第72話 選択の問題
「「陛下!」」
いつものようにアンスバッハとマイセンが一緒になって馬車にやってきた。
何だかんだで、御神酒徳利みたいに仲が良いよなぁ。
オレがのんきな感想を浮かべているとも知らず、二人とも顔が青ざめている。
「ここは私どもに任せてお逃げください。どっちに逃げればいいのか分からんが、ともかく、陛下が逃げるのを追いかけてこられないようにいたします。命がけで敵を阻んでお目にかけますから!」
アンスバッハが半ば吠えるように叫ぶ。一生懸命に言葉遣いを繕おうとしているけど、なんせ、見た目がヒゲもじゃのヒグマだ。「良い子ちゃん」発言をしようとしても似合わない上に、言葉にどうしても地が出てしまう。
しかし、言わんとすることは分かっている。要するに「ここはオレに任せて先に逃げろ」と言いたいのだろう。命がけの仕事であると感じているからか、アンスバッハは実に良い表情だ。
「行く手に現れた敵軍はあまりにもできすぎておりますが、かと言って罠を張っている所に近づくのも悪手かと愚考いたします」
マイセンが、言葉を選びながら申し立てる。
「そなたらは知らぬのだな。もう一度、二人に伝えよ」
広域偵察隊のリピートを聞き、二人は、紙のように白くなる。
そりゃ、6千人にも届かない部隊が前に10万と横、後ろに数不明で、オマケに後方にも陣地が築かれている最中だなんていうのは死地そのもの。
しかも、一番大事なのは勝利条件が極めて限定されていること。
「皇帝の馬車を逃がせ」
これが最高にして、最大の命題だ。
自分がアンスバッハとマイセンの立場からしたら「皇帝を逃がすために死ぬ」のはむしろ望ましいと思っているに違いない。
けれども、この数で囲まれているってことは、2千の軍を握る自分達が簡単に死ぬわけにはいかない。けれども、どうしたら良いのかが思いつかないんだろう。
やってきたハインツも青ざめながら言葉を探している。実直だし手堅い仕事を手抜かりなく果たす職人みたいな騎士団長さんだ。
こんな「ミラクル」な事態に遭遇してしまうと頭が真っ白になってしまうんだろう。
「親分、内周警戒配備終了です」
しれっと後ろで聞いていたゼックスが初めて発言した。
「ご苦労」
ゼックスがニヤリとして無言のまま発言の許可を求めてきた。内輪だけなら「発言の許可」なんて必要ないけど、一応、総指揮のハインツやマイセン達がいるんで遠慮したカタチだ。
「ゼックス。君は経験豊富だ。意見を許す」
「ありがとうございます。すいません。言葉遣いはお許しを」
後半はハインツ達に向かっての言葉。許すも何も、皇帝が許しちゃえばOKだよ。でも、そのあたりは、許可を求めるのも人としての潤滑剤のようなものなんだ。
殺気立っているときこそ、ちょっとしたひと言が裏切りを生むことも、命がけの援護を生むこともあるというのは、戦場経験を積むほど身に染みてくるからね。
他の面々が目礼をしたのを見定めてから「親分、こいつは、何かありますな」と口を開いた。
「まあ、当然何かあるよ。どんなことだと思う?」
「不自然に大量の敵が湧き出した上に、右側だけ敵がいない。こっちに行ってと言わんばかりですね。しかも右側は比較的開けた平地です。言わずとしれたことですが、ずっと行くとライン川がありますよね」
さすがゼックス。ちゃんと気付いているらしい。しかも、出現した敵がそのまま挟み撃ちにしてくる可能性をさらっと見逃す発言だ。
恐らく、だいたいは正解だろう。
「ふむ。言われてみれば、馬車が逃げることを考えると、山地形が控える左より右の方が都合が良いですね。敵は馬車を仕留める計算をしているのに、こちらに敵がいないのは、いかにも不自然です」
マイセンもやっと頭が動き出したらしい。
「しかし10万人は見せかけだとしても、その半分ほどは、いや、最低十分の一くらいはいないと、そこまで多く見せかけるのは難しいぞ。となると最低1万か」
アンスバッハも、北部でたっぷりと 遅滞戦の経験を積んできただけに、陣地に人を多く見せるためのノウハウはたっぷり持ってる。だからこその発言だろう。
「恐らく、そこまでいないな。偵察部隊の報告によれば、追い払いに来たのは小隊にも満たない数だったらしい。仮に一万、二万のオーダーで陣地を作って待ち構えていたら、偵察部隊なんて、徹底的に潰しに来ないか?」
ハインツが「確かに」と、まだ青い顔で肯いている。
「我らの広域偵察部隊を信じよう」
オレの言葉にみんなが顔を見てくる。
「万の部隊を、それも、二つも三つも見逃すようなヤツらではないよ。オレは彼らを信じる」
「しかし、10万の陣地というものを報告してきたのも彼らですぞ」
ハインツとしては逆らうつもりはなくても、信じがたい情報を持て余しているのだろう。有り体に言えば「陛下、敵がいるというのはウソだと言ってください」と泣き言を言っているに等しい。
職人は、決められた物事を豊富な経験と、それによって研ぎ澄まされたカンでしょりすることは長けているけど、予想不可能なことには対応しきれなくなるのは仕方ないんだよ。
オレがハインツに求めたのは「護衛部隊をまとめること」であって、未曾有の攻撃を防ぐ鮮やかな手腕ではないだから。
「ハインツ。こういう時は、敵側にとって、我々がどうしたら一番困るのかを考えるんだ」
「逃げられることですか?」
「まあ、確かに逃げたら困るよね。じゃあ、どっちに逃げると困る?」
「それは当然、カイの方向です。カイまで3日の距離ですし、気付いた時点から丸一日で援軍が届きますから。これ以上、我々が戻れば襲撃側は残り時間が少なくなります。しかし十万以上もいたら、どっちでも変わらないかも知れませんが」
オレは「OK」とみんなに言った。
「10万の兵がオウシュウ内部に派遣できているなら、こんな場所で馬車狙いなんてしてくるわけがないさ。どう考えても、カイという都市そのものが瞬殺されていただろうよ」
みんなは「確かに」と無言で答えてる。アンスバッハだけが「さすが陛下!」と声を上げた。
結構、こういう反応をしてくれる人ってスキだなぁ。ヒゲだらけでクマみたいな体格も相まって、なんかこっちが嬉しくなっちゃうよね。
「それとね、シカケが同じだとしたら、前と後ろの違いを頭に入れる必要がある。前方は陣地が完成していて、後方は陣地を構築しているってことだったね」
ハインツが答えを知りたそうに切ない目だ。なんだか、校舎裏で告白する陰キャ君みたいな目だから、おもわず「今答えを言うね」って言ってしまった。
ホントはゼックスあたりに答えさせたいところだけどね
「敵は前と後ろにメリハリを付けて、右と左も非対称にした。ワザとだよね。こちらの選択権を奪おうとしてるんだ。アバウトで言えば四方の状況が違っているから、我々は選べなくなるだろうと計算しているんだと思う」
以前、宴会芸に困って手品を勉強しようとしたことがある。あれって、左手でタネを用意する時は、右手は怪しげな行動を取る必要があるって言うんだよね。
だって手品をすると「トリックを見破ってやる」「騙されないぞ」と思うから、客はどうしたって怪しげなモノを見てしまうんだよ。
トランプマジックなんかでも、客に一枚を引かせる時は、心理的な誘導で「これを自分で選んだ」と思わせておいて、実は選ばされているなんてことがよくあるんだよ。
教えてくれた先生曰く「何かをポケットから取り出したいなら、まずポケットにしまいなさい」ってこと。
ハンカチを出して怪しげな箱を隠しておいて、パッと取りのけたハンカチをポケットにしまう動きに注目するのは難しいって話なんだよ。
注意を別の所に向けさせる技術のことで、こういうのを専門用語で「ミスディレクション」と呼ぶんだって。
あ、手品のいろいろな理論は分かったけど、生まれついての不器用なので手品は結局できなかった。ただ、勉強したお陰で人生の教訓を得たよ。
それはさ……
「手品を覚えようとする男の8割は、飲み屋のおねーちゃんや、合コンの女の子にモテたいってのが動機だってこと」
そして、もう一つの哀しい現実が「手品ができても、モテるわけではない」って言う話。手品の先生が言ってたよ。
上手に演じると、とても面白がられるけど、肝心の女の子は、こっちが手品をしている間に、それを見ながら口説かれてるんだって。
しばしば打ちのめされる話だよねぇ。
あ…… えっと、オレは違うからね! 単に、先輩に押しつけられた忘年会の芸に困ったからだよ!
とまあ、そういうわけで、手品ってワケじゃないけど敵は明らかに「選ばせる」意識があるんだよ。
こっちが馬車を使っているし、地形を知っているから右には逃げないし、左は山地形の上に「敵」がいるから逃げる方向として選ばない。
そんなことを手短に話したんだ。
一同が「なるほど」と言ってくれたんで、まとめに入った。
「だから、進むのは前か後ろってことになるけど、ここまで大胆な作戦を立てる相手なら、オレ達が引き返したら困るんだろって読むのは想定していると思うよ」
「えっと、つまり、その裏をかいて、我々が相手の意図を読んで引き返す作戦をとるのを予想しているということですか?」
さすがマイセン。わかりやすくまとめてくれた。
「その通り。だから、陣地の完成している前方こそが敵は来てほしくない方角だと思う」
その時、さらに偵察隊からの報告が入った。
「後方、陣地を作っていた場所から馬が木の枝を引きずって走り回っています。砂塵をあげる作戦です」
北方遊牧民も、よくやる作戦だけに、すぐに分かったらしい。
「わかった。これで決まったね」
みんな、さっきまでとは打って変わって落ち着いた軍人の顔になって見つめてくる。これなら大丈夫だね。
「ハインツ。進むべきは前方だ。ただし、それなりに抵抗があると思うんで断固として排除せよ」
「受けたまりましてございます。身命を賭してご命令を果たします」
「マイセンは左、アンスバッハは後ろの敵が本当に襲撃してくる場合に備えよ」
「かしこまりました」
・・・・・・・・・・・
そうですよね。帝国皇帝は、おそらく前世持ちでしょ? オレとは別のスキルを持っていて、頭も良いヤツだ。
ってことは気付いちゃうよね。
不均等包囲の作戦の意味に、さ。
クルシュナは舌舐めずりして、相手の動きを見つめていたのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
気を持たせてすみません。ミスディレクションの話は先にしておかないと、クルシュナ君がシーランダー王国を作り上げられた理由が付かなくなってしまうので。
そして、騙すことにかけて、マジシャンはプロなのです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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