! この国を頼んだぞ!」
「ありがたきお言葉でございます」
腕の中にいたのは何秒もなかったはず。でも、この腕の中に抱けただけでも良しとしなければならないんだ。あっと言う間に抱き取られてしまった後の腕の空虚さ。
「どうもありがとう。どこかで再会を」
「はい。ぜひとも!」
こうして、生涯会えないはずのフューチャーを抱くことができたんだ。
けっして小さくないリスクを冒してまで来てくれたヒカリに感謝しながら、オレは皇宮前広場を覗き込んでいる民衆に、大きく手を振ったんだ。
おぉおおおおおお!
ビリビリと馬車が振動するほどの大歓声が上がった。
オレは帰ってきたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
「帰宅」早々に、会えないはずの我が子に会えたショウ君です。
ファントムとしては、つなぎの役割を果たす子どもを王に見せることは異例中の異例です。と言うよりも、今までに、そういう王はいなかった。新しい時代に入ったという象徴なのかも知れませんね。
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