第68話 王国黒兜隊

 少々、時を遡る。


 シーランダー王国でも新年の行事が終わった。南とは言え、真冬だ。吹き抜けていく風はそれなりに冷たく感じる。


 ここはトーキョー郊外。


 クルシュナ自身が新たにオーミヤと名付けた平原にいた。


 笑顔と共に言葉がこぼれる。


「ずいぶんと鍛えたのだな」


 居並ぶ騎馬1000騎の風格は、そう思わせるだけの雰囲気を持っていた。クルシュナでなくとも、いかにも頼もしげに感じるはずだ。


「うん、うん。上出来だ」


 自身も馬上の人となったクルシュナは嬉しそうに騎馬を見渡していた。


 まるで「観閲式」の様相だが、大きな違いがある。


 居並ぶ騎馬に、きらびやかな鎧も兜も見かけない。むしろ小さな傷を手直しした跡だらけ。兜を始めとして金属で光る部分を徹底的に黒く染めた歴戦の姿だ。


 黒太子と呼ばれたクルシュナに合わせたのかどうかはさておき、日焼けした顔に黒い甲冑に黒い槍、黒い剣に黒の弓。


 馬具までもが黒かった。


 その黒い馬具一つ取ってみても、手入れが行き届き、馬と人とに馴染んだ姿で揃っている。


 精鋭そのものの黒い集団。


 男達のどの顔も鍛え上げられた表情そのものである。


「はっ。ありがとうございます。恐れながら幾度もの実戦をくぐり抜けて、やっと顔つきが整って参りました」


 クルシュナの横で頭を下げるのは隊長のハヌマンである。元アルバトロス王国の騎士であった。


 クルシュナの覇道の始まりであった「アルバトロス王族毒殺事件」以来、右腕として成り上がってきた人物である。


 元々が実戦型の騎士であっただけに、シーランダー王国統一戦においては戦を苦手とする王に代わって大活躍してきた。


 しかしながら、統一後の政治的な駆け引きや、政治を担当するのは苦手であったため、常に自分を活かせる場を求め続けていた結果、実戦部隊の指揮を任されたのである。


 これこそが、居並ぶ部隊--ハヌマンが腕によりをかけて育ててきた「王国黒兜隊ブラックキャップ」である。


 その原型は統一戦において力を発揮したハヌマンの騎馬中隊であった。それが「ブラックキャップ」と名付けられて以後、常に王のそばにあって叛乱鎮圧に駆け回ってきた。その容赦ない効き目……ではない、効果は「現れたら、基地ごと殲滅する」とあらゆる反乱軍に恐れられたほどだ。


 以前の、失敗に終わったサスティナブル王国への侵攻戦には参加しなかった。理由は、ひとえにクルシュナの意向である。外征に大軍を出した結果、国内の戦力は低下する。その際に本国で反乱が起きることを心配したからであった。


 逆を言えば、ブラックキャップだけで十分に叛乱抑止効果があると信じられるほどの猛者が揃っているわけでもあった。


 サスティナブル王国侵攻戦においてシーランダー王国は手痛い敗北を喫した。以来、クルシュナは「特別な強兵部隊」の必要を感じた。


 そのため再徴兵はいったん置き、ブラックキャップを創設し、育成に力を注いだのである。


 その結果としてブラックキャップは、王国の単なる一部隊ではなくなった。シーランダー王国の剣とまで言われる特別な部隊となったのだ。


 そのための道のりは生やさしいモノではなかったのは事実だ。なにしろあらゆる戦いに投入され、あらゆる戦いに勝利することをモットーとする部隊である。


 ブラックキャップは「最強にして最高の戦力」と自負し、他から認められるようになったのだ。


 百戦錬磨のこの部隊なら、何があっても勝利できるという自信と信頼である。


 非常に逆説的な言い方になるが「サスティナブル王国への侵攻戦での大敗が、シーランダー王国の戦争能力を高めた」とまで評価する向きもあったほどだ。


 つまり、大敗したことによって「ブラックキャップ」は、シーランダー王国の心柱となり、重要性が際立つ存在となったわけである。


 爾後、各部隊や各国の兵から自由に選抜できる立場となって人員の増強が活発化した。しかも、選抜した兵をさらに精兵として鍛え上げていったのである。


 兵の鍛錬は実戦に勝るものはないのは古今東西、必然である。


 兵の、各地で叛乱を起こした場合以外にも、こちらから因縁をふっかけて戦いの場を作るほどであった。


 政治が苦手なハヌマンが神聖国王一家を取り逃がしてしまったことは痛手であったが、反乱軍を完膚なきまでにたたきのめしたという点では、やはりシーランダー王国最強の名はさらに光り輝くことになったのだ。


 もちろん、その戦いにおいては、初期から「クルシュナ陛下の特別な技」が特異的な能力を発揮した。しばしば、戦う前から敵軍は大混乱に陥ることになった。結果として十倍を超える敵にすら連戦連勝を重ねてきたのがブラックキャップである。


 しかし、結果は勝利であっても常に寡兵で戦い抜いた代償は大きかった。


 千人で始まったブラックキャップは、常に新たな兵を選抜して入れ続けて来たが、喪う兵の方も多かったのだ。


 戦いを重ねるごとに一人ずつの練度は上がり、その代償として人数は減り続けたため常に兵員の補充を必要としたのだ。


 一定の戦果を上げ、戦の見通しが付くようになってからは、頼みのクルシュナすら同道しなくなった。これで不思議な技は使えなくなってしまった。


 より厳しい条件になることで、兵をいくら補充しても足りないブラックキャップは勝ち続けた。


 結果として、目の前にいるのは「歴戦の戦士」が1000人と言うことになったのである。


 ただの千人ではない。その十倍近い兵達の中から選びに選び抜かれ、鍛え上げられ、実戦をくぐり抜けてきた千人である。


 自身もヤリ働きには自信があるハヌマンにとって、この部隊は宝物のように思えてしまう。


 それだけに、クルシュナが目を輝かせて誉めてくれることが何よりも嬉しかった。


「これなら、どこに出しても恥ずかしくないな」

「恐れ多いお言葉です」

「同数の兵が相手なら誰にでも勝てる?」

「おそれながら、我々が負けるのはブラックキャップを相手にした時だけでございます」


 ハヌマンは珍しく大言した。自分達以外に、自分達は負けない。つまりは「敵無し」と見得を切って見せたのは、乗り越えてきた厳しい戦が自信となっている。


「よし。そちがそう言うのなら信じよう」

  

 クルシュナは馬上で手を大きく頭上に伸ばす。


 その手の先から放たれたのは黒い鳥達だ。


 バサバサバサバサ


 せわしなく羽ばたいた黒い鳥達は、居並ぶブラックキャップの上を周回した後「北」へと飛んでいったのである。


「じゃ、行こうか」

「どちらに?」


 もちろん、ハヌマンも分かっていて敢えて問うのである。


「あいつらが、教えてくれただろ?」


 親指でクイッと北を指し示す。つまりは、鳥達が飛んでいった「サスティナブル帝国」が敵と言うことだろう。


 はい、と大きく肯いたハヌマンにクルシュナは言葉を被せてきた。


「狙うは敵の親玉、皇帝だ。待ち伏せになると思うけど、今からなら間に合う」

「なるほど。帰途を狙うのでございますな」


 サスティナブル帝国皇帝が皇妃とともにカイに来ているコトは伝えられている。


 全てを飲み込んだハヌマンはクルシュナの横に並び立つと兵達に声を張り上げた。


「ブラックキャップにふさわしい、大物狙いだ! いつものやり方でダメでも、オレ達なら効く! 出撃だ!」


 おおおおお!


 千の雄叫びがオーミヤの平原に響き渡るのを満足げに見つめるクルシュナ。


 もちろん、ハヌマンには狙いも、作戦も、今現在分かることはすべて伝えてある。


 しかし、クルシュナは一つだけ言わなかったことがある。


 飛び立った鳥は、平和の象徴であるハトを無理やり黒く染め抜いたのだということを。さすがに、それを言うのは決まりが悪かったのだ。しかし、もちろん兵達は飛び方と鳥の姿で「ハトだ」と気付いてはいた。


 それを口には出さない、優しい男達であったのだろう。


 かくして、平和の象徴に導かれた必殺の部隊は、久し振りの「王の御前」での戦だと意気軒昂たる行軍となったのであった。


 もちろん、クルシュナは前世の記憶を明確に持っているだけに「情報」というものの大切さは知っていた。


 金に飽かせた情報員は混乱が収まらないガバイヤ王国内に大量にバラ撒いてある。一度は暗殺も計画したが、それは失敗だったらしい。しかし、それも、しょせんは目くらましの一つだ。


 クルシュナが本当に欲しかったのは「皇帝の帰り道」と「いつ」という情報である。


 皇妃を伴う以上、馬車を使うはずだ。帝国が道路を整備していることも熟知しているだけに、そこに沿っての帰路を取るに違いないという読みくらいはしたのである。


『どうせ、大軍で囲んでるんだろ? でも、オレのスキルを使えば、そんなのはあっと言う間に剥がせるからね』


 ステータス・オープンと心の中で唱えた。


・・・・・・・・・・・


レベル 25

SP 220 

MP1028

スキル マジック(レベル4) 

【称号】統一王

    伝統殺し(NEW!)

    博打の天才 

    大陸の奸雄(NEW!)


★☆☆☆☆ マジックのタネをMPと引き換えに取り寄せられる

★★☆☆☆ あらゆるテーブルマジックをタネなしで再現できる

★★★☆☆ あらゆるステージマジックをタネなしで再現できる

★★★★☆ あらゆるマジックをタネなしで再現できる←今、ここ

★★★★★ ※※※※※※※※※※※※※※※

 

・・・・・・・・・・・

 

 改めて自分のスキルを眺めながら、クルシュナは「待ってろよぉ」と呟くのであった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

マジックをすっごくアバウトに分けると「テーブルマジック」と舞台上のシカケなどを使った「イリュージョンマジック」とに分かれるそうです。クルシュナが前世で最後に事故ったのは脱出型のマジックでしたが、これもイリュージョンマジックの一種です。他にも「旅客機を消した!」だとか「スカイツリーを消した」だとか、いろいろとありますよね。ああいうものがイリュージョンマジックです。もちろん、マジックですから、本当に消し去ることは無理です。あくまでも「マジック」です。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 







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