第75話 手向け
クラ城までの応援要請を持っていったのは広域偵察部隊のメンバーだった。
伝令を出した一行は、近くの街に向かうことにした。
中間地点のはるかな手前ではあるが進むことを優先したのだ。しかし道路沿いに設置された次の「駅」は3日の距離である。一方で街が半日の距離であることを考えたとき、一刻も早い防御拠点を得ようという選択だった。
応援の部隊が届くまでは、防壁を強化しつつ守りに入ることで安全性を高めるつもりだった。
同時に、カイ城にも使者を出した。
逃げ去った部隊の捕捉、追撃命令を発出したのである。こちらはロースター鎮正将軍が対応するはずだった。
捕虜から、特別な質問をして探り出そうとしたが、この時点では、襲撃してきたのが「シーランダー王国のブラックキャップ隊という特殊部隊のような存在であること」以外、ほとんど情報はとれなかった。
なぜ、10万の大軍がいるように見せかけられたのか、知らぬ存ぜぬばかりであり、捕虜から聞き出せることは何にもないと言えるに等しい。
結局、ある程度以上は街に着いてから、と言うことになった。
それよりも、今は何よりも一番近くにある防壁を持つ街まで一気に進むことを優先した。たとえ田舎の街レベルの防壁でも何もないよりはよほどマシだという計算である。
「道路もずいぶんとマシになったんだね」
ショウは左で馬を進めるハインツに言った。
最近だと、こちらが整備する「高速道路」に、それぞれの街が独自に道をつなごうとする動きが加速しているらしい。
「どこの街でもそうですが、特に高速道路に近い街は、便利さを見せつけられているからでありましょう。どこも盛んになっておるようです」
馬を並べるハインツが教えてくれたのは、食糧危機を乗り越えると同時に起こった「道路建設ブーム」だった。ちなみに、前世の「補助金行政」を思いだしたショウは、道路建設の費用は半分を負担すると伝えてある。
当然、不正を働こうとするものは後を絶たず、一罰百戒の言葉通り、いくつかの街では主立つものを処刑するなど、いろいろとあるのだが、そこにショウは関知しない。
皇帝が定めるのは「大筋」なのである。
しかし、そうやって大筋を示したからこそ、この道もできたのだろう。
「そうだよね、道がしっかりすれば荷物だってたくさん積めるし、速度も上げられる」
ガタゴト道だと馬車は耐えられるような強度で作らなければいけないから重くなる。しかし、どれほど頑丈に作っても振動が増えるほど故障も多くなるのはやむを得ないこと。
馬車は重く、故障がちになるし部品も多く持ち歩かなければならないだろう。荷物だって過重を減らす必要上、積める量は少なくなる。
その分だけ商人は利益が少なくなるのだ。
けれども滑らかな道は振動が無い。より多くの荷物を積んだ馬車でも壊れにくくなる。その分だけ多くの荷が積めて、商人は儲けるチャンスを見いだしてくる。
つまり、道路こそが食糧を多く獲得できるチャンスを呼ぶと言うことを身に染みて知ってしまったわけだ。
この街も、その一つだった。
もちろん、作られた道の規格はずいぶんと劣る。しかし「高速道路」の便利さを一度でも味わってしまった人々は最低限の要求水準が底上げされてしまっている。敷石舗装こそされてないが、それまでのガタゴト道とは一線を画したレベルで整備されていた。
ショウが馬車を降りて騎乗したのは「過重を少しでも軽くして振動を吸収させるため」と言うのは言い訳だ。
ともかくジッとしていられなかったというのが正しかった。本来なら何かを大声で叫びながら全速力で愛馬のマンチェスターを走らせたいところだ。
おそらく、過重の話は言い訳だってことを三人とも分かってくれたのだとショウは思った。何も言わずに皇帝を送り出したのだから。
『やさしいよなぁ、みんな』
それに、心を痛めているのはショウだけではないことを知っている。
今、こうして先を守っているカイが、あの後で悔しげに唇を噛みしめながら一人ずつの亡骸を運ぶ間、ショウは掛ける言葉もなかった。
それに、右に馬を並べているアテナなど、子どもの頃から騎士団員として身近に交流していたのだ。公爵家の姫君と言うだけではなくて、子どもの頃から騎士団員と一緒に剣の稽古をしてきた分、家族のように感じているに決まっていた。
アテナは、ショウ以上にこみ上げてくるものがあるはずなのである。
しかし、復讐心だとか怒りや怨みをつのらせると「武が濁る」ということなのか、二人とも務めて平然とした顔をしていた。
その顔を見るのは余計に辛かったけど、それもこれも自分の至らなさが招いたことだと思うしかない。後悔するよりも「この後」に対応することを考えるのが、今一番大事なことだって言うのは分かっていたのだ。
急ぎつつも、馬車に乗る妊婦さん達が最優先なのは当然のこと。皇帝用の特製馬車は板バネを導入してあるだけに、ゆっくりと進めば振動もさほどではないとはいえ、休み休みだ。
到着したのは昼を回っていた。
街の外で弔いをしてから迦楼羅隊を伴って街中へと入った。
当然、外では厳戒態勢を取る。デルモンテやハインツ、アンスバッハもマイセンも指揮官自らが受け持って十重二十重の警戒網を敷く。
街の中の精密な点検も複数回行われていた。
影
街に入る前、テムジンは自分達が騙されたことをひどく恥じて、頭を下げてきたが不問に付した。
『偵察衛星でもないのに、全てを正確に把握するのは無理だからね。その偵察衛星だって、前世の日本では「デコイ」で騙していたりもしたんだし』
偵察部隊がある限り、それを騙す技術は発達するものだと、割り切っている。
「といっても、なんで騙されたのかが分からないんだよね?」
「はい。周囲の偵察が終わったら、もう一度、現場を調べてきたいと思います。ご許可を」
テムジンは本気で悔しそうだったし「次こそは」という決意が瞳に宿っているんで、それは任せることにした。
彼らもまた、今回の事件の責任を感じている人達だからだ。
一通りの安全確保に皇帝が追われている間に、この街一番の宿で、厨房が異様な緊迫した空気に包まれていた。
信じられない光景が展開されていたのだ。
宿の主人や関係者が蒼くなっている。
皇后と側仕えのメイドが自らの手で、スパイスの香りも強い、特別なシチューを作っているのである。
お腹が目立つ身体で野菜の皮を剥き、刻んでいるのだ。
さすがに巨大なナベや水を運ぶ力仕事は他に任せていたが、大きなお腹で細い手の皇后達は手際よく料理を進めたのである。
『雲の上ともなる高貴な女性が、我らの知らない料理を手際よくなさるなんて!』
宿の主人や関係者にとって「高位貴族の女性が料理をする」と言うだけでも驚愕なのだ。
しかも、である。
「こちらのナベは、そなた達に任せます。宿の周りで警戒に当たる迦楼羅隊のみなさんに届けなさい」
部下への夕食なのである。(作者注:主食のパンや他の食糧もあります)
ありえないというよりも、前代未聞と言うべきだ。
さらに「しかも」である。
「ショウ様、こちらを」
「ありがとう。行こうか」
もう一つのナベと多くの椀を屈強な男達に持たせると、当然のように皇后は皇帝に続いて街の外に出たのだ。もちろん、迦楼羅隊は自分達に回ってきた夕食を後回しにして続いた。
誰もが、この後に「何」が起きるのかを、いや、何をするのか承知している顔で、いつの間に持ち出したのか、全員が正規のゴールズのマントを着用していた。
皇帝がやってきたのは、連れて帰ることのかなわぬ者達の眠る場所だった。
『この世界だと火葬は現実的じゃないからね。ごめん、ここで眠ってもらうよ』
ショウが心の中で一人ずつの顔を思い出している間に、皇后達はミィルに介助されながら、一人ずつの椀にシチューを盛ると「ありがとう」と小さく言葉を添えて、そっと供えていく。
実は、この時、迦楼羅隊の面々は感動と感謝を胸にすると同時に、大変な心配をしていたのをショウは気付かない。
『皇后様達はお腹にお子がいらっしゃる身で命を狙われたんだろ? それなのに一刻も休むことなく、こうしてくださるなんて。お心は嬉しいが、お身体をいたわらないと万が一のことがあったらどうするんだよ』
ほぼ全員が「頼むから休んでください」という半ばは悲鳴を浮かべていたのだが、まさか「もう休め」と声に出して言えるわけもない。
だから、一同は感謝や感動の涙を流す余裕がなかったのが本音だ。
しかし、十五個目の椀をそっと供えた後で、二人の皇后は目を合わせた後、もう一つ、少し大きな椀を取り出したのだ。
ミィルが後ろから水を注いだ。
その瞬間、男達も理解したのだ。
「馬たちの分だ」
心優しき皇后陛下は、敢えて、馬たちにも手向けの水を用意した。それは、単に馬への優しさと言うのみならず、人馬一体となって戦ってきた「戦士への礼」として用意されたのだと直感してしまったのだ。
ジーと胸が響く中、皇帝の声が凛として響いた。
「諸君、栄誉の礼を」
たちまち、全員が反応した。
シャキーン
全員が、左手で剣を抜くと顔の前に捧げ持った。もちろん、剣の持ち方は左手が上となっている。
騎士として、仲間を救った最大の栄誉を捧げる礼である。
「サスティナブル帝国皇帝ショウ・ライアン=エターナルである。諸君に千の感謝と尊敬を。ここにいる皆とともに未来の平和を誓う!」
「「「「「「ヤー」」」」」」
期せずして、迦楼羅隊だけではなく、取り巻いた護衛部隊全体から声が上がったのは、彼らの命がけの貢献をよく知っていたからであろう。
カイもアテナも、この瞬間、ハラリと涙を落としたことをショウは見ないようにしていたのであった。
※影供:密かに行動を共にして、身の回りの暗殺者や密偵を発見、防御する役目。
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作者より
騎士達による「栄誉の礼」を覚えていらっしゃいますか?
新歓キャンプの大活躍をしたショウ君に対してスコット公爵家騎士団が敬意を表してくれた、アレです。(第2章 第16話「ご褒美タイム…… だよね?」参照)
皇帝による最初の栄誉礼は、こうして行われました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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