第74話 カイ、参る!

 カイは独り合点していた。


『さっきからの害意ある気配は、やはりこれだったのか』


 断るでもなく護衛としてのポジションから右端へと移ったことは申し訳ないとは思ったが、後悔はしてない。


 自分が信じることを果たせ、とは先生の教えだからだ。


 案の定、敵が出現した。やり方は分からないが、敵が見えてしまえばこっちのものだ。


 怒濤のように襲撃してくる敵は、一本の矢のカタチだった。


 瞬間的に「厄介だ」と思った。


『先頭の勢いをどう止めるかが問題だな』


 馬に乗る姿だけでも、相手の技量を読めるまでになっていた。


『乗っている武者は確かにできる方であるが、切り伏せるのは容易い。その後をどうするかだ』


 勢いというものは切り伏せただけでは消せない。それなら先頭から数人を吹き飛ばせばどうなのか?


『馬の問題だな』


 勢いの付いた馬体は、それだけでも脅威だ。軍事に使われる馬は500キログラム以上もある。それが突進してくる勢いは人と馬とを吹き飛ばしてしまうだけの破壊力があった。


 普通の人間であれば跳ね飛ばし蹴散らしてしまうだけのパワーなのだ。


『先頭の一頭だけならはね飛ばせるが、その後に続いてくる馬までは無理か』


 本来なら、併走することで先頭を潰せば容易いことだが、正面からの激突では不可能。しかも、敵が到達するまでの時間はわずかだ。そんな悠長なやり方はしていられない。


『となると、イノに当たってもらうしかないか?』


 愛馬に命じれば正面から激突して停めてくれるだろう。先頭だけは潰せる。しかし、それだけだ。勢いの付いた敵は千近い。この勢いを止めるには先頭の十数頭と激突しなければ不可能。


 このあたりは瞬時に判断しているが、つまりは不可能と言うこと。


『どうすれば良い』


 その時、ゼックスがフラッと馬を寄せてきた。


「おい、坊主」

「はい」

 

 普段からゼックスは兄貴分のように何かと気に掛けてくれる。もちろん武についての技量なら自分が上だが、そんなものは小さな問題だと思っている。


 人として尊敬するかどうかに「武」など関係ない。その尊敬すべき相手が口元だけをニヤリと歪めた。


「オレは、お前より年上、しかも中隊長様だ」


 カイは小さく首を捻る。そんな権柄尽くのことをゼックスが言うなんて。しかも、こんなタイミングで。理解できなかった。 


「軍では、オレの方がエライ。だからオレの命令は絶対だ。分かってるな?」


 何かの冗談を言うにしては顔が厳しい。しかも、カイの返事も聞かずに「命令!」と叫んできた。


「はい」


 根拠は分からないが、兄貴分に「命令」されたら受令の姿勢をとらざるを得ない。


「皇帝直属護衛のカイよ。此度の一番槍はゴールズが迦楼羅隊、エメラルド中隊がいただく。貴殿はゆるゆると、我らの後に来られよ」

「え?」


 どういうことなのだ。理解不能だ。そもそも「一番槍」など正面からでは不可能ではないか。


「命令! 我らエメラルド中隊が撃ち漏らした敵は一匹残らず叩きつぶせ! これはオレからの命令である。謹んで受けよ」

「ど、どういうことで?」

「四の五の言ってる暇はねぇ。勢いはオレ達が止める」

「それはダメです!」


 瞬間的に「何」をするのか理解してしまったのだ。


「オレ達に任せておけ。あとは最善を尽くせよ、坊主」


 ダメです、と叫びながらも、そうすれば敵が止まり、その敵を討つべきは自分であるという役割までもがストンと腑に落ちてしまう。


 ショウ様を救うには、これが最善なのだという思いが、カイの動きを止めた。


 クルンと馬を返したゼックスは「あばよ」とだけ言い残すと全力疾走に切り替えた。


「エメラルド中隊ぃいい! 輝けぇえ!」


 走り出した男達は、笑顔で一度だけ振り返ると、次々と全力疾走に切り替えた。


「ゼックスさん!」


 とっさに出かかった「待って」の言葉を出せなかった。


 彼らは分かっているのだ。いや、信じてくれているのだろう。


 自分達が勢いさえ止めれば、カイがどうにかすると。


 その信頼を思えば、どうして止められようか。


 全力疾走の両者が激突するのは、アッという間だ。


 背中を向けた男達の顔は見えなかったが「その瞬間」まで笑顔だったと確信しているカイの耳に、馬と人のあげる悲鳴、そして激突音が響く。


『泣いてはならぬ』


 自分を信じて、先頭を潰してくれた男達に涙を出すのは後だ。


 黒槍を振りかぶると、カイは叫んだ。


 それは、なぜか戦場全て響き渡る澄んだ声であった。


「エメラルド中隊の儀を受けて!」

 

 怒濤の土煙が上がったのは、先頭が激突しての塊ができたためだ。


「カイ、参る!」


 イノは主の意を受けて、瞬時に全力疾走となった。


 立ち止まってしまった敵部隊は団子状になっていた。


 一度止まった馬群というものが再び走り出すためには間隔を取り直さないと不可能なのだ。特に、今回は密集隊形だけに、さらに困難を極める。


 渋滞している道路と同じような状況なのである。


 そこに黒い旋風がやってきた。


 ぶぉん ぶぉん ぶぉん ぶぉん


 黒い槍が唸る。


 肉眼では残像のようなモノしか見えなかった。


 うわっ

 ぎゃっ

 ぐげぇ


 短い悲鳴を上げられる方が稀である。


 黒い槍は、次々と男達の喉笛を正確に突き、切る。

 愛馬は巧みな動きで、次、次、次、と動く。 


 人馬一体となった黒い旋風がただひたすらに馬上の人を消し去っていく。


 なまじ馬が無事な分「内」には届かないが、その分だけ馬だけの状態が増えてくれば、騎馬隊は身動きがとれない。


 そこにエメラルド中隊の生き残りが馬だけを巧みに真ん中に寄せていき、全体が動けないように仕向けていく。


 その光景を遠望するショウが「あれって、牧羊犬に集められてる羊みたいだね」と感想を持ったのを誰も知らない。


 カイは、ただひたすらに黒い旋風を発動し、敵を「刈り」続ける。


 しかし、それはほんのわずかな時間だった。


 身動きとれなくなった敵の騎馬は、何とかこの場を逃れて馬車に向かおうと画策する。しかし、発見されるやいなや「許さん」という小さな声と共に黒い旋風が刈り取ってしまうのだ。


 その間にも前進している馬車にむかって、後方の騎馬が辛うじて馬を回そうとしたときだった。


 前方のハインツ達が騎馬隊を差し向けたのである。そして後方にいたアンスバッハもまた、いち早く気付いた。砂塵は近寄る速度がどんどん遅くなったのだ。


 そして、馬車への横撃である。


 この瞬間「何を重視するか」は明らかである。


 こちらは「我に続け」と騎馬の全てを率いて突進してきたのだ。


・・・・・・・・・・・


 げぇええ

 

 あいつ、何してくれちゃってるわけ? 


 一人で、それって、絶対チートでしょ! あいつら、ブラックキャップだよ? それが木偶の坊みたいに、やられっぱなしだと?


 だいたい、最初の勢いを正面衝突して止めるとか、ないから! ダンプに正面衝突しに来るようなもんだろ? あいつらバカなの? 死ぬの? いや、確かに死んだんだろうけど、鋒矢ほうしの陣をあんな馬鹿なやり方で止めるなんて、聞いてないよ!


 あぁああ、後ろのイリュージョンも解けちまったじゃん。あ、前のもダメか、近づかれたら気付いちゃうよね。


 オレのチートはあくまでも「マジック」だから、無から有は作れない。あくまでも「そういう風に見せる。思わせる」だけなんだよ。だから、あんな風に接触しちゃったり、角度が変わればモロにバレる。


 前も後ろも横も10人ほどでいろいろとゴマカしていただけなのに……


 ここまでか。


 ブラックキャップの隊長も、ここが引き際だと判断したらしい。確かに敵の騎馬に押し包まれて逃げるタイミングを逃すと、アレにやられるもんなぁ。


 黒い旋風は、すでに逃げ腰になり始めた騎馬を、容赦なく「殲滅」にかかっている。


 一度止まってしまった騎馬では対抗する方法すら考えられない。ブラックキャップができるのは逃げるだけ。


 もはや無理だと思ったのだろう。


「退却!」

 

 と言う叫びが聞こえてきた。


 クソッ、絶対に、ヤッたと思ったのに。


「あのチート野郎がいけねぇんだよ。ただ、直前になって、連中、オレ達に気付いたフシもあるんだが、ま、それは偶然だろうな」


 イリュージョン・マジックを応用している以上、あの場所からオレ達が見えるはずがないんだからな。


 クソ~


 半分方やられた感じだな。カネと時間をかけて育ててきた連中なのに。


 残念な気持ちでいっぱいだったが、オレが逃げる方が先だ。ともかく、この木から下りて、次は岩に擬装だ。


 ……悔しいが、オレさえ生き残れば、またという機会もある。幸い、オレの顔もバレてないしな。この先で商人のふりをしておけば、近づけるだろう。


 そうしたら「動くな」へ?


 気付いたら、目の前に美少女剣士がオレの喉元に白銀の刃を突きつけていた。

 

 ヤバっ、コイツの目、マジで切る気だ。


 とっさにできたのは「身動きしないこと」だけだった。何かのマジックでということを思い浮かべることすら危険だと思えたんだ。


 この目はヤバい。


「全て話してもらう」

「わかった。話す。話すから、ほら、それにオレ、剣も持ってないし。あの、えっと抵抗しないから、命ばかりは? な? オレを殺しても楽しくないと思うぞ?」

 

 次の瞬間、美少女の姿がぶれて、腹に衝撃を受けた。


 あぁ、これがラノベで読んだことのあるアレか、と頭に浮かべた。

 

 当て身というやつだ。


 そんな言葉とともオレの意識は黒く落ちていったんだ。



・・・・・・・・・・・


「敵の物見役を捕らえました」

「あんな所にいたんだね。よく気付いたね」

「木の上にいたはずが、いつの間にか下にいて、しかも岩にしか見えないのに悪意を放っていたのです。むしろわかりやすいと思いました。それでも、カイが時間をくれたからですけど」


 アテナは肩を落としているカイの後ろ姿にチラリと目をやった。


 一人、また一人と、最初の激突で散ったエメラルド中隊の仲間達を運んでいる。


 カイは頭を下げて手伝いを拒んだ。


 これは自分がやるべきなのだと。


 皇帝は、カイが運ぶ姿を見つめながら、右手を胸に当てる姿勢をとっているのを多くの兵達が目撃していた。


 その後ろには皇后達が頭を下げて寄り添っていたという。


 その日、最大の危機を乗り越えた皇帝一行であったが、エメラルド中隊の隊長ゼックスを始め15人の命を喪ったのである。


 なお、捕虜にした敵の物見は、厳重に縛られていたはずであったが、監禁された木箱から抜け出していたという。


 どうやって抜け出したのか謎であったと記されている。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

ついに「名前付き」のキャラで死亡者が出てしまいました。

なお、クルシュナ君は前世でも脱出マジックが得意でしたが、亡くなられたのはスタッフがヘマをしたからでしたね。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 



 

 


 


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る