第60話 通信革命


「よくぞ教えてくれた」

「発言をお許しいただき、ありがとうございました」


 皇帝が誉めたのに対して、発言の礼を言う家臣。


 美しい関係だよね。自画自賛。


 メリッサとメロディーの懐妊は、まだまだ公にするには早すぎる。基本的には前世で言う「3ヶ月」になってからになる。


 まだ、早い。


 何しろ、本人達が「ひょっとして」と思わないでもないってくらい微妙な時期だからね。


 ……ということは、アッサム荘のなのではないかと、思っちゃうんだ。「人間は生命の危機を感じると子孫を残そうとする」なんてネタを昔聞いた気がするなぁ。


 まあ、それはともかくとしてだ。


 公表できないからごく内輪のお褒めの会だ。


 ベイク達を始め、ごく少数の前で(ロースター鎮正将軍は、まだ、現地での事態収拾中)アネットにご褒美だ。


 大殊勲のアネットに金一を贈った。


 前世の日本で言えば1千万ほど。こっちの世界の使い勝手だと10億ほどになるのかな?


 皇帝の下賜品だから無税だよ!


 とは言え、アネットが喜んでくれたのは「そこ」じゃないんだけどさ。皇帝直々のご褒美は、一族の名誉となったし、息子さんの将来にもつながると大喜びしたのは事実だよ。


 だけど、すぐに顔を引き締めた。そこにあるのは、猛烈な重圧を感じた人の顔だ。


 そりゃそうだ。なにしろ、皇后が故郷から二千キロ離れた昨日までの敵地で、しかもお二人ともご懐妊という驚天動地の事態。


 それを一番身近にお世話をする内側の責任者がアネットとなる。プレッシャーは凄まじいっていうか、どれだけのものを背負うのか分かってしまうのが優秀たるゆえんだ。


 お仕えする女性に安心して暮らしてもらうためには「1日25時間」の勢いで心配の連続が始まることになるわけだ。


 これからは、あらゆるものを疑ってかかるのが基本になる。


 なんでかって?


 考えたくないけど「万が一」を考えればわかる。


 妊娠は…… 特に妊娠初期なんて、ただでさえ何があるのかわからない。そして不幸なことが起きたら、それが自然の摂理であろうと、はたまた最悪の場合は人為であろうとも、皇帝の怒りが炸裂する可能性は大きい。


 自分一人が処刑されるなら、どれだけ気楽だろうと思っているはずだ。もちろん、オレがそんなことで八つ当たりするつもりはないけど、実際に愛する人の命がかかればどうなるのか自分でも自信は無い。


 そして、オレ自身の「権力」は、ここにいる全員を不幸な状態にすることだって可能なんだ。


 そう考えれば、アネットにかかる重圧のすさまじさが少しは想像できると思う。


「誠心誠意、務めさせて頂きます。そのためにも、まずは女官達を改めさせてくださいませ」


 それなりの選抜は終わっているけど、改めて身のまわりに置く女官達を選りすぐるつもりらしい。


 ロースターのところから、シャオ付きの優秀なメイド達が送り込まれてきたのもあるけど、やっと忠誠心の高い人材が厚くなってきたところだ。


 今では選抜基準が「悪意のありなし」のレベルから、どれだけ忠誠心が高くて、能力の高い優秀な人を選ぶのかって話になっているのはありがたいことだよ。


「全面的に任せる。妻達とよく話し合って決めてほしい」

「御意」


 ってワケで、内向きのことは、いつものようにメリッサとメロディーに丸投げした。


 だって二人の身体は大事だけど、何でもかんでも心配すれば良いってわけじゃないからね。何よりも、かかりっきりになることを二人は望まないもん。


 ともあれ「あの皇后陛下が処刑に立ち合われなかった」ってことで、こっちの貴族達は「お察し」で騒ぎ始めているらしい。


 そりゃ寒風吹き抜ける山の上で、最後までドレス姿で立ち尽くした若き皇后が「絶対的な義務」の場に姿を見せなかったんだもん。


 これで事情を想像できないようでは貴族として終わってる。


 公式発表は、体調とタイミングを見極めて、場を選ぶのは当然のこと。「皇后懐妊」はサスティナブル帝国全土に関わる政治の領域だからだ。


 当然、皇都への連絡は緊急案件となる。


 鳥を飛ばしたし、軍事用の「大至急」の急使も派遣した。


 鳥を使うと早ければ4~5日で届くらしい。現段階では一番早い方法だけど、送れるのは足環あしわに入れた小さな紙だけ。しかも途中で鷹などにやられるケースもあって確実性は低い。


 もちろん「届ける確実性」だけなら、複数の鳥を放てば確率論的に高まるけれど、今度は「情報漏れ」の可能性が大きくなる。


 だから情報を限定しなくちゃだし、やりとりも暗号のみとなるから第一報は暫定的な内容だ。


 結局、確報は信頼の置ける人間が運ぶしかないんだよ。


 リレー方式で昼夜を問わず駆ける急使を使って数週間。あ、昼夜を問わずと言っても、テムジン達とは違うんで、夜は極めてゆっくり進むしかないのもある。


 スマホを知ってる分だけ、イラッとするけど、それを言っても仕方ない。


 しかし、朗報というのは重なるものかも知れない。


 不意にやってきたのはスコット家からの使者。


 皇帝への献上品を持参している。


「きたぁあああ!」


 行きがかり上、ガラス製品と言えばスコット家の工房が頼りになるんだけど、かねてから頼んであったものがとうとう完成した。


 ベイクが不思議そうな顔をしているけど、皇帝陛下が「棒のようなもの」を手に踊って喜んでる姿に口を挟むのはためらったらしい。


 いや~ 貴族達を集めて「南京玉すだれ」でもやりたくなっちゃうくらいめでたいよ。


 ベイクに渡して覗かせた。


「望遠鏡だよ」

「わっ、なんですかこれ」

「いや、近くじゃなくて、窓の外を見るんだ」 


 お約束の、反対にして覗くボケこそしなかったけど、さすがに対面している相手を見るのはダメだよね。窓から外を向かせた。


「ほうっ、これは、すごい。遠くまで見渡せますな。ふむ、何とも楽しいですが、楽しむだけでは無さそうですね…… あぁ、偵察用ですか?」

「まあ、それにも使えるかもしれないけどね」


 これで、念願の通信網構築への第一歩が踏み出せる!


 大陸統一が果たせたとしても、その後の「維持」には頭を痛めていたんだ。発電機そのものは作り出せるけど、電気関連の技術者を生み出すには、かなりの時間が必要だ。


 それで考えていたのが「腕木通信テレグラフ」というヤツだ。ナポレオン戦争の頃から使われ出して、全盛期はフランスだけで4千キロにも及ぶ通信網が作られたという実戦証明済みコンバットプルーフのシステムだ。

(参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%85%95%E6%9C%A8%E9%80%9A%E4%BF%A1)


 基本的には、△の部分が支えになって、真ん中の木に「腕」が付いてるカタチだと思ってくれ。


 ― ――△―― ―

 (左)      (右)

 

 ロープを使って、この左右の腕部分、あるいは中心部分からクルンと真ん中の木を縦にすることができる。


 このカタチが、それぞれ情報の単位となる。


例えば


左の腕を 上 真っ直ぐ横 下 中心側に重ねる →4種類

中央の支えで 左を上 水平 左を下 垂直   →4種類

右の腕を 上 真っ直ぐ横 下 中心側に重ねる →4種類


 一つのカタチに文字や数字を当てはめておく。


 日本語で言えば「左の腕木だけ上にして、後は横に真っ直ぐだったら『あ』と言う文字」みたいに決めておくわけだ。そして、左の腕木を真っ直ぐにしたら『い』となると、腕木をちょっと動かすだけで『あい』と言う言葉が送れることになる。


 たった三箇所の可動部分だけで、送れるサインは多様だ。すごく単純に言っても4×4×4で64通りになる。


 間違えやすいカタチを除外したとしても、アルファベットと数字に必要は「カタチ」は簡単に作れるわけだし、機密性を保つために複数を使い分けても良い。


 で、これを高い建物や山の上に作って、リレー方式で伝えれば圧倒的な速さで「文章」が送れることになる。


 当然、中継地点が少ないほど有利になるのは分かると思う。


 そのためには、元の「腕木システム」をできるだけ高い位置で、できる限り大きく作ることが必要なのと「望遠鏡」が必須なんだよね。


 スコット家の工房で「ガラスを磨いたレンズ」を作成させて、やっと望遠鏡ができた。これで腕木通信網が作れるんだよ。


 超、嬉しい~


 リレー方式だと時間がかかりそうだと思うのが普通だと思う。


 しかし、実は違う。


 例えば高い山の上にシステムを作って、それを別の山から見られたら簡単に100キロくらい稼げるってことを考えれば想像できると思う。


 すっごく極端なことを言えば、日本だと富士山頂に観覧車くらいのサイズのシステムを作れれば、数百キロ単位の通信が可能と言うことになる。


 実際に富士山の上には作れないけど、東京なら高尾山から新宿のビルが見えるのは知られている話だ。


 となると、その半分くらいの位置なら十分に見える範囲ってことになる。途中に平地があると伝達距離が短くなるので、アベレージにすると数十キロごとに中継所を作って行けば、ものすごく速い情報伝達網ができるってことになるわけだ。

     

 なんと言っても、このシステムは全くのパクリだからね。当時は「テレグラフ」と呼ばれたこのシステムはフランスで実用化されている。「分速80キロ」という記録も残っているほどだ。


 腕木を動かすシステムは、この世界の職人でも十分に作れるし、腕木を操作するワイヤーは提供したって良い。読み取る熟練者は教育によっていくらでも生み出せる。


 中継所を作って維持していくのに金はかかるけど「必要経費」って思えば我慢できる範囲だし、そのうち民間の通信も有料で引き受ければ多少は賄える。


 大陸の端から中心まで数日で到達できる通信なんて、まさに夢のようだってこと。しかし、この先の統治には絶対に必要なんだよね。


 世界一の大帝国「元」は、版図が広がりすぎたがゆえに意思疎通を不可能にした。騎馬民族ですら、そうなる。ローマ帝国も結局、東西に分けて、それをさらに正副の皇帝を擁立したけど、分裂した。


 通信、移動手段が未熟だと「距離」って言うのは絶対的な壁になるんで、そのまま統治能力に結びつくんだよね。


 将来は大陸横断鉄道と電信を整備することは必須だけど、それが整うのを待っていられないから、今できることをやっていく。


 電気通信の仕組みがこの世界に定着するのに、どれほど頑張っても50年はかかるはずだからね。


 というわけで、ベイクに命じて「腕木通信網」の整備を大々的に行うよ。最初は兵士の中から「通信兵」を選抜する。


 ゆくゆくは、ルビに作る学園の生徒から、優秀で忠誠心の高い子どもたちを計画的に育てていくことになったんだ。


 もちろん、伝達網を作ること自体は大至急だ。


「ってことで、ベイク、よろしく」


 え!


 やった。久し振りの「貴族の丸投げ」大成功!


🎵あ、さて、あ、さて、さて、さて、さてさて、さては、南京、玉すだれ🎵


 いや~ クセになっちゃうね!



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 フランスの腕木通信のシステムは、18世紀頃に凄まじい効果を発揮しました。しかし、すぐに「電気通信」が発達したので隆盛は50年も続きませんでした。 

 ショウ君の世界では、どうなるか分かりませんが、電気通信のシカケが発明されるのを待つわけにも行かず、これを整備します。

 でも、これも「ガラスを磨いたレンズ」がないと作れなかったんですよね~

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇  




 



 




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