第55話 タマ城攻略戦 8 無惨
敵がワラワラと第一関門の大門を開けて布陣し始めていた。
「夜明けと共にってことじゃないんですね」
ミュートの声は、いささか呆れている。
「準備は、夜中からだったようだのだが」
ロースターが言わずもがなの情報を言葉にするのは確認のためだ。
「一体何が目的なんでしょうかね」
ミュートの言葉は質問であって、質問ではないことをロースターは知っている。実際のところ『この男は、戦場のことは全て見えているのではないか?』と思えるような指摘をズバズバしてくるのだ。
もちろんロースターの立場を慮って、他の人間がいないところに限るわけだが。
今もカギ城に作られた「天守」から見下ろしているのは二人だけであった。ここにムスフスかウンチョーがいればなんと答えたのか聞いてみたい気がしたが、叶わぬことである。
すでに冬の陽も高くなり9時を回っていた。
普通ならば準備段階を隠そうとするから、攻撃開始は夜明けとなる。
実際、この間もそうなっていたはずだ。しかし、今回、明るくなってからの攻撃準備とは不可解である。
さすがにミュートも、明るくなってからノコノコと出てくる敵に首を捻るばかり。
「案外と、縁起が悪いとか、暗いとよく見えないだとかといったくだらない理由かも知れませんな」
ロースターが見上げる塔の高い窓には貴人と着飾った婦人の姿が見えている。
実はロースターの分析は正しい。この時間から始まったのも「今回は、最初から私が見て差し上げます」というダッキ夫人のありがたいお言葉の結果だった。
貴婦人ともなれば、下々の見える場所に出る以上、化粧にも髪型にも、そしてドレスにも人一倍気を配る必要があるのだ。
そのために、この時間に開始するしかなかったのだから、センとしては臍を噬むしかなかったのだ。
明るい中での布陣である。兵卒は全力を挙げて配置につこうと走り寄せてきた。
「では、こちらも始めるか。準備は?」
「すでに整えられていました。閣下の部下は優秀です」
ミュートはロースター配下のモノが準備しているのをきちんとチェックしていたのである。
「ありがとうございます。では」
すでに夜明け前には察知している。予想よりも相手の立ち上がりは大幅に遅れたが、やるべき手配などとっくの昔に終わっていた。
天守のテラスに立ったロースターは、声を張り上げた。
「予定通りだ! 徹底して叩いてよろしい!」
おぉおおおお!
どよめきに近い声が一斉に上がった。
そこに合わせて高々と右手に持った指揮杖を挙げた。
「始めよ!」
まだ低い位置にある太陽を映えさせた白亜の指揮杖が振り下ろされると同時に、カタパルト部隊の指揮官が「撃てっ」と叫んだ。
ブォッ ブォッ
低いうなりが連続で響くと、黒いモヤと黒塊が同時に宙を駆けた。
第一関門を出てきたばかりの敵兵に降り注ぐ「熱礫」は、前回と変わらない。
元気良く走り出てきた敵の半数が、悲鳴を上げながら倒れ込む。
転んでしまえば、地面に点々と落ちている焼けた石によって火傷が広がるのだから、二重、三重のダメージではある。
同時に、第一関門の屋根が「グシャ」と派手な音を立てて一瞬で半壊してしまった。
前回使わなかった四角い金属の塊……(カウンターバランス100キロ)……が、命中したのだ。
たちまち大混乱が涌き起こる敵陣。
しかし、そこをゆっくりと見ているつもりなどなかった。本日は「徹底的に」してよいのだから。
ブォッ ブォッ
またしても、礫と金属塊のセットが第一関門を襲った。
今度の礫は関門の向こう側に投射されて、新たな悲鳴を巻き起こす。同時に、大開きになった関門の上部に命中した金属塊は、一撃で門の上部機構を破壊してしまった。
しかし、敵も士気は高い。
倒れた仲間の間を縫うようにして、各自が駆けてくる。それはもはや組織的な戦闘ではない。一人ずつが己の名誉と人生を賭けているかのように、必死の形相である。
ブォッ
ブォッ
しかし、それを冷たい数式が押しつぶすかのように、熱礫が敵兵の塊へと降ってくる。今回は金属塊の方は射出せず、熱礫が時間差で投射されてきた。
カタパルトの連射が三連続しただけで、第一関門から吐き出されてきた敵第一陣は、壊滅に近かった。
必死の形相で、折れたであろう腕を無視し、血まみれの兜をものともせず、付け城の虎口へとたどり着くが、もちろん、ここでも補給など一切気にしない矢の斉射が襲いかかり、あっというまにハリネズミが二つ、三つとできあがる。
結局、自分の脚で城壁までたどり着けた者などいなかった。
倒し尽くしたと思った次の瞬間、第二陣が突貫の声を上げて飛び出してくる。開閉機構を喪ったためであろう。門は開きっぱなしであった。
そこから、声を上げ、怒濤の勢いで飛び出してくる敵兵。
それを熱礫の4射目が連続してなぎ払ったところに、怒号と共に飛び出してきたのが台車に乗せられたバリスタである。
すでに目一杯引き絞られた状態での突撃である。
すかさず「黒い塊」が空から襲いかかって来たのを目にしながら、取り付いていた兵士は逃げもせずに発射操作をしたのである。
連弩が放たれるニブイ音がした。
ガン ガン ガン
城壁に当たって表面の土を削り上げると、明後日の方向へと矢が弾かれてしまった。
もっと近距離であればわからなかったかもしれない。しかし精密に計算して組んだ石垣は、特に正面を硬くしてあったのだ。
三連となった「弩」は、いずれも弾かれてしまった。
傷こそつけたモノの、逆を言えば「表面の傷だけ」で終わってしまったのだ。
同時に、バリスタに無事命中した「カウンター・バランス弾」は、操作していた兵共々、完全に破壊してしまった。ついでに周囲には破片をまき散らして、被害を拡大してしまう。
「おのれぇ!」
次に走り出てきたのは黒い塊のような兵達だ。
全員が黒く巨大な金属盾を装備している。その分だけ駆けるスピードは遅いが、熱礫の効果はさほどでもない。当たり所の悪かった1割ほどが欠けただけで虎口へとたどり着いた。
そこで三方向に盾を並べての矢からの死角を確保したのは、相当に練習したのだろう。ピタリと息の合った動きだ。
しかし、まるで「そこ」で、盾を並べるのが分かっていたように、上から「ツボ」が降ってくる。
もちろん、上空に向かって盾を構える役割もちゃんと用意されている。
しかし、防衛側は、ちゃんとそれ「も」読んでいる。
カシャン カシャン カシャン
小気味良いほどの音を立てて、ツボが落ちては割れていく。掲げた盾に当たって砕けるモノが半数ほどだろう。
誰かが「油だ!」と叫んだ時には遅かった。
幾本もの火矢が射かけられて、あっと言う間に炎上する。
掲げた盾を伝って垂れてきた油にも引火するのは必然であった。
「水を!」
自らの身体が炎に焼かれながらも、必死になって盾を押さえている誰かが叫んだ。
それを聞いたミュートは「あ~ 油の時に水はダメなんだけどな」と言ったとか、言わなかったとか。
ともかく、腰に下げた水筒から、ムダを承知で水を同輩に掛けた、勇気ある男は、全力で後悔することになる。
火の付いた油に水を掛ければ、油が爆ぜ、さらに燃え広がるのだ。
当然、そんなことは誰もが知っていたはずであろう。しかし、同僚が目の前で燃えている以上「水」を掛けてしまうのは、人間として自然なことだったのだ。
盾で囲まれたスペースは、まるで巨大なカマドでもあるかのように、中で炎が燃え上がってしまった。
立ち上る火と煙に、続く兵士も躊躇せざるを得ないと思いきや、さらに盾を持った男達の第二陣、第三陣が門から走り出てくるのだ。
結局、巨大なカマドは、さらに燃え上がることになってしまった。あまりの熱に城兵すら熱さを感じるほどであったから、一本道からの後続も、さすがに突破できなくなったのだ。
そこを狙って第一の関門に、立て続けに金属塊が命中してしまった。
そのため、一本道には、続々と敵が詰めかけているというのに、渋滞となってしまったのだ。
もちろん、そこに続々と、熱礫が降り注ぎ続け、時には油の入ったツボが大量に降り注ぐ。
もはや、攻撃するとかしないとか言う問題ではなく、そこにいる兵が、どんな形で倒されるのかという「種類」の問題になってしまうレベルである。
しかし、この日の敵は執拗であった。
実に8回にわたり、特攻を仕掛けてきたが、カギ城の城壁に登れた兵は皆無であり、たどり着いた猛者すら数えるほどであった。
それこそが計算し尽くして設計された「城」というモノが最大限の防御機能を発揮した結果だったのである。
この日の1時間足らずの攻撃で、死者は500を超え、戦場離脱せざるを得なくなった重傷者は軽く見ても2千を越えたのであった。軽傷者は、数えることも難しかった。平たく言えば、出撃した人間のウチ無傷はほとんどいなかったと言うことだ。
カギ城の守兵すらも、それは身震いするほどの凄惨な光景であったという。
午後、タマ城からの使者が壁越しに交渉し、敵城に指一本触れられぬまま倒れていった同輩達を「回収」することができたのは、守る側の配慮が大きかったのである。
その結果をもって、ヒカンは剣を置いて、当主の間へと直ちに出頭したのであった。
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作者より
ロースター鎮正将軍は正確な数を知りませんが、この時タマ城には「戦闘要員」が6千人いました。(戦闘の補助要員や城の用事を果たす人は3千人弱) 前回と合わせて半分ほどが喪われたことになります。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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