第63話 アモーラ神聖国
かつてのサウザンド連合王国は16もの王国、自治領がまとまってできた不思議な政体だった。
各国の王が一つにまとまり、国王以外から優秀な代表を連れてきてまとめ役とする。それを頭領という。
システムをじっくり聞いてみると、独立した州を束ねて連邦政府を率いるアメリカの大統領にイメージが近い感じだ。頭領を決めるのも、各国王が意見を述べて投票によって決めているというこっちの世界では珍しい決め方をしている。このあたりも、州ごとの選挙人を選ぶ形式の「大統領選挙」のやり方に近い。
まあ、投票とは言ってもある意味で冷徹な力関係が影響するだけに、連合王国内では3つの大国と、1つの神聖国が特に発言権が強いらしい。
それらの国々が投票した結果として「頭領」になったのは、以前、サスティナブル帝国に逃げてきたサウザンド連合王国第47代目統領、レオナール・メタル=レアとかいう男だ。ちなみに、あれ以来、スコット家の分家に預かってもらって、隠居生活をさせてる。
厳重に監視は付けているけど、今のところは大人しい。
そして、レオを追放したのが本当にちっぽけな国であったマトゥラー王国のクルシュナという男だった。当時は、国王への即位式すらまだで、通常は「黒太子」と呼ばれた男は、あっと言う間にサウザンド連合王国の頭領システムを廃止した。武力衝突もほぼ起こさず、怒濤の勢いで大国を飲み込んで統一を果たしたのだから力量があるのは間違いない。
「と、まあ、オレが知っているのはそのくらいだ」
後に、王都を「トーキョー」と名付けたり、徴兵なんてシステムを生み出しているところから見て、転生者で間違いないとは思うけど、それは言わなくても良いはずだ。
『ついでに言えば、手段として暗殺を用いるらしいけど、そのカラクリはファントムですら解明できてないんだったな。なんらかのスキルがある可能性もあるのは頭に置いておかないとだよ』
そんな心の声をベイクは気付かずに、ウンウンと肯いて見せた。
「十分すぎるほどです」
そこからのベイクの話は、まさに体験で学んできたことが込められていた。
「実際に見てみると、やはり元の大国の発言権が強いのはともかくとして、神聖国がとりわけ大きな要素でした。サウザンド連合王国の大きな問題点であったと言っても良いほどです」
「問題って言うのは?」
「この問題をわかりやすくする事情の一つが、神聖国には国土があって領地はないというあたりでしょう」
「は?」
なんだ、それ。
「神聖国の名をアモーラと言いますが、この名前には『母なる』とか『根源』と言う意味があるんだそうです。かつてサウザンド連合王国の大部分を治めていたアモーラ王国が解体されて15の王国と一つの自治区となりました。この自治区にアモーラ王国の王統を受け継いでいる国王がいたのです」
「アモーラ王国を継いだ?」
「はい。栄光あるいにしえのアモーラ王国の正当なる王統に属する方です。旧王国と分けるために『神聖王国』と呼ぶのですが、歴史的にはアモーラ王国そのものですので概念の上ではサウザンド連合王国全体が国土なのです」
「微妙な話だね。だって自治区だって治めてるわけじゃないんだろ?」
「はい。自治区はあくまでも自治区です。住民達が話し合っていろいろと決めます。けれどもアモーラ神聖国王に対して、誰もが敬意を持って接することになっており、しかも、この権威は他の各国王よりも格上なんです」
そこから、いろいろと慣例を聞いて驚いた。
ある意味で、日本の皇室と総理大臣や都道府県知事との関係にそっくりだからだ。
ひと言で言えば「アモーラ神聖国王の権威は最高だけど権力は無い」ってこと。
各国のトップである国王は、アモーラ神聖国王には臣従の礼を取る。だけど実際の政治には一切関わらない。
各国の兵士が争うようにして神聖国の建物を守ってる。でもアモーラ神聖国王には身のまわりの護衛以外に兵士はいない。
アモーラ神聖国には領地がないから税金は全く取らないし、税金を納めるべき国民は一人もいない。代わりに各国に金額を指定してお金を治めさせている。
各国のいかなる法でもアモーラ神聖国王には一切の権限も義務もない。だけど祖先から伝わる礼拝や儀礼を日々執り行っていて、どこかで災害が起きると鎮魂の儀式を執り行うために出かけていく。その際は、それぞれの国王が臣下の礼をとって接待するのが当たり前とされている。各国の民からの人気も絶大であるし、奉納品は引きも切らないけど、実際の政治は一切期待してない。
実際、災害などの折に各地を訪れると、民は感謝の涙を流す。けれども「災害だから税金を負けてくれ」などと言う者はいない。仮に、現実の要求をする者がいても、周りは困惑の顔しかしない。
それは、まるで、ある種の司祭に近い存在だった。
そういうアモーラ神聖国王は自治区の外れに「王宮」を構えていた。
「私は、そこの王宮で
「マジ? パンなんて焼けたんだ?」
名前は確かにそんな感じだけど、れっきとした公爵家令息がパンを焼く?
「いえ。私がしたのは食卓のパンを炙った程度です。焦がしてしまいました。むしろ神聖国王陛下の方が焼き加減がお上手です」
ポリポリ。
ひょっとしたら国王にパンを焼かせていた疑惑もあるけど、それはさておき、と。
「なるほど。ベイクの立場は、食卓に控えているパン職人として
「さすがですね。はい、その通りでございますです。はい」
江戸時代の「お庭番」と呼ばれた情報組織は、主が庭を歩いていると、手入れをしている職人という体でコンタクトした。
古今東西、秘密の仕事をする人は、直接会うのが不思議では無い仕事をかりそめの姿にしているんだ。
「それにしても、よりにもよってパン職人って」
「はぁ、悪い方ではないのですが、どうにも、そういう方でして」
親しいものにはダジャレやオヤジギャグを連発するヤバいタイプらしい。
「お人柄は、とてもよろしい方なんですよ、正直」
逃亡生活の中で、ベイクはアモーラ神聖国王の権威に目を付けた。自分の政治的な力を発揮すれば、十分過ぎるほどに備えた権威を使って「権力」も手に入れられると。
30年のスパンで、サスティナブル王国の征服までも視野に入れたらしい。
要するに、その時点でベイクはサスティナブル王国が王子によって乗っ取られ、父親も殺されたと判断したのだろう。まあ、ベイクはそれを認めなかったけど、アモーラ神聖国王に臣従したというのは、そういう意味だ。
「実際のところ、立場的に便利な組織もお持ちだったのです。私を信頼してくださって、その権限をくださいました」
意外なことに、歴史の長いアモーラ神聖国王は、けっして大きな組織ではないけれども、非常に力量の高い「影」を持っていた。
オレに仕えながらも、アモーラ神聖国王との主従関係を切ってこなかったため、形式上は、今でも、あちらの影を使うことができる立場となる。
サスティナブル帝国にいながら、別の組織を使えるということは、ものすごく便利だったため「アモーラ神聖王国のスパイ」をやめることができなかったわけだ。
つまりは、これがベイクの「私はスパイです」の意味だった。
そして、オレに対しての申し訳なさを持ちつつも、アモーラ神聖国王の人徳に惹かれる部分があったらしい。だから、サスティナブル帝国においても、アモーラ国王を活かせる道がないかを模索していた。
これが今のベイクの本音だと言っている。
恐らくそれを信じても良い気がした。
ベイクは十分な時間をかけてタイミングを探さなくてはならなかった。最初の目論見では、シーランダー王国を占領する過程において、なんらかの貢献をさせることで地位を得ようと考えていたらしい。
「ところが、クルシュナ王への叛乱が勃発してしまいました」
「あ~ なるほど。反乱軍は、神聖国王の権威を利用しようとしたわけだね」
まあ、ありがちだよね。そもそも明治維新においても天皇の権威は大事だったし、226事件の時も天皇陛下の御聖断によって決起将校達が失敗したことを悟ったと言われているんだもん。そもそも、太平洋戦争の終結時に天皇が果たした役割はけっして小さくない。
権威というモノは、非常の場合には現実に対する「権力」を発揮できるモノなんだ。
東北の大地震において、福島に核爆発の危険が迫った。後から考えても、あの時は「核爆発によって東日本に人が住めなくなる」という可能性の方が高かった。日本の株価も大暴落して当然だったはずなのに大きなパニックは起きなかった。東京から脱出しようとした人は、ごく少数。
多くの人々が最後の最後で心の拠り所とした天皇陛下がいらっしゃったからだ。
「そんなに心配しなくても、陛下は皇居にいらっしゃるじゃないか」
根拠なんて何にもないけど、天皇陛下が東京にいらっしゃるという事実を人々は安心材料にした。理屈じゃなくて「何となく大丈夫な気にさせてくれる」という存在なんだよ。これこそが「非常時における権威」のスゴさなんだよね。
だから、新たに統一された王国に対して叛乱を起こす側にとっては「前の」統一王国の王統が錦の御旗として最高の材料となるのは当然のこと。
「クルシュナ王の采配や作戦については、摩訶不思議な戦術が山のようにでてきて、反乱軍は敗退に次ぐ敗退でした。そのためアモーラ神聖国王は逃げるしかなかったのです」
ということで亡命する必要が出てしまった。その行き先は、もう、ウチしかありえないわけ。だから、カイの城には「皇帝差し回しの馬車」が入れられて、極秘の受け入れをしているのが現在だ。
当たり前だけど、これで拒否したり、あまつさえ捕らえたりしようモノなら、この後に起きる反発がどうなるのか明らかだ。
ともかく、受け入れるしかないんだよ。
「ようこそ。サスティナブル帝国オウシュウ領のカイへ。歓迎いたしますぞ」
賑々しい歓迎セレモニーよりも、今は安全確保という名目で密かに受け入れることが最優先だった。
ここにいるのはごく内輪の者だけ。そして、最初に案内した応接室では、ベイク以外、本当に「ウチ」の人間だけにしてある。
あちらは護衛が二人と国王とその家族が四人。
こちらの護衛がいつもの二人。そして妻達が三人ってわけ。
「受け入れてくれたことを心から感謝しますぞ。アモーラ神聖国第十一代のミチトです。我には名のみ存在し、通常は名乗ることも許されてないゆえ、名乗りはこれにて許されたい」
「ベイクから事情は聞いています。ともかく、お互いの家族を紹介するところからではいかがでしょう? こちらが妻のメリディアーニとメロディアス、そしてシャオ。後ろに控えるのがアテナイエーで、彼は専属護衛のカイです。あ、どうぞ、メリッサ、メロディー、それにアテナとお呼びください」
相手は友好的な王族で、先に名を明かしてくれたんだ。呼び方程度の「特別待遇」はアリで良いだろう。
「先にご紹介をいただき恐縮です。こちらは妻のミライ、そして息子のアリシと、長女のミヨと次女のチセです。次女は、ちょうど皇帝陛下と同い年と聞きました」
国王夫妻は四十代と言ったところ。
アリシ君が二十歳くらいかな? ミヨがオレよりちょっと上? 2、3歳年上なんだろう。そして、ちょっと顔を赤くしたのがチセちゃん。
神聖国王一家は、全員が美男美女なのは、遺伝のなせる技なのか。
「こちらの専属護衛はヨウとインです」
もちろん武装解除はしている。こちらもアテナとカイが持つのは儀礼用の木剣だけだ。まあ、二人だと木剣でも一ダースくらいの兵隊は瞬殺だろうけどね。
ともかく、一応「儀礼上の護衛」の体裁を取っているし敵意も見せてないのは良しとしよう。
しかし古武士風の護衛二人は明らかにカイとアテナを見て警戒していた。っていうか、あれ? 脂汗を流してるよ。
一方で、アテナもカイもいたって平常モード。
おそらく、入って来た瞬間からお互いの技量を読みあった結果なんだろう。プロの技量が分かるのもプロのなせる技。
つまり、オレは安心して大丈夫ってことだ。
それにしても、真面目そうなイケオヤジの神聖国王め。人徳者ってことだったけど、どーして、どーして食えないヤツ。
最初の紹介の時から、娘を売り込んでくるとはね。
ベイクからは一応警戒してくれとは言われているんで対策済みだけどさ。
「ともあれ、遠路はるばる来ていただいたのです。とりあえずサスティナブル帝国が自慢するケーキなどお召し上がりいただきましょう」
必殺、クリスマスケーキ!
バッチリのハズ。
和やかな会談が始まると思ったら、ケーキが瞬殺されて、お代わりを出すことになってしまった。
まあ、美味しいものを食べてくれる方が、気持ちも和むからね!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
クリスマスケーキが瞬殺されたら、エルメス様がお好きなガトーショコラがお代わりになりました。とても気に入ってもらえたようで良かったです。
でも、後々面倒なことになるに決まっているので、娘はもらいません。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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