第76話 その顔にピンときたら
ハインツが自分に任せてほしいと言うんで尋問を任せてみた。
元公爵家の騎士団長だ。捕虜の尋問なんて言う汚れ仕事を頼むのは気が引けたけど「お任せを」と言われたら、頼むしかない。
後は任せて、今日はゆっくり寝るとしよう。
宿ではダブルベッドを二つくっつけて5人で寝てるよ。一応、ミィルは「お部屋付きのお世話」の役割だけど、いろいろとしてもらうこともあるから一緒に寝てる。
さすがに多少は狭くなる。だけど、お腹の大きい二人は横向きじゃないと寝られないからね。前世では「シムスの体位」と呼ばれる、膝を軽く曲げてお腹への負担を極力無くすカタチが必要だ。
なんで、そんな言葉を知っているのかはよく憶えてないんだけど、とりあえず、そんな呼び方だったはず。もちろん、妊娠した女性が楽に寝られる体勢なんて、経験則で導き出せば古今東西そうそう変わるものでもない。
寝る前に、二人の背中と腰をゆーくりとさすってあげるのがポイントだ。
スキンシップによる安心感と、腰の血行促進の効果は大きい。
「そんな、もったいない」
「おそれおおいことを」
妊娠が分かった当初はそんなことを言っていた二人も、今ではすっかり諦めたらしい。いや、心地よさに馴染んでハマってくれたなら嬉しいね。
なかなかゆっくりとした時間をとれない二人の背中を撫でるのは嬉しかったし、二人も、オレの手を感じながら寝るのが嬉しいらしい。
こういう温もりは大事なんだなとつくづく思うよ。
そして二人が安らかに眠った後は、お腹にぶつかったりしたら大変だから、繋げてある隣のベッドに静かに移動してミィルとアテナを抱きしめる。
声を出さないようにするのが大変で、アテナの口を塞ぐのがすっかり上達したミィルだ。
こういう温もりも大事なんだなとつくづく思うよ。
えっと…… 間違ったことは言ってない。ぜったいに間違ってないよ。
大事なコトなので二度言ってみた。
夜中に何度も目を覚ますのは妊婦さんのあるあるらしい。もちろん、その度に、眠りの世界に戻るまで、ゆっくりと腰と背中を撫でるのは当たり前だ。
朝になると、たいてい「昨夜は何度も、申し訳ありませんでした」と二人とも恐縮してくれるけど、大事な二人と一緒にいられる時間だもん。
「ちっとも、申し訳なくなんてないよ。むしろ、嬉しい感じだからね!」
少しも面倒だとか、嫌だとか思えなかった。
明け方の光が薄らと差し込む中で、二人の寝顔がとっても愛おしくなったよ。
と、ハートフルな時間を過ごしたオレが朝食を終えると、見計らったようにハインツがご報告をとハートレスな話を持ってきた。
アテナとカイだけを連れて別室で話を聞くのは、殺伐とした話になりそうだからだ。
座るやいなや、ハインツがしゃべり出した。
「彼らはブラックキャップと呼ばれる部隊だというのは本当でした。かの国の精鋭部隊ということになっているそうで、千名ほどで構成されているそうです」
「ってことは、その大半が来たってコト?」
突撃してきた集団は千名ほどだったはずだ。その半分ほどは、カイがやった。敵の精兵を半分にしちゃったっていうのは結果論としてプラスだけど、つくづくヤバかったってことだ。
「そうなります。それと、どうやら今回はクルシュナ王が混ざっていたらしいです」
「あの中に王がいたの? 逃がしたってこと?」
残された敵の中には、どう見ても王様っぽい奴はいなかった。
「いえ、どうやら突撃してきた集団にはいなかったらしく。それと、今回のように、大軍がいるように見せかけたり、遮蔽物もないのに一部の部隊を見えなくしたりするという作戦をクルシュナ王は多用するようです」
「やっぱり、あの時の大軍は見せかけだったか。それにしても、全く実体はないの? 数百名は使うとか?」
「何度も確かめましたが、どうやら上を見ても10名ほどいれば、アレができるらしいです」
「えぇえ~ それは厄介だねぇ~ 突撃してきた連中も、途中まで全く分からなかったし。う~ん」
これは、今後戦っていく上で、相当に厄介な相手と言うことだ。
「それで、クルシュナ王はどこにいたの?」
「それが彼らも居場所までは分からないんだそうです。ただ、遠くからだと、あの幻惑ができないのだとかで。見える範囲にはいたはずなんだそうです」
「見える範囲かぁ…… あれ? ね、クルシュナ王の人相って、ひょっとして?」
「はい。黒髪に黒い瞳。やや痩せ型で、背はそれほど高くない細面。唇は薄めだそうです」
その顔に、ピーンときたら……
あいにく110番はしないけど。
「アテナが捕まえた奴じゃん!」
あの場で首チョンパしてれば、話は終わりだったなんて。でも、どう考えてもない。それはない。
いくらなんでも王自らが単独で敵に肉薄しての偵察なんてするはずがない。
それが常識だ。だからアテナの判断は正しい。
正しいからね? 抑えて、抑えて!
アテナが珍しく頬を紅潮させている。まあ、見境なく首チョンパするわけにもいかないし、あの判断はむしろ良い判断だからね!
「意外なところに現れ、意外なところから消えるため、クルシュナ王はその黒髪から当初は黒太子と呼ばれたそうですが、今では魔術師、あるいは魔法使いと呼ばれているそうです」
「まじゅつ、し…… マジシャンか!」
「まじしゃん、でありますか?」
この世界に「マジシャン」という言葉は存在してないらしい。
手品師ならあるのかな?
「いや、それは後で。そっか、そういうことか。だから縛り上げた箱の中から消えたわけか。クソッ、イリュージョンマジックに、脱出マジックまでできるってコトかよ」
「陛下?」
いや、怒っている場合じゃないね。
「ところで、一晩で、よくこれだけ情報をとれたね。そのブラックキャップって精兵なんでしょ? そんなに口が軽いもの?」
拷も…… 特別な尋問をしたにしても、ずいぶんと根性がないと思ったんだ。
「実は、ヘレン先生から「待って!」はい」
「まさかと思うけど、ヘンな薬を渡されてたとか?」
「薬と申しますか、キノコを乾燥させて砕いたものでして。それを入れたスープを飲ませると酔っ払った感じで何でも喋るようになる便利なものです」
「そんなヤバいものがあったんだ」
「いえいえ。使い方は十分に聞いております。直接、一定量を超えて一度に摂らなければ無害だそうです。扱いは極めて簡単です」
その「一定量」をどうやって確かめたのか、正座をさせて小一時間問い詰めねばなるまい。
事情によっては、オイジュ君には見せないようにして、100回は必要だな。
ハインツが慎重な態度で「陛下」と言葉にした。
「ヘレン先生は確かに見境のない部分はあります。ロマオ領でもたびたび問題は起こしました。しかしながら害があるとわかっていることを味方にすることは今までになかったことだけは確かです。それに、いくつもの有用な発見をしてくれましたし」
「それは分かってるけどさ。危なすぎるでしょ」
「危なくないとは、確かに申せませんが」
それでもハインツは「陛下のお気持ちも分かりますが、オイジュ様のお立場もありますので、せめて下着はお許しを」と頭を下げてきた。
え? オレ、そこまでキチクだと思われてる?
まあ、仕方ないか。
ともかく、今回はヘレン先生のおかげでとびっきりの情報が入ったらしい。細かい話はあとで報告書に書いてもらうとして、黒髪黒目は要注意ってことだね。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
すごく時間が掛かりましたが、やっと「マジシャン」という正体が分かりました。
いや、本当に長かった~
といっても、相手がマジックを使うにしても、それを見破る方法までは、現時点ではないわけで。
この後どうするのかが問題ですね。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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