第54話 タマ城攻略戦 7 後を頼む

 塔の上階は、案外と静かだ。


 攻略戦のために、据え付けられたバリスタを外す突貫工事の真っ最中。城の中庭では喪った攻城ハシゴ造りに、矢尻の手製、壊れた甲冑を直している人々で溢れかえっていた。仮設した救護テントにはケガ人が溢れかえり、その手当てのみならず、世話を焼くだけでも人々は忙しい。


 城全体が喧噪に塗れている状態だ。


 そんな様子を見下ろす窓辺には、騎士団長のヒカン。


 当然、敵に監視されているだろうとは思ったが、自分を狙うなら狙えば良いとも思う。当主とは立場が違うのである。


「さすがに、アレを持っていくのは手間か」 


 バリスタの移動をするなら、大きさが問題となる。


 まずは分解するための人だかりができている。


 もともと、一本道を攻め寄せる敵を迎え撃つための巨大で強力な弓だ。これに鉄の矢を用いれば、どれほど分厚い盾を用意しても吹き飛ばせる計算だった。


 城壁からでも、敵の付け城に届かないことはないが、この距離が問題だった。相手への脅威と言うほどの威力は出ないだろう。


 だから、せめて、第一関門の上に置いて、兵士の突撃と共に射ちまくるようにする手はずだった。


 その前に、無用の攻撃を仕掛ければ、必ず報復攻撃を受けるだろう。


『もしも、あのカタパルトでこの庭を狙われたら』


 てんやわんやの庭だ。考えたくもない被害が出るだろう。


『残念ながら、敵が騎士道精神を発揮してくれているのに助けられるとはな』

 

 明らかに敵は「できるのにやらない」という選択をしていた。


『そもそも、連中なら、巨石をこっちの庭に打ち込むくらいはできるはずだろ? でも、やってこない』


 手加減されていると言えば惨めになるが、これであえて「撃ってこい」と言えるほどのバカではないのだ。相手がこちらを舐めてくれているうちに、なんとかして勝ち筋を見つけるしかない。


『こっちがやれば、あちらも遠慮なく報復してくるだろう。そうなると被害は一方的にこっちに出るだろうからな。それだったら、今は、やるべきことをやっておくだけにした方が無難だよ』


 バリスタを前線に出すためには、思った以上に手間がかかっていた。


 もともと、城壁に設置されて使うモノだけに移動など考慮されていないのだ。それを手で運べるサイズにして、尾根道の関門を通れるように仕上げるのは、事実上、新たに作り上げるようなモノだった。


 しかも、前線に出せば敵のカタパルトに狙わるのは必然だけに、あの灼熱の礫の対策もしなければならない。やるべき作業は実に多かった。


 これを、あと2日でやるには、文字通りの不眠不休が要求されていた。


 しかし、ヤル気に満ちあふれていた。無為な籠城を強いられた人間にとっては、案外と悪いことではなかったのだろう。


 むしろ、年頭の攻撃が始まった時よりも城内には覇気が満ちている。こういう時、指揮官は、黙って見ているのが一番なのをヒカンは知っていたのである。


 そこにやって来たのがキッシー副騎士団長であった。


「何用にございましょう?」


 他に人がいないことを何度も確かめてから尋ねてきた。そんな動作を、当然のことと受け止めているヒカンは「頼みがある」と小さな声で言った。


「借金の頼みでも恋文の仲介でも、ついでに、もうすぐ誕生日となるウチの娘は、もっともっと可愛くなります。ご子息にとお望みならすぐさまご用意いたしますぞ」


 キッシーの娘は、来週7歳となる。ヒカンには、同じ年に生まれた息子がいた。


 生まれた時からお互いの子どもを可愛がり、年頃も同じだけに将来は結婚させることは何となく約束のようなものとなっている。


 もちろん、今、言葉にしたのはヒカンが言いたいことを混ぜっかえすつもりなだけの軽口である。何を言いたいのか、ここに来る前から分かっていた。


「団長の頼みはなんでもお答えします。しかし後釜の話だけは聞けませんな」


 笑顔のままのキッシーに、いささかの迷いもない。


「残念ながら、そうもいかない。そなたの娘の誕生祝いに人形は送ってやれそうにないのだ」


 全てを諦めたような目をキッシーはすぐさま理解した。


 つい先ほど、ご当主に呼ばれたのだと知っているだけに「何かを言われたのだ」と言うことは理解できた。


「下の者達には3日で仕上げろと言っているようで?」


 さすがに無理だろう。


「総攻撃は5日後だ。失敗すれば、あのメギツネがオレの心の臓を暴くのだとか脅してきやがった」


 酒場にいる騎士団の下っ端ならともかく、団長がご当主の正妻をここまで悪し様に言うのは珍しい。


「それはそれは。いっそ?」


 叛逆するかという、正面切っての問いかけをするのは初めてである。もともと、この城に籠もることを反対したヒカンの提案は、ことごとく退けられた。しかも、横から口を出してきたのは、いつも正妻達であった。


 彼女達は、この戦の行く末に自分達が王宮の舞踏会に返り咲くのを当然のこととしている。だからこそ、目の前で見せられた「谷越しの舞踏会の図」で八つ当たりをしているのであった。


 怒りが湧くのも当然だろう。


 辛うじて、今まで我慢できたのは、ここに来る前、せめてもの抵抗として妻と子どもを離縁し故郷の地に置いてきたからである。キッシー達も、それにならって「独身」となって付き従っている者が大部分である。


「元々援軍のない籠城などありえないことですからね。騎士団は団長に従いますぞ」


 彼らには、どこからの援軍も来ない籠城がけっして上手く行かないことは分かりきっていたのだ。だから「死ぬ」ことは恐れてない。けれども、この堅城に籠城する戦において、こんなに早く「」が来るとは思わなかった、という程度の話である。


「それはならん。お館様がお認めになっている以上、我らが逆らうことに義はない。ここまで来たら、義のために尽くし果てる方がマシだからな。しかし、こちらがどれだけ頑張っても、成功する可能性は極めて小さいだろう。だから、むしろお館様をお守りする役目を頼みたいのだ」

「なるほど」


 ヒカンが言わんとしているのは、その「総攻撃」によって損害が大きくなれば、城内にいる人間のかなりの割合が離反するだろうということ。


 その時こそ、騎士団が役割を果たすべきだといっているのだ。


 もちろん、その時、ヒカンがこの世にいないことは計算の前提である。


 少しだけ考えてから、キッシーは、ニヤリとした。


「我々は、最後までお館様をお守りする。その役割を引き受けいたしました」


 バンと胸を叩いた。


 言葉通り「お館様を」お守りする約束をしたのだぞと、お互いに意志を伝え合ったのである。


 もちろん、誰かを守ることの裏側に「誰かを守らないこと」は存在するのである。


 どのみち、命をかけるなら、最後くらいはえり好みをしても許されるはずだと、二人の男は暗黙のウチに、頷き合ったのであった。 

 

 

・・・・・・・・・・・


「彼らは懲りてないと?」

「はい。城の様子を遠望する限り、再戦を挑む気満々ですね。しかも、おそらくバリスタを使ってくるはず。密かに外す作業が見えています」


 ロースター鎮正将軍は、ミュートに指摘されて酢を飲んだような顔になる。


 昨日の「完勝」は、戦術家からしたら予定通りで嬉しいかもしれないが、敵の屍を量産させたロースターの立場からしたら、気分の良いモノではなかった。


 あれを繰り返すのかと思うと、正直に言えば「ゲンナリ」が正しい。


 しかし、聞き捨てならない言葉が入っていた。


「バリスタ? そんなモノを持ち出しても、あぁ、近くに持ってきて攻城兵器として使うつもりですかな?」

「そうですね。城壁に撃ち込めれば、足がかりになるかもしれないし、何回も同じ所に撃ち込めれば城壁が壊れるかもしれませんからね」


 だが、ミュートが言っていることは不可能である。なぜなら、ああいう大型兵器は、敵前に持ち出して使うにはリスクが高すぎるのだ。


 特に敵の視界に入る形で相手の投石機の射程内に入るのは不味い。狙ってくださいと言っているようなモノである。


「おそらく、彼らは、前回の使い方を見て防御板でも付けてくるつもりでしょう。礫程度なら防げるように。2射ほど防いでおいて、その間にせめて一回は発射する。そして、複数を使えば、連続射撃も可能です」

「複数を? そんな場所はないはずだ」

「簡単ですよ。一射したら、谷に落とせば良い。すぐ次を前に出す。それを繰り返せば、何回かは射てるとでも思ったのでしょう」

「馬鹿な」

 

 製作には膨大な手間暇と、そして金がかかる兵器だ。それを使い捨てにすると言っているようなモノではないか。ロースターには、そんな愚かなことを敵がしてくるとは信じられない。


 なにしろ同じ場所に大型兵器を持ってくるなら、こちらの投石機は同じ場所を狙いさえすれば良いことになってしまうのだ。


「こちらは、皇帝陛下が置き土産にしてくださった、とっておきがありますからね、精密射撃ができてしまう。結果は、閣下のご想像通りになると思いますよ」


 ロースターは、顔色を無くしつつも結果の予想を言葉にした。


「結果が分かっていることを、してくるとでも?」 


 ミュートの言葉はワザとである。


「はい。あの城の中には、こちらにいらっしゃるのとは正反対の貴婦人がいらっしゃいますからね。今ごろ、そっちへの対応に手を焼いていると思いますよ」


 古来、籠城戦において、城主の夫人が口を出して上手く行くことはほとんどないのだ。タマ城においては公爵夫人が健在であることを、そして、その強い性格もロースター鎮正将軍は熟知している。


「では、こちらも粛粛と準備を。敵の総攻撃は最短で明日、最長でも一週間はかからないでしょう」

「ふむ、わかった。準備をしておくように指令を出そう」


 ここまで、天才的に相手の出方を予想してきたミュートの言葉だ。ロースター鎮正将軍は、もはや疑う余地もなく「臨時指令」を発したのである。


「陛下の置き土産を使うぞ! 準備を急がせろ!」


 皇帝陛下の置き土産はカギ城のカタパルトの傍らにあった。


 それは、エレベーターのバランスを保つために使われる「カウンターウェイト」と呼ばれる重りがあった。「同じ形、同じ100キロの金属弾」として大量に積まれているのである。 



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 

作者より

ちょっと波乱含みの「総攻撃」です。

でも、上手く行くと攻撃側すら思ってなくて、成功すると思っているのは城の中の一部の人達だけかも知れませんね。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

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