第67話 皇都への算段

 すでに3月に入っていた。


 今年の卒業式で挨拶するのはミネルバにお願いすることにした。


「皇后の帰途に間に合わない」とだけ発表された皇都では、メリッサの多忙を慮る意見は出されたけど、ミネルバという人選そのものには異論はないとのこと。


 皇帝の正妻にして、世継ぎとなるかもしれない皇子の母だ。ミネルバが出てくることに異を唱える度胸のある貴族はいないだろう。そもそも、今では侯爵レベルまでもが「こっち」側の人間なので、親貴族の頭越しに文句を言える貴族なんていない。


 まあ、それでも一応確認はしてある。


 各公爵家、侯爵家の情報によれば、オール・グリーンと言ったところ。全面的に新体制に馴染もうとしているらしい。ファントムからの情報でも、これと言った問題は上がってきてない。


 貴族家の「世渡り」方法を考えれば、ある意味、それは当然のこと。


 前国王からの継承について、理屈の上ではいろいろと疑義は唱えられるだろう。だけど、実際問題として東西の敵国を征服して北の問題を解消した新体制だ。


 文句を言うよりも「波に乗り遅れるな」となるのは人の心として当然なんだろう。


 油断はしないけど、必要以上に気にせずに、優先順位を付けてやっていくしかない。身体は一つだからね。


 それに、ウワサをチェックしていくと、今のところメリッサ懐妊は漏れてないのはさすがだ。距離の問題もあるんだろうけど、ブラスの徹底した情報管制が凄みを帯びてきているらしい。


 さすが「王国の耳」を父に持つ男。もう少し経てば、ブラス自身が、そう呼ばれるかもしれないね。


 ともかく、最終調整はするにしても、皇都へ向けて出発する前にベイクのお仕事に合わせて発表すれば良いよね。


 無責任に聞こえるかもしれないけど、今のオレには「発表」そのものには興味がない。だって、無事に生まれてくれれば良いんだから。


 それを政治的にどう活かすのかはベイクが自由に利用すれば良い。「発表時期を任せる」と言ったら、ムチャクチャ喜んでくれたしね。


 一方で、皇都に向けて原稿はすでに送ってあった。卒業式では彼女自身の言葉で簡単な挨拶をしてから「皇帝からのお言葉」を代読してもらう形を取る予定だ。


 聞く方としては「ミネルバの代読だ」と言ったら微妙に違和感を持つかもしれない。 


 メリッサの時はすべて「本人の言葉」だったからね。


 なぜ? と思うだろう。貴族的な格の付け方から言えば、ある意味で「差があるのは当然」らしい。


 同じ正夫人と言っても、やはり「第一夫人」の立場とは違うというのを示しておかないといけないと考えるからだ。


 ただ、やっぱりメリッサがすごすぎるんだよ。


 だって、未来の王国を背負って立つ人達だけならまだしも、卒業式にはその「親」がくるわけだ。しかも、そこで「国の方針」的な話をするのが恒例になっちゃってのがヤバい。


 今年の卒業生とは関係ない貴族までもが「余も卒業生である」なんて言って潜りこんでくるんだから、もはや全貴族を相手にした施政方針演説に近い。


 そんな中での演説なんて普通の女の子が、いや男の子だってしたがるわけがない。


 ミネルバは医学や生物学なんかの理系の問題については、とってもすごい発想と能力を持っているけど、それ以外のことは普通の子。あくまでも、皇帝の妻となった普通の女の子の範疇にある。


 千人からの貴族達の前で演説っていうだけでも、卒倒しそうなほどのプレッシャーを感じるのは当然だし、まして「サスティナブル帝国のこれから」をテーマにして演説しろなんて言われたら気後れするのが普通なんだよ。


 だから「原稿を読む」と言うカタチにしたわけだ。本人としてもホッとしているはずだ。


 でもさ、考えてみると、話すべきことを考えて、言葉も自分で選んで演説したメリッサの超絶天才ぶりが際立つんだよね。


 以前は、そこまで思わなかったけど、今回、ミネルバに頼むよってメリッサに伝えたら、即座に、しかし、とっても控えめな言葉で「原稿を差し上げた方がよろしいかと」とアドバイスされた。


 そこで初めて「卒業式でのスピーチのヤバサ」と、それができちゃうメリッサの天才ぶりに気付いたよ。


 メリッサのアドバイスを受け入れたのも当然で、直ちに原稿を送りつけた。


 ん?


 そんなことを言ったら、だんだん、どんな貴族がいても平気で演説しちゃうほど慣れてきちゃったオレって、図太すぎる?


 だって、オレの方には「歴史チートインチキ」があるもん。名演説の名文句を覚えておくなんて歴史ヲタの初歩中の初歩だ。そこから適当なのをつなぎ合わせればOK。


「夢をバカにする人間から離れなさい。

器の小さい人間ほどケチをつけたがる。

真に器量の大きな人間は、"できる"と思わせてくれるものだ。」


 なんて、いつか使ってみたいセリフだろ? ちなみにマーク・トウェインの言葉だけどさ、こういった偉人、奇人、変人の名文句をストックしてあるんだもん。やりたい放題だよね。


 第一、何を言ったとしても皇帝肯定だけに否定するヤツはいない、な~んてね。

 

 ……うわっ、ヤベ、神聖国王のしゃべりがうつってしまったよ。

 

 ともかく、いくらでも名文句がストック済み。サスティナブル帝国には、前世の著作権は及ばないからね!


 と、まあ、そういう話はさておき、メリッサとメロディーは4月ごろに安定期に入る。そうしたら、早々に皇都への帰還だ。


 そこで考えなくちゃいけないのはいくつもあって、正直頭が回りきらない。でも、先にやるべきはこれだった。 


 ね、ベイク!


「なんですと! ゴールズを全て引き上げると?」

「全てじゃないよ。迦楼羅隊の一個中隊は残す。まあ、アミダで決めることになると思うけど。それにテムジン達はオレの手元に残す」

「正直、ゴールズの全部隊を護衛として付ける予定でしたが」

「えっとね、帰途の道のりには凄まじく時間がかかると思うんだよ。ほら、馬車が揺れると不味いし」

「それに備えて、高速道路の平滑化を全力で再徹底中です」


 新型の馬車を使うにしても、道路が平らであればあるほど振動が減るからね。それはもちろんお願いするけど、おそらく移動可能な距離は40キロ程度になるはずだ。


 単純な「高速道路」の距離だけでも2400キロということはまるまるで2ヶ月かることになる。


「それだけの期間、ゴールズを護衛のためだけに使うのは良くないよ」

「しかし、皇子と皇妃様方の安全のためには、正直、必要な代償かと存じますです」

「もちろん、迦楼羅隊一個中隊だけってコトじゃないぜ? テムジン達に広域警戒をしてもらって、方面隊や各騎士団、こっちの国軍もろもろをパートタイム的に張り付ければ、常に3千人規模の護衛になるんじゃない?」

「それでは少な過ぎますです。すくなくとも一万は必要です」

「だってさ、具体的な最大脅威として、ベイクは、どの程度の規模を想定する?」

「そ、それは」


 言葉に詰まってる。そうなんだよね。オレが見たところ、どう想定してみても、せいぜいが山賊の類いだ。突然、千人規模の集団が湧き出すとは考えられないんだ。


 仮にシーランダー王国の手が伸びてくるにしても、空を飛んでくるわけじゃないので、途中に防衛線を貼っておけば問題なしだろう。


 魔法でも使わない限り、3千人規模の護衛に脅威となるような集団を送り込むのは不可能ってことでOKさ。


 それをベイクも分かっているから言葉に詰まったんだろう。


 ふふふ。ベイクってば正直~


「どうしても、っていうなら迎えを早めに出しても良いってあたりで手を打たない?」


 つまり、来たくて来たくて仕方ない、カーマイン家やシュメルガー家、スコット家、あたりの騎士団に「来ても良いよ」と伝えることだ。


 いや、いっそ御三家どころか、六侯爵家の騎士団も来たがるかも。


 そのあたりをオレが詳しく言うまでもなく、ベイクは「う~ん」と悩み出したんだ。


 そして、ゴールズが皇都へと向かったのは、それから2週間後のこと。途中で訓練も行ってから、クラ城あたりで合流する予定だ。


 そして、妥協案として出されたのは、クラ城と常に往復している輸送隊をオレの動きに合わせて護衛隊として使うと言うこと。


 そのあたりの調整は、丸っとお任せして、メロディーのハープシコードに合わせて、今日もダンスの練習だったよ。(適度な楽しい運動は妊婦さんに持って来いだからね。ミィルも付き合わせた)


 ともかく、これで皇都への戻る算段が付いたってことで、最後の調整に入れば良いだけだった。


 まあ、こうやって調子の良い時ほど、フラグを立ててしまうのが、オレってヤツだよね。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

さて、何が「フラグ」だったのでしょうね。ゴールズの「訓練」は、この後に備える意味があるので、こっちで始めておく必要がありました。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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