第66話 海辺を歩いたら


 うららかな春の日差しのお陰で、海風が心地いい。


 恋人つなぎでシャオと歩く道はカイでも指折りの高級店名店街である。


 ついさっきも、フラリと入ったお店--前世で言えば「カフェ」のような店--で飲んだ紅茶とクッキーは美味しかった。


 せっかくのお休みだ。


 のんびりデートするのは最高だ。もちろん、お昼はこの道で一番、ということは、この国でも指折りの名店とされているレストランで食べる予定になっていた。


「君と街を歩くだけでも楽しいよ」

「ショウ様と手をつないで街を歩けるだなんて、夢のようです」


 確かに夢だよなぁと、チラリと思った。


「皇帝陛下が、休日のお散歩デートを楽しむ」


 このために、この通りとつながる全ての道は封鎖されて、各店のバックヤードには数人ずつのゴールズが詰めている。


 当然、思いつきのように「この店、良い感じだね! 入ってみようか!」とショウが言った店は、全て予定された店であった。


 もちろん、レストランの厨房には、全てを厳しく監視するお城のメイドとゴールズのメンバーが睨みをきかせていた。


 確かに、本日は「お忍びデート」だが、マジだったらアテナとカイが許してくれるはずもない。


 そもそもの話として、毒味役も連れてないのに、侯爵家令嬢だった女の子と、皇帝が外で何かを食べるわけがないのである。



・・・・・・・・・・・



 夢のない話ですまんけど、デートのあれこれは全部、仕込みだ。シャオだって、それは分かってる。


 ただ、分かっていても夢を見たいってこともあるじゃん? メリッサだってメロディーだって、王都デートを楽しんだんだ。


 シャオだって、一度くらいは夢を叶えて上げたいじゃん。


 ちなみに、本日のアテナは、チセちゃんの破れた夢を繕うために、別のお店で「お茶」をしてるんだ。


 この大々的な警備体制のささやかな「再利用」みたいな感じだね。


 ちなみに、本日の警備は表の部隊だけで三千人が動員されてる。影のみなさんがどれだけ働いているのかは、想像もできないよ。


 ホントはすぐ後ろにカイを歩かせても良いなら、その半分でも良いんだろうけど、それじゃあ夢がないからね。


 ってことで、カイはこの先のレストランの「隣」で待機中ってことになってる。


 代わりに、この道にいる通行人から、辻売り、子ども連れに、老夫婦まで全部が仕込みだ。


 どこまで仕込んでいるのかはベイク任せだけど、アテナも承認した計画だから、きっと過保護なほどに厳重なはずだよ。


 ちなみに、辻売りというか、屋台はあるんだけど異世界ラノベの定番「串焼き」の店はない。いや、マジで、ないんだよ。


 いや~ かねてから、あれって謎だっんだよね。だってさ、家内制手工業みたいな文明レベルで「40センチ近い真っ直ぐな串」なんて簡単に作れるわけがない。


 全く作れないわけじゃないけど、串焼きに使えるレベルの真っ直ぐな「串」って簡単じゃないんだよ。


 ぶっとくて真っ直ぐで火に強い木(当然、それ自体がお高い)から、削り出すと超ハイコスト。はたまた竹を細かく縦に割っていくやり方もある。こっちにも真竹みたいな太くて節と節の間が長い竹はあるんで、串も作れなくはない。でもBBQみたいに、肉を刺して火の上に渡すみたいな使い方ができる串なんてないんだよ。まあ、芋団子くらいかなぁ。

(小さめの魚に串を打って、火に立てかけるようなカタチで焼くのは可能)


 だから、串は作れば作れるけど、相当お高くなるのは目に見えてる。


 屋台で簡単に買えるお値段の食べ物に使うわけがわけがないんだ。


 庶民が屋台で何か食べ物を買うなら「直接手に持つ」か「大判の葉っぱで包む」形しかないんだよ。夢を壊してスマン。


 食事の前に、ちょうど目の前にあった宝飾店に入ろうとした時だった。(もちろん、その店を選ぶのは偶然なんかではない)


 少し「空気」が動いた気がした。


「シャオ、ちょっとだけごめん。ちょい指示を出すから」


 お店に入って、まずは安全確保。


 すかさず、外から見える位置で、ハンドサイン。


 素早く中から、ひっつめ三つ編みにした女店員が現れる。


「報告せよと伝えよ」

「御意」


 余計な会話はしない。


 それだけ告げたら、シャオと「ブローチ」をあれこれ見せてもらって、似合う、こっちはもっと似合う、なんて感じの「恋人買い」で戯れる。


 でも、今ごろ、外は大騒動のハズだよ。


 こういうお店は奥に接客用のお部屋を持っているから、二人して案内してもらうと、そこにはファントムの手の者が待っていた。


 もちろん、特別な指のサインで相手を確認してから「どうした?」と尋ねると、黙ってメモを差し出してくる。


「沖に沈没しかけた船あり」


 ファントムが、この報告を持ってくると言うことは、ベイクの命令ラインでは「見捨てろ」という指示を出したと言うことだ。


 まあ、ベイクなりの論理で、そうなったんだろうけど、やっぱり「人命第一」って思っちゃう。


 そこからの話は早かった。


 ファントムに「部屋の安全確保」を命じてから、いったん店の外。


 すぐさま寄ってくる警備担当はピエロのコスだ。


「沖の船を救うんだ。どうせ警備船が出ているんだろ? 沈没した理由も添えて報告を持って来い」

「かしこまりました!」


 キビキビとした軍人の動きをする「ストリートピエロ」っていのうも、シュールだけど、すぐさまピエロを中心に二〇人ほどの軍人が集まってくるのもすごい光景だった。


 そこから、部屋に戻ったオレは、さんざんシャオを迷わせてあげてから一つだけブローチを買ってあげる。


 いや、ホントはこの店ごと買えるよ? なんだったら「この店よこせ」と言って、今すぐ、オレのモノにしちゃうことだって可能だよ?


 でも、それをやったら「デート」になんないなと思ったからね。大人買いをすれば良いってモンじゃ無くて、あれこれキャッキャしながら選ぶのが楽しいんだから。


 実際には「本当に良いモノ」は、高位貴族家に直接持ちこまれるから、店に並ぶのは1.5流どまりの品なんだけどってのは、別の話だ。


 シャオは嬉しそうだった。


「一生の記念になります」


 そうだよね。その笑顔とデートの記憶がプライスレスってやつさ。


 そして、ちゃんと包んでもらったプレゼントをオレが持ってレストランに移動する。


「シェフの気まぐれサラダ」入りの、お任せコースだ。


 もちろん、出される調味料に至るまで、全て3回チェック済みで、厨房を出るまでにも毒味されているからね。デーザトのチーズムースに至るまで、安全な食を堪能しつつ、今日のデートで見たモノ、聞いたモノを話題にする。


 うん、うん。デートだよね。


「あ~ 美味しかった」

「最高だったね」


 ちなみに、途中で出てきた「グラニテ」は、コンビニで大人気の〇リガ○くんを砕いたモノだ。計画停電があったから、コンビニのアイス類は、全て一度はゴミになったのを見たことがあるからね。たいていは出せるんだよ。


 今回もスープを食べ終わった後に、さりげなくギャルソンを通じて「これを」と渡したモノだよ(事前に打ち合わせ済み)


 二人で満足したところに、報告が上がってきた。再び「ちょっとゴメンね」と仕事モード。


「船に穴が空いた? そんなにボロいの?」

「よくあることです。フナクイムシと呼ばれる恐ろしいモノがおりまして」

「あああ、あれ!」


 思いっきり思い当たってしまった。


 実は、この世界では水運が発達してないことに気付いていた。川はまだしも、海は絶望的に使われてない。


 造船技術が低いせいなのかと思ったら、違っていたんだ。


 どうやら、こっちの世界では「フナクイムシ」が異常なほどに多いらしい。別名「海のシロアリ」とも呼ばれて、虫とか言われながらも、正体は二枚貝の一種だ。


 でも、全体で見るとミミズみたいな姿をしていて、その先端にある二枚の貝殻を使って、ガリガリと木に穴を開けて食べていく。あれ、サイズが違っていたら、間違いなくパニックモノのホラー生物だと思うよ。


 実際には我々も普通に目にしてるんだ。海岸線を歩いて、ちょっと太い流木を拾ってみると、たいてい穴が空いているだろ? あれだよ。


 全長は10センチほどだけど、なんと言っても「木に穴を開ける」というのが怖い。木造船にこんなのが棲み着いた日には、すぐに沈没が待ってる。


 今回の船も、どうやらフナクイムシにやられたらしい。


 こっちの世界の船は全て木造船だ。川の船なら年に1回、海に出る船なら週に1回は船底を炙ってフナクイムシを殺さないとダメなんだ。(空けられた穴には松ヤニみたいなモノを詰めるから防水にはなるけど強度は激しく劣化する)


 これを、こっちの世界では「虫干し」って呼ぶらしいけど、ボートくらいの船だって、陸に持ち上げてひっくり返す作業は大ごとだ。まして運送船クラスになると「週に一回は乾ドック」が必要なんて、大げさすぎる。


 だから、海に大型船をだすなんて、軍隊以外では絶対にやりたがらないんだよね。


 今回の船は小さい船だった。だけど昨年のヒドリ騒動の中で漁に出ることが例年より多くなった分だけ、虫干しが疎かになっていたらしい。


 フナクイムシが、大量に取り付いてしまった結果だ。


「う~ん」

「どうなさったんですか?」

「うん、だよ」

「え?」

かなぁって」

「何が、どうなのでしょう?」

「あ、ゴメンゴメン。どうやら新たに必要なことが分かっちゃったかも」

「それは、おめでとうございます? と言って良いのでしょうか?」


 キョトンとするシャオの表情は、なんとも幼い感じだ。う~ん、こーんな可愛い子と、今日も一緒だよ!


「よし! じゃ、今日のデートの記念に、このブローチを贈るね」

「ありがとうございます、ショウ様」


 もちろん、ブローチは「相手の胸に付けて上げるところまでがお仕事です」だね。


 可愛いポニョリを楽しみつつ「動いたら危ないからね」とゲスいオッサンのような冗談を言いつつ、心から二人が楽しめるデートって最高だよね。


 そして、三千人の警備の者達も、ホッと胸を撫で下ろしてデートは終わったんだ。



・・・・・・・・・・・


 お城に戻ると、早速呼び出したのは、遙か北の地から駆けつけていた二人の伯爵だ。


「呼び出してすまなかったな。マイセン、アンスバッハ」

「めっそうもございません。陛下にご指名いただけること、このマイセン、心から喜んでおります」


 相変わらず、怜悧な微笑を浮かべるマイセン伯爵は、北の方を落ち着かせた後、アンスバッハを伴って自主的にこっちまでやってきていた。


 彼らは「どんな小さなコトでも良いので、何とかお役目をいただきたい」という具申を何度もベイクにしてきているらしい。


 だから、この呼び出しは「すわっ、お役目か!」と嬉しくてたまらないと言ったところ。もうね、アンスバッハなんて正直だから、ちぎれんばかりに振る尻尾が見えるみたいな表情だ。


「ガバイヤの連中は、最後は腰砕けになっておりましたから。まだまだ戦えますぞ、陛下」


 アンスバッハがヒグマのような巨体をユサユサと震わせて嬉しそうだ。


 北の土地の「クーデター失敗」の件で、死に装束まで着てきた二人だけに、心からオレの役に立ちたがっているのが伝わってくる。もしも「このまま手勢を率いてをとって来い」とでも口を滑らせたら、マジで出撃しそうな勢いだもん。


 ま、確かに「南」を攻める話ではあるけどね。


「二人は、船のことは詳しいか?」

「申し訳ありません。軍船がひどく手間と金がかかり、しかも、長期間使えないモノだと言うことくらいしか存じ上げません。川ならともかく、この地では海が目の前にあって、お悔しいとは愚慮いたしますが」

 

 うん。どうやらフナクイムシのことは知っていて、海では船が役に立たないことも知っているみたいだね。さすがマイセン。アンスバッハも、そう言う僚友に納得の目線を送っているから「船は使い物にならない」ってことは知っていると見て良いだろう。


「なあ? もしもフナクイムシを防ぐ方法が、しかも、年の単位で完全に防ぐ方法があるって言ったら、マイセンはどう思う?」

「もちろん、夢のような話ではありますが、海を利用することにかけては我が国いじょ、あ、いえ、かつての我が国以上に熱を入れて研究していたのが旧ガバイヤです。そこをもってしても、実用になるモノはなかったと思うのですが」


 その通り。前世の歴史でも、船を手に入れた人類は数千年にわたってフナクイムシと戦ってきたと言っていい。


 それを克服できたのは、なんと18世紀になってからなんだよ。しかも、驚くべきことに18世紀のイギリス海軍で開発されたやり方は、21世紀になっても根本的には変わってないほどに完璧なんだよ。ほら、今は鋼鉄船になっても塗ってるだろ? 赤い塗料。基本は、あれなんだよ。


「実用的な方法は、もう見つけてある」

「なんと!」

「材料も用意した。後はソチがどれだけ研究するかの問題だ。長期間、海に浮かべておける軍船。どう使いたいかね?」

「そ、それは、戦が変わってしまいます。すくなくとも、海沿いの国は…… あ! なるほど。陛下、ぜひとも小官にその役割をお命じくださいますよう、伏してお願いいたします」


 ふふふ、優秀なマイセン、アンスバッハのコンビなら、きっとやってくれるよね。


「うん、そのつもりだよ。材料はあそこに置いてある」


 失礼とひと言断ってからマイセンは顔を向けた。そこに置いてあるのは赤茶色に輝く手のひらサイズの金属塊が積まれたテーブルだ。


 もちろん、あれも廃棄されたスマホやタブレットといった「都市鉱山」から取り出しておいたものだ。テーブルに置いてあるのはホンの一部で、準備したのは300キロほどだ。


「陛下、あれは…… 銅に見えますが」

「その通り。銅だよ。あれを可能な限り薄くのばして船底に張り付けるんだ。極限まで薄くする技術開発が、一番必要になるだろう」


 前世の赤い塗料は「亜酸化銅」が正体。その前までの木造船は「銅・亜鉛メッキ」を施すところだ。この世界では、まだ化学が発達してないし、電気メッキも使えないから18世紀のイギリス海軍方式で「薄くのばした銅板で木造船体を包む」やり方しかないんだよね。


 ちなみに「赤い塗料」を出すことも考えたんだけど、この後を考えちゃうんだよね。謎の赤い塗料が有効だった、というよりも「木造船は銅で包め」をこの世界の知識の中に入れることが大事だと思うんだ。


 100年前のやり方だって、こっちの世界では画期的な「フナクイムシ」対策になるんだよ。そして、技術レベルで言えば「銅板」方式の方が、実用レベルにしやすいからね。


「あ、ついでに言うと、あれを張り付けると、フジツボの類いも付かなくなるから、一石二鳥ってやつだ」

「そ、そんな簡単なことで、あの厄介者まで付かないとは!」


 マイセンはもちろん、アンスバッハはオレの言葉を疑う余地もなく、ただ、ただ驚いてくれた。


 うーん。久々の知識チートって感じだね。


 きっもち、いー。


 ってことで「兵員輸送艦隊建造計画」という漢字が十文字も必要な面倒くさいプランをマイセン達に丸投げっと!


 そして、オレは、デートの後のお楽しみってやつだ。あ、もちろん、アテナも一緒だよ。チセちゃんの夢は「デート」までだもん。


 チセちゃんを帰した後のアフターは、もちろんオレの役目だからね。

 

 いっただきまーす



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

フナクイムシに木造船がやられるのは、かつては当たり前でした。コロンブスが探検に出かけた三隻の艦隊のウチ、二隻が沈んだのもフナムシのせいだと言われています。ちょっとだけ仕組みを科学的に書いてしまうと「水と接触すると、銅はオキシ塩化銅を主成分とする有毒な皮膜を形成します。そのため海洋生物を阻止するということと、この被膜はわずかに水溶性であるため、徐々に洗い流され、海洋生物が船に付着する手段がなくなってしまうという二つの側面があった」とされています。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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