第70話 出発

 軍事至急便でトライドン侯爵家に対する「皇帝慫慂しょうよう状」を通達した。


 聞いたことないだろ?


 なにしろ史上初めて出すものだからね。ひと言で言うと「こうした方がいいと思うなぁ、従ってくれるよね?」(ひと言じゃないな)という、非常にだ。


 大雑把な話としては、こんなことを書いてある。


「貴殿のご子息の政界参加を認め、その証しとして個人へ子爵を与える。ただし、それは旧ガバイヤ子爵位であった「ヘレン・ガバナス=ワット」を娶ることを条件とするものである。現地の情勢を鑑み、二人は事実上の婚姻状態とさせたが、トライドン侯爵家当主としての貴公の同意を得たい。万が一、ご令息の行動を認めないのであればオイジュ君は平民として政界から追放されることになる。云々かんぬん」


 これと合わせてメリッサからもオイジュ君の母親宛に「二人はとても温かい関係を作っています」的なウエットなお手紙も書いてもらった。


 もちろん、宰相のアレクと情報担当のブラス宛にも「実情」を書いておくのは当然だ。そのあたりはメロディーにも彼女の目から見た報告を兄宛に書いてもらった。


 いや~ 現地情勢っていうのは「ヘレン先生の暴走」のことだけど、それは言わないでおいて良いよね。ウソは言ってないんで。もちろん、そのあたりのこともアレクとブラスには教えておくから、きっと上手くやってくれるだろう。


 ともかく、この手紙を送るのと、一足先に二人を皇都へと送り出すのとはセットだ。こっちの噂が届く前に、一刻も早くライザーの承認を受けないとヤバい。


 ウワサが届いてからの情報と、情報が届いてからのウワサとでは意味合いが全く違ってしまうからね。


 二人を送り出すに当たって、クラ城までは輸送隊と同道すれば問題ない。そこからはテノールに護衛を手配させることにした。


 善は急げで、翌日には出発させるよ!


「ありがとうございます、陛下」

「へい、か~ 大いに感謝いたします。あちらに付いてからは研究でこの恩を返しますから」

「まあ国のためなので。それとヘレン先生、くれぐれも実験をで行わないようにしてください」

「あら。実験を他人でしたことなんてありませんわ。効果があるかどうかの最終確認をしているだけですもの」

「だから! それがダメなの! もしも、今度、それをしたら……」

「はい、はい、はい、しません。もうしませんから!」


 なぜかスカートの後ろを押さえながら後ずさりするヘレン先生を、不思議そうに眺めるオイジュ君だ。


 まあ、真相は知らせない方がイイよね。


 かくして、出発させたんだけど、今回の件では二つ良いことがあったのでヨシとすることに決めたよ。くよくよしても仕方ないからね。


 良いことの一つは「カカオ」が手に入るってこと。すでに生産に向けての人選に入ったよ。


 ね! ブロンクス。


 ってことで手紙は出してあるから、後は丸っとお任せだよ。きっと喜んでくれるだろう。遠い未来には、オウシュウからのチョコは特産になっているんだろうなぁ。


 ふう~ 楽しみだよ。


 そしてもう一つの良いことはっていうか、実はこれが一番イイコトなんだけど、オレ達にヘレン先生を同伴させずにすむってことだ。

 

 いや~ 頭を悩ませてたんだ。いや、オレって皇帝だからさ「お前は一緒に来るな」と言えば良いだけなんだよ? でもさ、仲間外れにするみたいで、気が咎めるのが日本人の心ってモンじゃん。

 

 しかもシャオが慕っている先生なわけだし。


 これで合法的に別行動となったわけ。


 まあ、あと一つだけ、副産物と言えばオイジュ君に忠誠心みたいなものが生まれてきた感じがしたんだよね。


 やっぱりさ、王立学園で「ちゃった」関係だけに、怨みはつのっていたハズなんだよね。(作者注:第2章 第1話「股くぐり」をご参照ください)


 そんな因縁を綺麗さっぱり忘れて、部下になるなら、それはそれで良しとしよう。未来のトライドン侯爵家が味方になったと思えば、安いものさ。


 ん? えっと……


 子孫、残せるよね?


 まあ、大丈夫ってことにしよう。


 二人を送り出した後の執務室にミュートがやってきた。ゴールズも間もなく出発だから、最後の打ち合わせだ。


 細々としたことを打ち合わせた後、最後の最後で言いにくそうに申し出てきた。


「私が申し上げるのは僭越ですが」

「いや、ちゃんと聞くよ。何か分かった?」

「まだまだ完全ではございませんが、神聖国王陛下にお付きの武官達から、いくらか情報を得ました」

「へぇ~ 何か変わったことを?」

「直接、彼らが戦ったわけではなくて、又聞きだということなんですが」

「何か変わったことを?」

「はい。彼らはギヘイを使うのが上手かったんだそうです」

「ギヘイ?」

「はい。我が家に伝わる教典『ソンシー』に言うところの、攻めて必ず取る者は、その守らざる所を攻むればなり。守りて必ずかたき者は、其の攻めざる所を守ればなり、という話のことかと思われます」

「あぁ、囮兵とかそういうことかな?」


 頭の中で「擬兵」と変換してみた。


「さすがでございます。陛下の戦法もそうですが、どうにもシーランダーのやりくちは、それをもっともっと大胆にした感じな気がします」

「なるほどね。わかった。用心しておこう」

「ありがとうございます」

「じゃあ、そっちも、くれぐれも気を付けて。本番につながるからね」

「心して承りました。行って参ります」


 後で考えてみると、ミュートの考えをもっと具体的に聞いてみるべきだったんだよなってことは反省材料だったんだよね。


 でもさ、ほら、よく言うじゃん。


 後悔、後を絶たずって……


 あれ? 違ったっけ?


 ともかく、ゴールズが式典もなく出発した後で「皇帝行幸」が派手な出発セレモニーをいくつも経た後で、いよいよ始まったんだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

ここからクラ城までは、皇后を乗せた馬車移動なので2週間ほどかかる予定です。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 


 

 

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