第71話 イリュージョン

 何だかんだと切り詰めてしまうのは、前世の貧乏人意識が抜けてないからだろう。


「正直、皇帝陛下の行幸であれば最低1万。格式通りなら国王の上を行くために2万は連れていくべきです」


 ギリギリまで粘るベイクの主張は「ど正論」だけに困る。オレも心のどこかで納得はしているんだよ。


 でもさ……


「今、一万を動かしたら、夏まで保たなくなるよ」

「そこは切り詰めて、何とか」

「今年、天候が完全に回復する保証は無いよね?」

「そ、それはそうですが」


 政治の一部が軍であるということが骨身に染みているベイクからすると、兵糧というか食糧の問題は、いまだに重いんだ。


 今は帝国中から食糧をかき集めて何とか「飢餓」を乗り越えているのが基本路線だ。カイの市中は治安上問題から優先しているけど、地方に行けば飢餓の水準をギリギリで超えているレベルなんだよね。


 しかも冷害中の無理な作付けで畑自体をダメにしている農産地が8割を超えている。


 一部には、回復しつつあると言っても「完全回復」までの道のりは極めて遠い。エレン先生の意見では3年かかるし、恩賜実験農場のアン達の話では5年かかるらしい。


 どっちが正しいのかは分からないけど、おそらくアン達は「平均的な農家」を基準にしているのに対して、エレン先生は「正しい農作業」を前提にしているという違いが来るんだろう。


 働き手の多くを徴兵によって喪っている農産地に「正しい農作業」は極めて難しいのが実情だけに、5年どころかもっとかかる可能性を考えるのが為政者の義務だ。


「オウシュウの食糧事情を改善するためには、帝国全体の食糧生産の回復と、さらなる輸送の負担が大前提だろ? そこに1万も、2万も兵糧を持っていったらさすがに無理があるでしょ」

「食糧だけで言えば、おっしゃる通りですが、ショウ様に万が一のことがあれば、食糧どころの話ではなくなりますぞ」

「分かってるよ。だから、こないだ妥協したじゃん」

「しかし、神聖国王の話を聞くに付け、正直、心配なのです」


 さすがに千人と言うわけにはいかなかった。


 結局、旧ガバイヤ国軍歩兵の2千名。半分はカイ郊外までの約束だけど、逆に言えば千人は自動的に随伴護衛となっている。


 東部方面騎士団からカイに出張っている騎士達を根こそぎつれて行くから5百。旧ガバイヤ騎士団の5百と合わせて千騎規模の護衛部隊として一括運用する。指揮は旧ロマオ領騎士団の副騎士団長だったデルモンテが執り、実際の動きは5百同士の編成で動かすことにした。


 まあ、戦場に連れて行くわけでもなくて、役割は「護衛」だ。5百騎の編成が二組あればたいていの危機に対応できるという読みだよ。


 これらの総指揮を旧ロマオ領騎士団長だったハインツに命じた。


 それと、たっての願いと言うことでマイセンとアンスバッハが連れてきた2千人を連れていくことにした。こっちは輜重を自分持ちでと申し出てくれたんでお言葉に甘えることにした。


 もちろん、後で「ゴールド」で補償はするけどね。


 だから3千人規模の負担で5千を連れていけることになる。ちなみに、ハインツはこちらの2千の指揮権は与えてない。これは戦陣の作法やルールが統一されてないから、一括運用が難しいという事情になる。


 戦場において「合議」は好ましくないんだけど、今回だけは最高指揮官として「皇帝」が存在するため問題はないということにした。


 まあ、これ以外にも輸送隊に付随していた護衛兵団が500がいるんで、この人達に輸送隊をしてもらうのも織り込んだ。


 せっかく運んできた食糧を運び出させるのは忍びないけど、こ~れも仕事でしっかたないのさ~


 そして、近衛の位置付けで最終防衛ラインが迦楼羅隊から、相変わらずアミダにめっぽう強いゼックスのクォーツ中隊が付いて、逆に広域警戒をテムジン達が担当する。


 六千人近い警備だ。


 これでスキはない

 

 いや、本来「皇帝行幸」だけだったら、むしろこんな警備を付けるよりも馬に乗って迦楼羅隊と走っちゃった方が早いし、おそらく安全性も大して変わらないんだよね。

 

 だから、もう一度ベイクに言い聞かせた。


「安心しろって。オレだって守りたい人達を連れていくんだ。万が一の場合でも逃げ出す必要がない程度には戦力を考えた。今回の守りを突破するなら1万は必要だと思うぞ。そんな規模の軍が移動してきて、テムジン達が見つけないわけないじゃん。いざとなったら野戦築城だってするし」


 そうなんだよ。今回は「国内移動」だから、最悪の場合は陣地を作って一週間持ちこたえれば、それこそ全軍出撃体制でカイにしろクラ城にしろ援軍を出すからね。


 ベイクの心配も分かるけど、アンスバッハ達が手弁当で参加してくれたお陰で、一万どころか敵が3万でも持ちこたえる自信があるよ。


「大丈夫。敵地なら取り囲まれる危険性があるけど、いくらなんでも道路まで作った国内に、ほいほい何万もの敵兵がテムジン達をかいくぐれないってば」

「軍事面で陛下にものを申すのは僭越だとは理解しておりますが。それであっても」

「わかった。ともかく、定時連絡をクラ城に付くまで出し続けるから、それで良いだろ?」

「ぜひともお願いします。本当に、お願いします」


 どういうことかというと、3時間ごとに「無事でいるぞ」という早馬を出すわけ。こういう場合の慣例として二チームを同時にだす。つまり24時間で16人。14日間で予備の人員も含めて200名以上を連絡だけに使う。実際には、狼煙を使ったり、最初の方の人員はトンボ返りして本体に戻ってくることになるから(大変だよね)100名ちょっとが連絡員になると言うこと。


 これでカイの城では最悪の場合でも6時間遅れで異常を知ることができるってワケ。ケータイがない世界ではこのやり方が最速なんだよね。


 もちろん、実際に出発してみれば、整備された道路を順調に進めるし、これだけの軍勢に物取りの類いが姿を見せるはずも無い。


 道のりは極めて順調に進んだんだよね。


 そして、3日目の朝、進行方向で警戒していた広域偵察隊が血相を変えて戻ってきたんだ。


「前方に野戦陣地。近づこうとしてすぐに気付かれたため、細かい確認はできませんでしたが10万規模はいます。迂回は不可能です」


 念のために派遣してある複数チームが同じ報告を入れてきたから、間違いではないんだろう。

 

 でも、道路上に10万規模の陣地って。


 秀吉の一夜城並みじゃん。


 問題は、敵が待ち構えているだけならいいけど、10万もいるなら待ってるだけとは思えないってことだ。


 一気に緊迫した馬車の周りだけど「中」は意外とそうでもないんだ。だって、オレ自身が「このくらいなら、問題なし」と思っていたからね。


 10万規模は手応えあるけど、会戦に持ちこまなければどうということはない。


「デルモンテ、いったん止めろ。陣形を組み直す」

「かしこまりました」

 

 すばやく連絡の騎馬を立て続けに走らせる。

 

 千人までと違って、5千規模の軍隊では一つの命令が伝わるのに時差がある。だから複数の命令を出すのはよほどの場合だけなんだ。じれったいし、手間取っているように見えるけど、無線機のない軍隊なんてそうするしかないんだよ。


 動きを止めるのに20分で収まったら、けっこう練度が高いと思うよ。


 ちなみに「奇襲」を受けた場合の手順はあらかじめ指示してあるわけ。だから、そうなった場合は自動的に動き出すことになる。


 ほら、よく「奇襲で陣地が混乱した」ってあるじゃん?


 あれって敵が急に現れて狼狽えるっていう面もあるんだけど、そもそもの話として「どう動いて良いのか」が分からなくなってしまうからなんだよね。

 

 今回は「進むべき道の先に、敵の大規模な陣地があった」なんて完全に想定外だ。対応は別に指示しないといけないから、今の指示は「止まれ」なんだよ。


 軍隊の常として、こういう場合の「止まれ」は休憩を意味しないから、自動的に警戒モードになってくれるんで、まずは、それで全体を「移動モード」から切り替えさせるわけ。


 全体が止まったところで次の指示を出すんだよ。ちなみに最悪なのは「命令が伝達される前に、違う命令を出す」ってやつだ。


 東北大地震の時に、やっちゃったヤツだよね。「戦力の逐次投入を嫌った」という後付けの理由で説明されたけど、最初の命令通りに動員を掛けている間に、次々と動員数を増やした命令を出したんで、大混乱したんだ。


 まあ、あの時は自衛隊さんの方で「こんなもんで済むわけないだろ」って構えてくれたんでだいぶ助けられたって話だけどね。


 ともかく、全軍停止まで20分は掛かる。


 実戦慣れした迦楼羅隊は、すぐさま円形陣となって全周囲警戒に入って、オレの指示待ちになる。


 さっすがぁ。


 ともかく、ここで大事なのは「皇帝の馬車がちゃんと逃げること」っていう目的は間違えてはダメだ。


 ヘンな話だけど、こうなったら全軍が玉砕しても皇帝が逃げられれば勝ち、ということになるからね。


 すぐさま狼煙でテムジンを呼び出すように命じた時、またしても広域偵察隊が飛び込んできたんだ。


「報告します。進行方向左、距離2千、騎馬と歩兵の混成部隊、およそ10万…… いえ、少なくとも10万。後続の敵を確認していませんが、続々とやってきます!」


 ハインツが横で蒼くなっている。


「そんな。10万に、また10万? そんなバカなことが「申し上げます」なんだ?」

 

 またしても飛び込んできた広域偵察隊。


「後方に歩兵隊、規模不明。陣地を構築中です」


 ハインツが棒立ちとなって、反応できない。


「なんだと……」


 そんなつぶやきが聞こえた気がした。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

もうお分かりだと思いますが、クルシュナ君のスキルですね。

イリュージョンマジック。

無いものを出現させる。もちろん、マジックなので実体はないのですが、マジックを見せられた側にとっては、見えているものが幻だとは思えないのが実情です。

ただし、あくまでも「マジック」なので、本当の兵ではないです。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 


 




 


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