第77話 帰途(改)
その後の道のりは、大軍団での移動となった。
結局、カイから増援が5千、クラ城からも増援が5千が届けられたんだ。ちなみにクラ城からはテノールが率いてきた。まあ、絶対来るとは思ったけど。
そして、来てしまったのである。
母親達である。
貴族家特有の「挨拶」が終わった後の本音モードでも、繰り返し言われたよ。
「本当に、我らが娘達にここまで良くしていただけるなんて。心から陛下のご厚情に感謝いたしますわ」
「お二人の真心が、陛下との愛の結晶を育まれたのですね」
高位貴族は政略結婚が基本だけど、オレ達の場合は事実上の「恋愛」があるからのは有名なこと。どんな世界であっても娘の幸せを祈る母の気持ちは同じ事。
母達も娘に向けられたオレの愛情を、何よりも喜んでいる。
実は皇都でも「皇帝陛下の愛情」が話題になっているらしい。結婚した後も恋人のように振る舞うことが多い皇帝陛下の立ち居振る舞いが若い貴族女性の憧れになっているんだとか。
だから、と言うべきか。皇都の劇場では「政略結婚であっても恋愛結婚として結ばれる」なんて話が大流行中だ。
おかげで若い貴族女性が「皇帝陛下のように恋をしてくれる相手」というのが憧れになっているらしい。
し~らないっと。
それはさておき、大公爵家の正夫人が来たんだ。奥方だけで来るわけがない。
皇都からシュメルガー騎士団2千、スコット家騎士団2千。共に領地からかき集めてきたし、東部方面隊から2千の大軍団がやってきた。
念のために言っておくと、騎士や兵士って「外敵」に備えるだけじゃなくて、警察的なお仕事が普段のメインだからね。幸いにして、超ハイテンションな好景気もあって、どこもかしこも人手不足だ。働こうと思えばどこにでも仕事のある状態となっている。
なんだかんだ言って、人間は働いて自分の力で食べていけるのが理想なんだよね。
普通に働いて暮らしが向上するなら、そっちを選ぶ人が大部分。もちろん、どんな世界でも犯罪に走る人は無くならないけど、そうやって仕事=収入があれば、好んで犯罪をする人は少なくなる。
結果的に、山賊の類いは激減。街中でも女性や子どもの一人歩きができるほどになった。
旧サスティナブル王国内だけでなくて、帝国全体の治安がかつてないほど良くなったから、各領地の「警察」を空にするようなマネができたんだよ。
そして元からいたアンスバッハとマイセン達の3千も健在だ。
あまりにも圧力の強い軍団が勢揃い。このままシーランダーを征服しにいけるんじゃねってな感じだよ。
いや、これだけ動員するなら、オレが少人数でガバイヤ王国をあれこれしてきた意味はなんなんだよ、と小一時間説教したくなるよね。
でも、まあ、両公爵家にとっては娘の一大事でもあり、皇帝に対する忠誠の見せ所って意味もあったんだろう。
それぞれの「母」は嬉しそうにやってきた。
二人とも深窓のご令嬢から大公爵家の正夫人だ。領地との往復や近隣の風光明媚な別荘に行く以外は旅なんてしたことがない。それでもなおかつ、駆けつけてきてくれたというのが重要なんだよ。
当然ながら、大公爵家の正妃が旅するのに、男所帯のはずがない。
それぞれが20人以上のメイド軍団を引き連れてきた上に、シュメルガー家の古参メイド頭レン、スコット家の古参メイド頭のベルも一緒だった。(レンは皇帝のメイド達を鍛えてくれていたけど、今は戻っている)
二人とも「何がなんでも」と志願して付いてきてくれたらしい。
謹厳実直な古参メイドの顔を懸命に保とうとしているけど、視線の端々に喜びが溢れているのが丸わかりだよ。すでに顔は「おばあちゃん」になっているのが微笑ましい。
メリッサもメロディーも、頼れる母親が二人来たような感じなんだろう。
もちろん、身分的な話を出したらアレなんだけどさ。二人とも「姫」が幼い時からお世話してきただけに我が娘って感じなんだよね。
そして、何だかんだで、メリッサもメロディーも前世で言えばJKのお年頃だ。身体は発達しているし、社会的な立場もあるし、それに伴う有為な経験がたくさんあっても、やっぱり心は子どもの部分がある。
オレとの愛情関係はさておき、やっぱり「母親」が側に来てくれて、顔つきが見事に柔らかくなったのをみて、心がチクッと痛んでしまった。
やっぱり無理させてるよなぁ~
ということで、なるべく「家族」でいる時間を作るため、母と娘、そしてオレという組み合わせで馬車に乗ることにした。もちろん、レンやベルも一緒だ。
メリッサとメロディーの実家の馬車に代わる代わる乗る感じだよ。でも、そればっかりになると、贅沢なもので「ショウ様と」と甘えてくれるので、そんな時間も作ってみる。
結局、休憩を多めに取りながら、1500キロの道のりを2ヶ月掛けて移動したんだ。
実は、案外とこの「ゆっくりさ」が部下達に好評だった。
ゆっくりとした移動だけに、本体の動きに合わせながらも戦闘部隊は「演習」を入れる余裕が生まれるのがミソ。
両騎士団も、東部方面隊も、そして結局クラ城からはテノールが率いてきた5千の警備部隊や、マイセン、アンスバッハ達が連日、激しく戦闘訓練をしていた。
何しろ「御前演習」だからね。
みなさん張り切り過ぎちゃうのが玉に瑕。
ただし、公爵家の両騎士団が一番浮かれていたのは事実だよ。何しろ久し振りに「お嬢様の護衛」ができる上に、お子がお腹にいる。しかも皇帝陛下の護衛もしているわけだもん。
両騎士団のテンションは異様に高くなるのは当然なんだ。
そしてアップル領(カインザー領)にてクラ城の5千とテノールともお別れした。これは、敢えて「命令」とした。
さもないと、両親のところを素通りするところだったからね。
ただ、皇帝としての「おもてなし」は受けるのは義務だ。素通りしちゃうと「皇帝がカインザー家に対して何かの不満が?」的に、痛くもない腹を探られかねない。
幸いにして、バリトンもお母さんのアネッサも帰領中だ。っていうか、通り道だから当然、出迎えに来てくれたってワケ。
もちろんテノールもここでは婚約者のニィルと共にホスト側。ちなみにすでに「子爵家令嬢」になっているよ。
宴のあれこれはさておき、久し振りの姉妹対面となったミィルのことを書かないとだね。
宴の疲れをとるためにカインザー家公邸に一泊した翌日のこと。
モティフィーヌとハーモニアスがメリッサと一緒にやってきた。
ちょっとかしこまった雰囲気を出す母達の訪問で、ちょっとビビるオレ。
「どうかいたしましたか?」
「実は、陛下におねだりがありまして」
「あぁ! もちろん、どうぞ。言ってくださると、こちらもむしろ助かります」
この会話を説明すると、貴族の慣習に戻るんだ。
貴族家の当主筋に娘を嫁がせて「男児」を授かると、実家にプレゼントをするっていう習慣がある。要するに「跡継ぎを産んだご褒美」って感じだね。
オレとしては「男児」に限ったことじゃなくて、カインザーにも、ガーネットにも、そしてハーバルにも平等にプレゼントをしてきた。
今回、貴族家の慣習によれば「シュメルガー家は贈り物をもらえて、スコット家には贈り物なし」っていうのが母達の見立てだ。
忘れちゃいけない。この世界では、エコーもないのにお腹の子どもの性別をピタリと当てる母達がいるってこと。二人の母の見解は完全に一致。ちなみに、アネッサも、メイド頭達の見立ても同じだ。
安定期に入った妊婦さんのお腹を見間違うわけがないってことらしい。
何しろ皇帝と最愛の皇后達の子どもだ。内々では分かっていたけど、事態があまりにデカすぎて、言葉にされたのは初めてのコトだった。
「今までの陛下のなさりようを拝見するに、スコット家にも我が家と同じ贈り物を賜るかと存じます」
メリッサの母、モティーフィーヌが笑顔で喋ってるところに、ミィルが「失礼します」と小声で断って紅茶をサーブ。
すかさず、モティフィーヌが「陛下、この者を、留めていただいてもよろしゅうございますか?」と鋭い声を発したんだ。
ちょっと、その呼び方にビックリした。
ミィルがオレの「最愛の一人だ」ってことをモティフィーヌだって知っているはず。しかも旅の途中は、使用人扱いではなくて、何度も、楽しくおしゃべりしてきた仲だ。
感じとしては「何を今さら?」ってことになる。
「え? あ、はい。ミィル、ここにいて」
「かしこまりました」
仕事モードで答えたミィルが待機ポジションに行こうとするとすかさずハーモニアスが言葉を挟んできた。
「陛下、この者に着席の許可をお願いしますわ」
「あ、は、はい」
陛下って呼ばれてるけど、なんだか「嫁の婿と母」の関係そのものだ。この世で最強なのは「母」だと思う。異論は許すけど、オレはその考えを変えないと思う。
ともかく、こういう時は女性に従っておいた方がいいと言うのがオレの生き方だ、エッヘン。
「ミィル。座ってくれる?」
「はい。かしこまりました」
異例の命令に、か細い声で答えるミィルに「こちらにいらっしゃい」とモティフィーヌが、手招きした。
え?
両目を「?」にしつつも、側仕えメイドの立場が大公爵家正夫人の手招きを断れるわけが無い。
二人の公爵家夫人の間に、座らされてしまった。
「ふふふ、さすが陛下でございますね」
モティフィーヌがイタズラな顔をしてきた。どうやら、わざとらしい。
「えっと…… あ~ もう降参ですよ。お義母上様方。説明してください」
この瞬間、両夫人は視線を合わせて目だけで「大成功」と伝え合ったのを確かに見たよ。
そしてモティフィーヌが嬉しそうに説明してきたんだ。
「さきほど、私が『この者』と呼んで、陛下はお怒りになりましたよね?」
なんだ、分かってるんだ。
「怒るって言うか、ビックリしました」
「ふふふ。でも、陛下、今のままでは私たちはともかく、ミィルさんはどこぞの田舎貴族にそう呼ばれる可能性がありますわ」
「理屈ではそうでしょうけど」
「それで、ですね。今回おねだりしたいご褒美があるんです。ね?」
その「ね」は、ハーモニアスに向けられたものだった。
「スコット家にくださるご褒美も、ここに合わせてくださって構いませんの。我が家が姫を授かると言う意味ではなく、陛下の御心に合わせて、ご褒美の権利をシュメルガーにお譲りするという意味ですので」
「えっと、どういうことです?」
「我が家からは、メロディーといずれはリズム。そしてガーネット家からはミネルバビスチェ様とアテナイエー様がお子を授かるはずですわ」
「えっと、まあ、そうなりますね」
「そうそう、今回のお願いは、スコット家のティーチテリエー様にもご承認いただいていますの」
「えっと、御三家が揃っての合意と? しかも、これだとシュメルガー家だけが一人だろうという話に見えますが?」
わけがわからない。
もっと困惑しているのが、ミィルだ。なんで、自分が正夫人に挟まれているのか、ちっとも理解できず、曖昧な笑顔を浮かべるしかない感じだ。
「お困りですよね、でも、こうやって説明しないと、陛下は絶対にご納得いただけないので」
「すみません。説明って言うか、いまだに話が見えてないのです。シュメルガー家だけが一人で、おねだりって言うことは、もう一人嫁を取れと言うことでしょうか? さすがにそれは」
「いえ、正妻をだとか側妃だとか言うお話ではございませんの。それは陛下の御心のままで結構ですわ。恋愛結婚の時代だそうですし」
ふふふっと、意味深に二人の公爵夫人が笑う。
「降参です。一体何を贈ればよろしいので?」
「ミィルさんを我が家の養子にしたいんで、ご許可をいただきたいのですわ。もちろん、身分は我が家の娘ですけど、お仕事は今のままよ。どうかしらミィルさん?」
あまりの驚きに、目がまん丸になってる。
「え? え? え? 私が養子に? あの、えっと」
「我が家にいらっしゃい。公爵家筆頭の養女ともなれば家格として十分に釣り合いますわよ?」
満面の笑みを向けられたミィルは助けを求めるようにオレを見た。
「あの、えっと、それはありがたいお申し出ですが、ミィルは今のところ……」
お姉ちゃんのニィルさんの時と違って、まだ手柄らしいことをしていない。それで公爵家にってことになると、えこひいきになりかねないからね。
「陛下?」
「あ、はい」
モティフィーヌが目一杯優しげな、しかし気高い笑顔で「ニィルさんの時みたいに、手柄をとお考えなのは存じております」と言葉を出した。
その言葉をハーモニアスが引き継いだ。
「命がけの場面で皇妃を守り抜いた側仕えを公爵家が惚れ込んだのです。ぜひとも下賜くださいますよう、我が家からもお願いいたします」
チラッと見るとメリッサが微笑んでる。
つまりは、そういうことか。
いつかは、と思っていたら、ちゃんとみんなが気を回してくれたってこと。
やっぱりこの世界はオレに優しいってこと。
ま、労働環境はブラックだけどね。
「わかりました。ミィルをよろしくお願いします。いいよね?」
正面で、まだ、目をパチクリしていたけど、オレの言葉を受けて何かを言いたそうだ。
「良いよ。言ってみて」
「あのぉ」
それはモティフィーヌに向けた言葉らしい。
「あら、何かしら、ミィル様」
「私は、このお仕事を続けさせていただいても?」
「もちろんでございます。立場はお変わりになっても、娘達と一緒に、陛下をお支えくださいね」
ついさっき「この者」と呼んだ口が、パチンとスイッチが入って、全てが目上に対する言葉遣いだ。
下賜された、つまりは公爵家の養女となることが決まった瞬間から、ミィルの立場は「未来の側妃」が確定してしまったらしい。
ミィルが「ありがとうございます。頑張ります」と頭を下げた。
「今年は皇都でいろいろと忙しくなりそうですね」
優雅に、しかし素早い動きで立ち上がった二人の母は、タイミングを待った。
娘にした人が介助する皇妃が緩やかに立ち上がると、四人は一斉にカーテシー。
「陛下の御心のままに」
・・・・・・・・・・・
そして、オレは皇都へと戻ってきたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
皇都での騒動をあと1話書いて、第6章をまとめたいと思います。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます