第59話 皇帝の妻としての責務

「仕方ないね」


 そんな言葉で片付けてはいけないのは分かる。だけど、今回のタマ城への「仕置き」が甘いと今後の禍根を残すことになる。


 前世の価値観と今の価値観は、オレの中でいっつも衝突しているんだけど、こういう場合はベイクの意見を全面的に取り入れるしかなかったから結論はすぐに出た。


「当主とその一族の成人は全て、叛乱の罪により公開処刑とする」


 これが全貴族に通達された。


 反乱罪による公開処刑の場合、伯爵家以上の大人の貴族は立ち合う義務を持つ。義務と言うよりも「見に来ないってことは、あなたも心の中は彼らの仲間なの?」って疑いを持たれたくないという考えが優先する。


 原則として、旧王都・カイとその近郊に住む貴族家が対象となるのだが、今回は違う。


 何しろ、全ての貴族家当主は新年の儀に出席していた。


 あの時に「もうすぐ、終戦だよ」を見せつけられているのだ。これで領地に戻るバカは貴族などやっていられないのだ。ただし、妊娠している女性に優しいのはどこの国でも同じ。慣例により妊娠中の女性は無条件で立ち会いが免除されている。というよりも「絶対に来てはダメ」という意識に近い。


 やはり、言葉に出しては言わないけど、出産とは命がけなのが前提だ。少しでも縁起をかつぎたいという気持ちは、サスティナブル帝国でも旧ガバイヤ王国でも共通しているのだろう。


 その話を聞いた時、ショウは前世のことをチラリと思いだしている。


『そう言えば、刑務官も家族に重病の人がいたり、妻が妊娠中の場合は死刑の執行役を免除されるって話を聞いたことがあるなぁ』


 それが本当なのかどうかは知らないが、さもありなんと思わせるだけの雰囲気はあったのだ。


 近代文明に満ち、迷信などは全く信じられてない世の中でさえ、そんな配慮があるのだ。


 この世界でもそうなのは当然な気がした。


 逆を言えば、たとえ大人になったばかりであっても、地位や立場のある者はけっして逃げることは許されないということ。


 ショウの横で背筋を伸ばしたまま、シャオは真っ青になりながらも、最後まで目を逸らさなかった。


『キツイよね。特に、この女性達の大半はシャオが見つけたワケなんだし』


 逃げ出してきた女性に紛れていた側妃や夫人をピンポイントで見つけたのはシャオなのである。言葉に出さなくても「自分が見つけなければ」という思いは心にあるはず。


 女性達の場合、慈悲により薬が与えられている。朦朧としているためか泣き叫ぶ人は出なかったのがせめてものことだっただろう。


 血のつながりのある者、一族はことごとく処刑。その数は30人以上にも及んだ。


 淡々と進む処刑。


 途中でシャオが歯を食いしばったのは吐き気を堪えたからだろう。会場のあちこちで、女性のみならず、男性も吐いている中で、最後までシャオが耐えたのは「皇帝の妻」として自覚がそうさせたのかもしれない。


 あるいは、皇帝の「妻」でここに立ち合うのは自分だけだという事実が、一際、気を張らせていたのかも知れなかった。


『まあ、オレだって気分は良くないよな。戦場で慣れているなんてことはなかったな』


 ちなみに、横のアテナもカイも顔を強ばらせていたから、恐らく同じなんだろうなと思う。


 自分も命を賭けている戦場なら「敵」を倒しても納得できても「処刑」となるとまた別なのである。 


 しかし、一族の処刑は必要だったと思う。


 すごく野蛮で、残酷に見えるけど、タマ城攻略戦の最後の突撃で亡くなった公称4千人、実数でも3千人を越える死者と重傷者を出した結末は、しっかりと付けないとダメなんだよ。


 さもないと、最後に突撃してきた人達も浮かばれないからね。


 ただし、ギリギリの所でファントムに命じたのは「子どもたちは落とせ」ということ。やり方も、行き先も指定せず、ともかく「貴族だったことを忘れてつましく生きるなら何でも良い」というのが条件なだけ。


 ひょっとしたらダメなやり方かもしれないし、男の子あたりだと将来、成長して頼朝みたいに挑んでくるかもしれない。でも、それはその時に対処すれば良いって割り切ったんだ。


 かかってくるなら叩きつぶす。つましく生きるなら、生を全うすれば良い。


 そんな風に割り切ることにした。


 結局、子どもたちはどこぞに連れ去られ、人々には「苦しむことなく、公爵家の子どもとしての生を終えた」と発表された。


 実際、処刑された中に10歳未満の子どもは一人もいなかったという事実を見た貴族達は一切言葉にしなかったのは、暗黙の了解だろう。そして、ベイクも不承不承ではあったけど、知らん顔で通してくれた。


 このくらいのワガママは許してもらわないと、だよね。


・・・・・・・・・・・


 その日、シャオはオレと二人っきりでベッドに入ることになった。


「私たちを代表して、立ち合ってくれたのだもの」

「今日はショウ様の真心に包まれてお過ごしなさい」


 オレ達の帰りを待ち構えていたメリッサとメロディーは、そういって言葉少なに、しかし心を砕いてくれる姿が優しい。


 確かに紙のように白くなったシャオの貌を見たら「姉達」は、いたわってあげたくなるのも当然か。


 一晩中、浅い眠りの中で、意識が浮き上がってくる度にギュッとしがみついてくる身体を優しく抱きしめて過ごしたんだ。


 翌朝、しっかりと朝食を一緒に食べて見せたのは、シャオにとっても「皇帝の妻」としての気持ちだったに違いない。


 シャオのことを気にはしたよ? でも、そればかりを考えているわけにもいかないのが辛いところ。


 何しろ、メリッサとメロディーはんだからね?


 発表はもちろん、まだまだ先だし、実は本人達が一番ビックリしたらしい。


 昨日の朝、当然のようにオレと一緒に向かう予定の二人だった。


 出かける支度を始めようかという時に、アネットがスライディング土下座状態で「お願いです」と必死の形相担ったんだ。


 アネットという貴族の女性としてよくある名前の人は、こっちでメリッサたちの世話を頼んでいる女性だ。ちょうど母くらいの年齢で、頼りがいのある雰囲気を持っている。この人は子爵家令嬢から、同じ子爵位を持つ家に嫁いで、一子を儲けた後に夫を病気で無くしていた人だ。


 子爵家令嬢だったとは思えないほど、ショウの前世で言えば「肝っ玉母ちゃん」って感じだ。しかも、当主の座を奪いに来る親族から、たった一人で息子を守ってきた賢母でもある。


 ロースターに紹介されたので「子どもを子爵家当主として保証する」と言ったら大喜びで仕えてくれた。

 

 そういう女性が、顔色を変えて言ってくることだもん聞くに決まってる。


「差し出がましいお願いですが」


 真っ青になっての具申だ。


「えっと、君を信頼しているよ。だから、耳に痛いことほどありがたいから、何をどう言っても許す。率直に言ってよ」

「僭越ながら…… お願いいたします。皇帝陛下のご高配は、私のような愚かなモノには分からないことではありますが」

「いや、前置きも良いし、アネットが思ったことを言って?」

「申し上げます。皇后陛下におかれましては、本日の儀は、お身体に触ることと、小職は心から憂慮いたしております。高貴な方の責務とお考えなのかと存じますが、今、無理をなさることについて、一人の女として一人の母親として、ぜひとも陛下に、お考えいただきたく存じます」

「え? 身体に触る? どういうこと?」


 とっさに、メリッサとメロディーの貌を見ちゃったら、二人とも「ハッ」としてお腹に手を当てたんだ。


「え? まさか?」


 二人は目を見開いてプルプルと貌を振った。


 今度は焦ったのがアネットの方だ。


「これは! 失礼いたしました。出過ぎたことを」

「いやいやいやいや! えっと、二人とも、その可能性は?」


 二人とも、目を見開いたまま、何度も瞬きをした後でコクン。


 わ~ 嬉しいけど、やべぇ~


 妊娠初期の大事な時に、オレってドレス姿で山に連れ出すとかないわ~


 後で、絶対にお姉ちゃんバネッサに叱られるなぁと思いつつ、オレは二人の正面に向き合った。


「今日は留守番で」

「はい」

「はぃ」


 瞬間的に二人は「皇后としての責務」と「妻としての責務」そして「母となること」が頭の中で渦巻いたんだと思うけど、瞬時に結論は出ていたのだろう。その返事には迷いが全く見られなかった。


 二人にとっての、あらゆることに優先する事態が生まれてしまったわけだ。


 というよりも、これって「事件」だよね。


 どうしよ?


 ベイク~ なんとかしてくれ~


 ってのが、昨日の話だったわけ。



 ということで「皇后ご懐妊」の緊急会議だよ!



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

長い長い時間がかかりました。ようやく、と言う感じですね。

ちなみに、二人ともやっと身体が整ってきたので「解禁」はしていましたが、実際問題として、なかなか夜を過ごせませんでしたからね。ショウ君が状態異常から立ち直ったあたりだと思われます。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



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